文台 三

健はすぐに集落の若者を集めてくれた。全部で二十三人だった。

皆、日頃漁をして山を登っているだけあり、頑丈そうな躰つきだった。だがその中でも十四歳の健は頭一つ飛び出している印象だった。

剣の使い方も健から教わっており、そこそこは使えるようだった。健と最初に会った海岸だった。自分の船も繋がったままだった。

「まずは健に俺たちの仲間を紹介したい。この船に一緒に乗って富春まできてもらう。見ての通り小船だから連れて行けるのは健一人だ」

健一人を伴うことに特に異存は無さそうだった。健より幾らか歳が上の者もいるようだが、みんな健を頭と認めているようだった。それは族長の息子なのだからというだけではないことは健の慕われ方を見ていて良くわかった。

「そのあと俺たちの仲間と、お前達で合同の調練を行う。その時は健と一緒に仲間をここえ連れてくる。富春だと目立っちまうからな」

健を連れていくのはあと二つ理由があるのだが、それはその時までいうつもりはなかった。

「その前になんとなくお前達の力を見ておきたい。この黄蓋と一人ずつ組打ちをしよう。それで大体お前らの力がどれほどかわかる」

「一人で俺たち全員を相手にするのか」

「おまえ以外だ健。お前は船旅のあと俺たちの仲間にも会わなければならん。身動きもとれんようじゃ困るからな。」

健と、若者達に闘気がみなぎるのがわかった。

「黄蓋、やり過ぎるなよ。こいつらはこのあと歩いて帰らなきゃならないんだ」

「ああ」

一人が黄蓋の前に立つ。中々の気迫だが、構えがなっていなかった。やはりちゃんとした武術を身に付けてはいないようだ。健も、その父の若い頃も実力では今黄蓋の前に立っている男よりも一段上だろうが、それは鍛え方が違うのと戦い慣れているというだけのことだろう。つまり倭国にはまだ、少なくとも健の父がいた十四年前までは、しっかりとした武術体型は確立されていなかったということだ。

男が踏み出す。大振りに拳をつき出す。余裕を持って黄蓋が避ける。動きが大きい分見えやすいのだ。また同じように拳を振り回す。しかし何度も空を切る。男の息が上がる。黄蓋は汗一つかいていない。流石にこのあとも二十人以上控えているので、黄蓋は体力を温存しているのだろう。確実に一発で決められる機をはかっている。

男の拳に力が入らなくなってきた。つき出された拳が伸びきる直前、黄蓋は相手の懐に飛び込み拳を打った。しっかりと鳩尾に決まり、男は絶息する。

ただでさえ息が上がっているところなので、この苦しみは相当だろう。

「次だ」

黄蓋が短くいうと、別の者が前に出た。いまの戦いを見ても臆していない。ただ避けるのが上手いだけだと思われているのだろう。

今度は黄蓋の方から前に出る。黄蓋の左の拳をかろうじて止めるが、その左手で黄蓋は男の腕を掴みあげ、空いた胴体に膝蹴りを入れる。もろに受けた男は悶絶して、しばらく立ち上がることができなかった。

結局誰も黄蓋にまともに触れることもできずにやられてしまった。

しかし黄蓋も相当消耗しているようだった。同時に打ちかかられたら危なかったかもしれない。街のごろつきを数人相手にしても簡単に打ち倒してしまうのにだ。

やはり健との山での鍛え方は半端ではないらしい。

河口付近に繋いだ小船に乗り込み、河を遡上し始めた。

「驚いた。強いだろうとは思っていたが、あんた相当なんだな」

「剣を握った孫堅には勝てんがな」

「素手でやったら俺が負けるぞ」

孫堅も応じた。二本の櫓を使い、交代で漕いでいく。流石に漁を生業としているだけあって、健の櫓の扱いは見事なものだった。

「なんだ、だからお前はやらなかったのか」

「俺は一応大将だからな。怪我をしたら格好つかんだろ」

本当は自分でも勝つ自信はあったが、それぞれの動きを良く見るために、黄蓋に任せたのだ。

黄蓋は腕が立つが、人に何かを教えるのは苦手なのだ。

日が落ちてきたところで、岸に乗り上げ野宿することにした。

火を起こし、ここにくるまでに川で取った魚を焼きはじめる。

「お前の仲間はどれくらいいるんだ。孫堅」

「つかいものになりそうなのは十二、三人てところか」

「俺たちを合わせても五十人にも満たないのか」

「街には貧弱なやつらばかりでな。だから大乱から逃れ、会稽に住み着いた倭人の噂を聞き、仲間にできないかと考えた」

「だが結局戦を経験したことのある大人達は一人もこなかったな」

「こんな漢人の若造にはついてこれないということだろ。お前達を黙って送り出してくれただけでもありがたいさ」

実際には、健達に押しきられたという形だろう。あとは族長である健の父が承諾したことも大きかった。しかし大人までも村から消えれば役人に目をつけられる。二十三人の若者は集落から送り出せる最大限の人数だろう。

「俺達は漢人に隅に追いやられていた。よそ者だからな。仕方ないさ。寧ろことさら迫害されなかったことに感謝しなければならないのだろうな」

十四という歳を考えれば分別がつきすぎているように思える。健の持って産まれた性格なのだろうか、それともこういった境遇がそうさせるのか。

「だが、役人の言動や街の人間の俺たちを見る目に、確かな蔑みの色があるんだ。それを見るたびに俺は思ったよ。ここは俺のいるべき場所じゃない」

「だから海を見ていたのか」

海岸に近づいた時、遥か彼方に目を向ける健がすぐに目についた。遠い、地を踏んだことすらない故郷に思いを馳せていたのだろう。

健が海の上で産まれたことを、河を遡っているときに聞いた。

「きっと大人達も膿んでいたんだと思う。だから賊を討伐すればちょっとはこの土地のみんなに認めてもらえる。そういう考えもあって、俺たちが戦うことを許してくれたんだろうな」

「泣いている人もいたぜ、お前達に代わりに戦わせるのが辛いんだろうな」

「あの人達はもう充分戦ったさ。いや、今でも俺たちの代わりに戦ってくれてるんだ。俺はあの人達に守られながら、ただ不満を抱えているだけでよかったんだ。俺が受けた不快感なんてあの人達の屈辱と比べたら何ほどのこともなかったんだ」

「だから今度はお前達が、孫堅と、俺達と一緒に戦うんだ」

珍しく黄蓋が自分から口を開いた。

兎が、焼けた。





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