第12話王都への旅立ち~私は王様の花嫁になる運命なの?・2
―レヴィン王子視点―
女神の部屋の扉を閉め、ボクは大きく息をはいた。
「ボクは、何を言おうとした……?」
女神が時の王と結婚するのは、神話の時代からの決まり事だ。
だと言うのにボクは……。
彼女を王に会わせたくない、王と結婚させたくないとすら思っている。
そんなことを考えるだけでも、この国では重罪になるというのに……。
「レヴィン王子、ちょっといいですか?」
ドミニクが廊下を歩いてくる。
「ああ、場所を変えよう」
「はい」
★★★★★
ボクは自室に戻り、人払いをする。
この部屋が屋敷の中で一番セキュリティが高い。
女神が現れたこの状況でドミニクの真面目な表情を見れば、深刻な話だというのはすぐに分かった。
部屋の中央にあるソファーに、向かい会わせに座る。
「単刀直入にいいます」
ドミニクが射抜くような視線を、ボクに向ける。
「なんだ」
「レヴィン王子、いますぐ女神様を抱いてください」
「はぁッ!?」
なにをいってるんだこいつは!
「分かっているのか? 神話の時代から女神は時の王のものだと決まって……」
「ならその女神を抱けばあなたが王です」
「バカを言うな、兄上の弟として、王の臣下として、そんなことができるか!」
「その王は、女神と契(ちぎ)り、世継ぎができれば平然とあなた様を切り捨てるでしょう」
「言うな……」
「いいえ言わせていただきます。女神が現れたと知れば王は正室と側室をみな、粛清(しゅくせい)なさるでしょう。女神をめとる者は他に妻がいてはならない、そういう制約があるのをレヴィン王子もご存じでしょう?」
「それは……」
女神は天から遣わされたもの、その神聖なお方をめとるには、身辺をきれいにしておかなければならない。
つまり妻がいるなら全員と離縁しろということだ。
平民でも離縁となれば刃物ざたになるこの国で、国王が正室と離縁するのは容易(ようい)なことではない。
しかも兄には正室の他に十二人もの側室がいる。
間違いなく血の雨が降るだろう。
無論その間、女神を王宮に行かせるわけにはいかないので、おそらく当家に滞在することになるだろう。
兄は欲深く、嫉妬深く、慎重な男だ。
ボクに女神を預けておくのは癪(しゃく)だろう。だけど兄は童貞のボクが女神に手を出せないと踏んでいる。
自分の命を縮める兄の子を生む女だと知りながら、指をくわえて見ていることしかできず、兄に差し出せと言われたら、差し出すしかない、ボクをそういう男だと思っている。
とことんなめられたものだ。事実だから余計に癇(かん)にさわる。
「側室のほとんどは政略的な結婚、つまりそれなりに力のある貴族や豪族のご令嬢です。その方たちを粛清すれば、十年前の前王の側室とご子息が粛清されたときのように、内政は乱れるでしょう。いいえあのときより、もっとひどいかもしれません!」
「分かっている、そんなこと」
「いいえ分かっていません、そんな混沌とした王宮の、狼や禿(は)げたかの群れに、あんな世間知らずのアホ娘を送りだす気きですか?」
「女神にアホとか言うな、失礼だろ!」
「失言でした」
「心配いらない、女神ならどこででもやっていける、天が遣わされた女人なのだから……」
「本気でそうお思いですか?」
「…………」
ボクはドミニクの質問に答えられなかった。
分かっている、女神は俗世の争いごとにはなれていない。
目を見れば分かる。あの方は、人に裏切られたことのない無垢(むく)(むく)な子供のような目をしていた。
おそらく天界はよほど清らかな世界なのだろう。
赤子のように無邪気に笑いかけてきた、彼女のことを思うと胸が痛む。
あの方は人を疑うことを知らない。宮廷の派閥争いに巻き込まれたら、ひとたまりもないだろう。
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「だからいますぐ女神を抱いてください。いまなら王は女神の存在を知らない、邪魔が入らない。女神を抱いたものが王です!」
「バカを言うな! そんなことをしたらボクは陛下に殺される! いやボクだけではない! シェーンフェルダー公爵領ごと焼き滅ぼされるぞ! 軍は兄上の……陛下の指揮下にあるんだ!」
「そうですか、なら好きな女を王に差しだし、ついでにご自身の命も差しだしてください。レヴィン王子の命一つで領地が保証され領民の命が助かるのなら安いものだ。領民はきっと、王子の決断に泣いて感謝することでしょうね」
「おまえ、身も蓋(ふた)もないことをいうな」
分かっている。
女神を宮殿に行かせてはいけないことも、王と結婚しても彼女が幸せになれないことも。
だけどボクは、自分の身も守れないほど非力で……。そんなボクに、好きな人と領民の両方を守ることなんて、とてもできそうにない。
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