鍵盤の床※回想~グリ視点

*********************** そして、俺が予想していた通り、 声だけではなく体もアンナのいる世界に入り込むことができた。


俺は自分の魔眼のもう一つの力を使った。

そして、その力とは……。


「アンナ、お待たせ。 待った?」


「ううん、大丈夫」


「お前の周り、本当に誰もいないな!」


「うん。 ところでポラリスは今時間ある?」


「ああ。 大丈夫だが、何かするのか?」


「次元の墓地に行くの。

でも、オバケが出るかもって聞くし 私一人だけじゃ心細いの。 あなた男の子でしょ? 一緒について来てくれる」


「その墓地は、ここから近いのか?」


「知らない」


「知らないっておい! 行き方わからないなんて言うんじゃないだろうな?」


「そこは大丈夫なの。 足元を見て?」


「お、おお」

俺はアンナに言われるがままに足元をみた。

すると……。


f1(τ) = ド f2(τ) = レ f3(τ) = ミ … f196883(τ) = シ


「なんだこの模様はー!?」

足元にはまるで数字の分子を組み合わせて作った象形文字のような模様 がびっしり入ったレンガが地平線の先まで敷き詰められていた。


「確かに足元の文字には驚いたが、これと墓地への行先と何が関係あるんだ?」


「足元のこれは文字じゃないわ。

私達は文字を持たないの。 これは音階よ」


「音階?」

俺は自分の耳を疑った。


「そうよ。 鍵盤って言ったらいいかしら」


「俺楽器とか使った事ないからわからん」


「大丈夫。私が教えてあげる。

『モジュラーの唄』が導く方向に墓地はあるわ」


「モジュラーの唄?」


「詳しい話は後。今は急ぎましょ。


唄い出だしはメロディー譜の『ミ』と 左手伴奏譜の『ド』から始まるから二人で手分けをしなくちゃ。

あなたはまずはこのミの鍵盤に乗って」


俺はアンナに場所を指さされ、

ミ という意味らしい鍵盤の上に足を置き、

そして体重をのせた。


すると、体重をかけている鍵盤の淵をなぞるかのように、

その隙間からは眩い光が漏れ、

同時に大音量のミの音が遠くまで鳴り響いた。


鍵盤の各タイルは中肉中背の大人一人がやっと乗れるくらいの大きさしかなく、

少年の姿の俺とアンナが背中合わせでくっついて乗ってギリギリだった。


「タイルから浮き出る音階は、

10秒毎に違う音階に変わったり表示の向きが変わったりと刻々と変化しているの。

鏡映、回転、平行移動、の三種類のタイルから

間違えずに選んで進んでいくの」


「なあ、間違えるとどうなるんだ?」


「もう一度前と同じ音が鳴って、

また最初の地点に戻ってやり直しよ」


「厳しいな、おい」


慎重な俺を尻目に、アンナは次々と次のタイルを見つけていった。


「おい、さっきからお前すいすいタイルを選んでるが、

その鏡映や回転や平行移動ってどうやって選んでるんだ?」


「それはね……、

モジュラー関数から生まれる音階には法則があるの。

それを知っていれば、どのタイルが正しいかわかるの」


「法則って何だよ?

教えてくれよ」


「じゃあ、簡単に説明するね。


平面上に点を描く方法の一つをモジュラー関数

って言うの。


その点を使うと、色や形でいろいろなものを表すことができるの。

例えば、楕円曲線という曲線も表すことができるの。


楕円曲線というのは、平面上に描かれた丸っぽい曲線で、 左右や上下や斜めにひっくり返しても同じ形になるものなの」


「ひっくり返すってどういうこと?」


「そうだね……、 鏡映や回転や平行移動という言葉を使うと難しいかな。


鏡映というのは、鏡に映したように左右が逆になること。


回転というのは、中心を固定して回したように変わること。


平行移動というのは、上下左右に動かしたように変わること。


これらの操作をしても、楕円曲線は元と同じ形のままなの」


「ふ~ん。で?」


「でね……、 モジュラー関数も楕円曲線に合わせて変わらないの。


つまり、楕円曲線をひっくり返したり回したり動かしたりするとき、

モジュラー関数の点も同じ色や形を保つの。


だから、モジュラー関数から作った音階も変わらないのよ。

つまり、音階をひっくり返したり回したり動かしたりしても、 音階は同じ音が出るの」



「うーん……。

難しそうだな」


「大丈夫。私が教えてあげるから」

アンナはそう言って笑顔で俺を見た。


「ありがとう……」

俺は少し照れくさそうに言った。


「じゃあ、次の音はレよ。

レはミから鏡映したタイルにあるわ」

アンナはそう言って指差した。


「ここか?」

俺はアンナが指したタイルに足を移した。


すると、また眩い光が漏れて大音量のレの音が鳴った。


「よし、正解!

次はミよ。ミはレから回転したタイルにあるわ」

アンナはそう言って指差した。


「ここか?」

俺はアンナが指したタイルに足を移した。


すると、また眩い光が漏れて大音量のミの音が鳴った。


「よし、正解!

次はファよ。ファはミから平行移動したタイルにあるわ」

アンナはそう言って指差した。


「ここか?」

俺はアンナが指したタイルに足を移した。


すると、また眩い光が漏れて大音量のファの音が鳴った。


「よし、正解!

これで最初の四分音符が完成したわ」

アンナはそう言って喜んだ。


「へえ……。

これがモジュラーの唄か」

俺は感心しながら言った。


「そうよ。

これがモジュラーの唄なの。

この唄はモンスター群の表現空間に隠された秘密を解き明かす鍵なの。

だから、私たちはこの唄を歌いながら、

次元の墓地に向かうの」


「なるほど……。

でも、この唄はどこから来たんだ?

誰が作ったんだ?」


「それはね……、

私にもわからないの。

私はこの唄を夢で聞いたの」



***********************

f1(τ) = ド f2(τ) = レ f3(τ) = ミ … f196883(τ) = シ



「ふ~ん、なる程!」

「谷先生、他にグリについて何か知っているんですか?」

「ああ、まあな。あくまで仮説としてだが……。

この少年の脳派を分析したところ、

こいつはモジュラー関数から生まれる音階を使って196883種類の音色 を作り出すことができるとうちは思うで」


「196883種類の音色ですか!!?」

イメージすら沸かない桁数に

真智はそう驚かずにはいられなかった。


「ああ、そうや。

そしてホンマ驚いたことにその歌声の音の波形からはな、

バッハの曲 G線上のアリア との興味深い類似点がたくさんみつかるんや。

せやけど、それだけやないで。

モジュラー形式の楕円曲線の規則パターンにも そっくりなんや……


 これらはみんな、平面上の点や色や形や数や曲線や音符や曲などから、

互いに関係づけられているんかもしれへんのや」

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