第46話 アルフォート視点

 ソーラスの表情の変化に、私は悟る。

 ようやくソーラスも、私に縋ろうが無駄であることに気づいたことを。


 笑顔を顔に貼りつけたまま、ソーラスに私はさらに言葉を続ける。


「言っただろう? 恩人を──エレノーラ嬢を傷つけた屑を許すつもりなど私にはない、と」


「……エレノーラ?」


 ソーラスの顔色が変化したのはその時だった。

 私の口から告げられたその名前に、呆然と顔を上げる。

 そんなソーラスへと、私はさも今気づいたように口を開いた。


「ああ、そうだ。エレノーラ嬢は、この私の恩人だよ」


「……ありえない! エレノーラの口からは、一言もそんなこと言われてない!」


「そうだろうね。エレノーラ嬢自身でさえ、公爵家新当主に借りがあることなど知らないのだから」


「何を言って……?」


 私の言葉に、ソーラスの顔に疑問が浮かぶ。

 それを見る私の脳裏に蘇ってきたのは、かつてエレノーラ嬢に救われた時の記憶だった。

 彼女の助けがなければ私は、公爵家当主になっていないどころか、命さえ失っていてもおかしくはなかっただろう。


 だが、その事情をソーラスに細かく教えてやる気は私にはなかった。

 ソーラスに教えてやらなければならないのは、もっと別のこと。


 もう、侯爵家に残っているのは地獄だけという現実、それを教えるため私はソーラスに告げる。


「今さらそんなことを気にしてどうする? 自分の未来を気にかけていた方がよっぽど有益だと思うが」


「……っ!」


 その言葉に、ソーラスは顔を歪める。

 その様子を冷ややかに見つめながら、私はさらに言葉を重ねようとして。


「エレノーラ嬢をあれだけ痛め付けておいてよくそんな態度をとれるものだ。 エレノーラ嬢は未だ床から上がれないのに」


 ……ソーラスの雰囲気が変化したのはそのときだった。


「エレノーラが、未だ床から上がれない……? 何で今のエレノーラの状態を知っている?」



 私の言葉を繰り返すソーラスの顔に当初浮かんでいたのは、どこか何かを考えるかのような表情だった。


 ──しかし、その顔はすぐに憤怒の表情へと変化した。


「……そうか。お前が、お前がエレノーラを侯爵家から奪ったのか!」


 怒りの叫びと共に、ソーラスが掴みかかってきたのは、次の瞬間のことだった。



 ◇◇◇


次回から少しの間、ソーラス視点となります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る