大栄 一

富春から銭塘にたどり着き、許昌の砦が遠くに伺える位置で仲間と落ち合った。

孫堅、健達八人。祖茂以外はみな襤褸のようなものを纏って、みすぼらしい格好をしている。黄蓋は向こう岸、つまり砦の後方で二十人を率いて待機。

呉景も同じく十九人を率いて、祖茂達とははなれた場所で待機。砦を包囲する形となる。

これで倭人を合わせた孫堅の手勢の全てとなる。

「久しぶりだな健。孫堅と黄蓋にこってりしぼられたらしいじゃねえか」

「ああ。特に黄蓋とは何度も組み合ってな。今一番ぶちのめしたいのは、許昌じゃなくて黄蓋だな」

言葉とは裏腹に健の顔は明るい。孫堅と黄蓋から武術を学ぶのが余程楽しかったのだろう。

そして確かな成果が感じられた。さりげない身のこなしに隙がない。ただの腕自慢から、間違いなく健は武人になりつつある。

素手でやれば、もうおそらく敵わないだろう。もともと体力では健が上だったのだ。だが剣の腕はまだ自分が上だ。

「ではそろそろ始めようか。健、腹は括ったな」

「ああ」

倭人との調練は指揮官の指示通りに統率の取れた動きを染み込ませる調練だったようだ。

健を除いた倭人は全員黄蓋と呉景の隊に組み込まれている。

役割としては、個人の力よりも、集団での動きをいかに迅速にとれるのかが最も重要だからだ。

だが祖茂達は実行部隊だ。これから実際に砦に入り込んで、敵とやりあう。状況によっては自分の判断で切り抜けなければならない。

倭人で唯一健が孫堅に選ばれたのは、一番力をつけたからだけではなく、機転もきくからなのだろう。

「じゃあここからは俺が先導するぞ。孫堅達は荷車を引いてきてくれ」

祖茂は許昌の砦に向かい歩き始めた。後から荷車を孫堅達が曳いてくる。みすぼらしい姿をした孫堅達は、ちょっとがたいのいい人夫にしか見えないはずだ。

そして、祖茂が許昌と対面をはかるのだ。呉燐の使いとして何度か米や武器を運んでいる。

こういう交渉事は調子のいい祖茂がうってつけだ。

まもなく河を挟んだ砦の門の正面に辿り着いた。銭塘江の川幅は広く対面まで二里程(1km)ある。

見張りは常時いるので、すぐに祖茂達の姿に気づき、渡し舟が対岸の舟停めから渡されてきた。

「許昌様への献上品として、剣と弓に甲冑。糧食二月分をお届けに参りました」

舟を漕ぎ出して来た者に告げ、二艘の舟に荷を積み込む。

それが終われば、船頭とともにそれぞれ舟に乗り込み対岸の門まで渡る。

決まった進路があるようで、そこを外れると水深が浅いところに岩があり、舟が座礁してしまう。

官軍が攻めあぐねてしまったのには、こういった理由もある。

門の前についた。いつものように祖茂以外は手分けして荷を砦にある倉に運びこむよう指示を受ける。

祖茂は一人許昌への拝謁が許される。

地方の賊徒風情が皇帝だ拝謁だなどと、鼻で笑ってしまう。要するに許昌への単なるご機嫌窺いだ。

そして今日はそのいつもではないのだ。

剣を運びこもうとしていた孫堅が突如鞘を払い、横に一閃した。

瞬間、近くで荷を検分していた許昌の手下の首が宙を舞う。

「祖茂」

孫堅が叫び、積んであった剣を祖茂に投げ渡す。

祖茂も剣を抜き、何が起きたか解っていない兵に向かい、肩口から斬りつけた。

血が吹き出る。この一撃で死んだだろう。

孫堅と知り合ってから、呉燐の荷の移送の護衛をつとめることが度々あった。一度だけ賊徒に襲われた。孫堅達と賊徒を追い払い、その時はじめて一人殺した。

その為だろうか、それとも孫堅の覇気に押されたのだろうか、内心斬れるか少し不安だったが、躊躇わずに命を断つことができた。

舟から残り五人も各々武器を持って飛び出してきた。一人は糧食の舟に積んであった油を染み込ませた材木と藁を岸にぶちまけ、火をつけた。すぐに煙が上がる。

これが黄蓋達への合図になるのだ。

血が熱くなってくるのがわかる。躊躇いはないが、今までにない昂りを感じる。

始まったのだ。

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