クリムゾンレイン ~吸血鬼との相違点と類似点~ あやかし神社の探偵事務所。
永遠こころ
プロローグ
001『吸血鬼事件:探偵事務所』
〝吸血鬼事件〟――マスコミは挙ってそう報道を始めた……。
八月四日、多摩川河川敷で体内の血液の全て抜かれた死体が見つかった。
見た目は四十代男性。しかし、司法解剖の結果は六十代~八十代の男性と判明した。
死因は出血死。手足を縛られ、首元に太い針のようなものを刺され血液を抜かれるという残忍な手口での殺害である。
この奇妙な身元不明な遺体の事を含め、報道各社は現代に蘇った吸血鬼と推測を交え報道を始めたのだった――。
「ちきしょう、どうなってやがんだ……」
この事件の担当刑事、警視庁の刑事部捜査第一課の
「はい! それが……顔も歯形も一致するものが出てこないんスよ……」パソコンのモニターを必死で見つめる人物から今にも消え入りそうな情けない声が上がる。
「ちっ! 使えねぇな」いらだつ長部は、そのまま自分のデスクに置かれた書類の束を手に取り確認する。「どいつもこいつも、ガセばっかじゃねえか!」
遺体発見から一週間経った――。未だ身元すら判明していないこの事件。吸血鬼事件などと報道にリークされたばかりに、集まる情報が途端に怪しいものばかりになってしまった。
ページをめくり書類に目を通す。『大きな犬を現場で見ました』『空を飛ぶ大きな人影』『現場近くで怪しい男に声を掛けられた』等々……。
――バカにしやがって! ネタをバラしやがったやつを見つけて、ぶん殴ってやる! 長部は人に聞かれないほどの小声でそう呟く。
「ちっ!」声を発しバサリと書類を投げ出し、デスクを立つ長部。
「長部さん、どこ行くんスか?」パソコンの前に座る元井が尋ねる。
「もう一度、聞き込みだ! ちょっと現場に行ってくる!」
「え! いつ戻って来るんスか」元井が慌てた様子で声を掛ける。
「知らん!」そう言って、長部は背広の上着を手に持ち、そそくさと捜査一課を後にした。
「ええ! ちょ、ちょっと、長部さん……待って……報告書がまだ……」
去り際に情けない声が聞こえたが無視をする。どうせこのままでは進展なしの報告書しか書けないのだ。
駐車場へと向かい自分の車に乗り込み遺体の発見現場となった羽田空港隣の堤防を目指した。
八月四日早朝に通行人によって発見されたこの遺体。衣服は来ておらず、全裸の状態。手足には縛られたような鬱血痕。首元に大きな穴が開いており、全身の血液がほぼない状態で見つかった。死亡推定時刻は八月二日深夜。死因は大量出血によるショック死。遺棄現場は発見現場のすぐ近く環八沿いの多摩川のどこかで時刻は八月三日の深夜と思われる。その後遺体が川岸に流れ着いたと想定される。
長部は堤防脇の歩道に車を乗り入れ駐車する。ここからは少し歩いて現場へ向かう。
――人通りも多いこんな場所で堂々と遺体を遺棄している。まるで犯人は遺体を見つけて欲しがっている様だ……。見せしめ? いや、警告だろうか……。いや、それだと身元を示す物証があった方が良いはずだ。それがないと言う事は、犯人は全く意図せずに遺体を遺棄した可能性の方が高いのかもしれない……。犯人の意図すらまだ見えてこない。
長部はコンクリートの堤防をよじ上り、立入禁止のテープを潜り、河川へ向けて階段を降りた。
三名の鑑識が発見現場となった河原を捜査しているのが見える。堤防の上には遠巻きにこちらを見つめる野次馬や大きなカメラを抱えた報道の人間もちらほら見受けられる。
長部は鑑識の人間の中で一番ベテランそうな人物へ大声で声を掛けた。
「やっさん! 何か見つかった?」
「いいんや、まだ何もねぇな……足跡も特定できねえし、こりゃやっぱり船から捨てられたのかも知れねえぞ」ベテラン鑑識の
「そっか……」――どうすっかな……。
そちらは既に他の部下が捜査に向かっている。だが、今のところ感触は決して良くはない。
漁船にレジャーボートにクルーザー。この周辺の係留所だけでも船の数は五百隻は下らない。不法係留まで含めるともっと数が増えてしまうだろう。そもそも、街灯も無い暗い海の上を走る船では目撃証言が出てこない可能性が高い。運良く血痕でも見つかれば良いのだが……。
FRP製の船体であれば水を掛けてデッキブラシで擦ればすぐに判らなくなってしまうだろう。まして魚を扱う漁船であれば血痕などは当たり前に付いている。きっとこっちの捜査は一筋縄ではいかないだろうと予測される。
「はぁ~」思わず長部は溜息を付く。
「どうしたい、ため息なんかついて」八田が問う。
「上からせっつかれてんだよ。早く割れって……」
「言わしとけ。まだ何も出てこねえだから仕方ねえよ」
「そうだよな……でもせめて身元だけでも出さねえとな……はぁ~」
大きなため息が河原に響く。
二ヵ月前のサウザンドメディスン事件の報道がやっと収まり、嘘のように静かになったマスコミたち。
そこへ、この事件は起こってしまった。
どこからか集まってきたハイエナにでっかい餌を放り込んだみたいだ……。長部はこの事態にそういう感想を持っていた。
情報が全くでない事によって益々神秘性を帯び報道が加熱していく異常事態。一刻も早く何らかの手を打たないといけない。
このままでは、あらぬ疑いを掛けられた人物で魔女裁判だって起こりかねない。それに――。
――これで、マスコミに先を越されでもしたら目も当てられないぞ……。きっと警察の威信とか上の人間が騒ぎ出す。早めに何か手を打たないといけねえ。
その時……。
――そうか! だったらあいつに聞いてみるか……。
長部の頭には一人の人物の顔が浮かんでいた。
鳥居脇の空き地に車を止め降りて来る長部の姿。
東京都の郊外に建つ真新しい神社。“泡嶋神社”
周囲を山々に囲まれた厳かな雰囲気の社が見渡せる。
そして、長部はその神社横の建物に近づき、立派な表札を見つめ顔をしかめる。
――何だ、こりゃ……。
その表札には達筆な筆使いでこう書かれていた。
【浅見探偵事務所】と――。
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