第13話 ランクアップと討伐依頼
ランクアップ手続きの為一階に降りると、なにやら受付の方が騒がしかった。
どうやら一人のおじさんがカウンターに身を乗り出して受付嬢に詰め寄っているみたいだ。
「お願いだ! 早く冒険者を寄越してくれよ!」
「ですから、依頼を受けるかは冒険者次第でして……、指名依頼ならもっと早く受けてくれる冒険者が見つかるかもしれませんが、依頼料は今より高くなってしまいますので」
「そんな! 今の依頼料でさえ村の皆が出し合って集めた金でギリギリだったのに、これ以上増やせる訳ないだろ!」
「そ、そう言われましても……」
おじさんは依頼人で、冒険者に早く来てもらいたくて受付嬢に詰めよっているらしい。
私はそちらを見ながら、別の受付カウンターにいるエルに話しかけた。
「なぁエル」
「あっトンボさん、ギルマスの話は終わったんですね」
「あれ何の騒ぎなの?」
「ああ、あれは村の近くにコボルトの群れが住み着いたらしくて、その討伐依頼を出しにきたガンボ村の方です」
「コボルトねぇ」
地球では確か妖精の一種みたいな扱いだった気がするけど、こっちの世界だと犬頭をした亜人系の魔物だ。
基本的に群れで活動して、洞窟や鉱山に住み着くらしい。
「すでに一度襲撃を受けたらしく、畑が荒らされ、家畜が盗まれる等の被害が出たみたいで……でも依頼料は少なくコボルトは素材になる所がありませんから、冒険者としてはうま味が少ない依頼です……」
「頼むよ! このままじゃ村人は飢え死にするか村を捨てるしかなくなっちまう! うちの娘はまだ小さいんだ、そんな事になったら真っ先に死んじまうよ!」
男の悲痛な叫びを聞きながらも、冒険者は誰も動かない。
だが冒険者を責める事はできないだろう。
彼らにも生活があり、依頼を選ぶ権利があるのだから。
「……ふーん、コボルト退治ってどれくらい難しいの?」
「依頼のランクとしてはCランクになります。コボルト自体はEランクの魔物ですが、群れという事と、正確な数が把握できていない事から高めに設定されています。ですがコボルトの上位種がいた場合は更に高ランクになる場合もありますね」
「そうなんだ……じゃあランクアップの手続きをよろしく」
「はい、ではギルドカードをお預かりしますね」
ランクアップ手続きはあっさりと終わり、私はDランク冒険者になった。
つまり、これでCランクまでの依頼を受ける事ができるようになった訳で。
「その依頼私が受けようか?」
私はおじさんに近付くとそう提案した。
「本当か! …………お嬢ちゃんが?」
しかし、私の言葉に嬉しそうに振り返ったおじさんの顔が、私を見てから落胆に沈む。
まぁ、見た目は強そうに見えないからな。
だから特に怒ったりはしないけど、依頼受注は断られるか?
「彼女はオススメですよ! 単独でマーダーグリズリーを狩ってこれる位の実力者で、当ギルド期待の新人です!」
「え、エル先輩」
と思ったら、エルがわざわざ別の受付から移動して来ておじさんに助言した。
薬草採取の依頼だけしかしてないのに、一体どこに期待しているのか。
でも、エルの言葉でおじさんの私を見る目が変わった。
「マーダーグリズリーを……本当なのか?」
「一応な。コボルトが熊より弱いなら、群れでも問題ないと思う」
「なら……なら頼む! うちの村を助けてくれ!」
「わかった。という訳で受注手続きよろしく」
「わ、わかりました!」
「トンボさん、気を付けてくださいね!」
エルの後輩らしい受付嬢にギルドカードを渡して依頼を受注し、私はおじさんと一緒にガンボ村へ向けて出発した。
おじさんの名前はザトシさん。
村からは歩いて来たらしい。
なんでも家畜を盗まれた時に、一緒に馬が殺されて移動手段が無くなったんだって。
「村までは歩いてどのくらい掛かるんだ?」
「一日だ。休まず歩けば日が沈むまでには着くはずだぞ」
交通手段が馬や馬車位なこの世界で、歩いて一日ならそんな遠くないんだろうけど、日本育ちの私には遠く感じる。
「というわけで、コタローよろしく」
『任せるでござる! 主殿!』
ポーチの中で箱庭の入口を開くと、ポーチから勢いよく風が溢れ出した。
その風がコタローを包むと、風を吸収してコタローのサイズが大きくなり、あっという間に出会った時位の大きさになった。
「うわぁ! こ、こいつはストームウルフ?!」
突然大きくなったコタローに、ザトシさんが悲鳴を上げて腰を抜かしてしまう。
「この子は私の従魔だから安心してくれ」
「Bランクの魔物を従魔にするなんて……トンボさん、あんた一体何者なんだよ」
「薬草採取だけでDランクにまで登り詰めた、ただの冒険者だ」
「……すまん、そこはかとなく不安になった」
私の小粋なジョークは不評だった。
私はコタローに伏せてもらってその背に飛び乗ると、ザトシさんに手を伸ばす。
「ほら、後ろに乗ってくれ! 昼前には着くように急ぐんだからな!」
「えっ! の、乗るのか?!」
ザトシさんはまだコタローを警戒しているのか、私の手を取るのを躊躇っている。
まぁ、普通は三メートル近い狼は怖いわな。
「じゃあ安心できるように、コタローに何か指示を出してみてくれ」
「あ、ああ、じゃあ……三回回ってワンと鳴いてくれ」
なにその屈辱的な指示。
いや、でもコタローは狼だから問題ないのか?
私の心配を余所にコタローが素早く三回回って『ワン!』と鳴いた。
「な? 頭良い子だから大丈夫だ」
「そのようだ、悪かったな」
コタローがちゃんとテイムされていると分かっのか、ザトシさんは私の手を取り立ち上がると、私の後ろに跨がった。
ピンとエメトは落ちないようにポーチの中に入っている。
「コタロー行けるか?」
『問題ないでござる』
「じゃあ出発!」
コタローが駆け出すと、あっという間にラプタスの街が見えなくなっていく。
本体のコタローはもっと速かったけど、今のコタローも十分速い。
薬草を納品し続けた一週間。
私だってなにものんびりしていた訳じゃない。
壁魔法の練習や実験、ペット三匹の能力確認など、依頼に掛かる時間が大幅に減った分、箱庭で色々やっていたのだ。
不本意だが戦闘訓練もな。
コタローを使った移動手段の確立もその一環だ。
はじめはコタローが速すぎて、掴まっているだけでも精一杯だったけど、今は馴れたものだ。
「凄い速いな! これなら昼前には確実に到着できる。トンボさんあんた本当に凄いテイマーなんだな! これならコボルトも怖くないぜ!」
はじめはコタローの乗り心地に戸惑っていたザトシさんも、馴れてくるとその速さに感心していた。
「そういえば、コボルトってどんな魔物? 生態は聞いた事があったけど、どうやって戦うのかとかは知らないんだけど」
「コボルトの見た目は二足歩行する犬だが、手の形は人間に近くて手先が器用でな。罠を作ったり武器を使ったりと、人に近い戦い方をする」
「でもDランク魔物なんだろ? もっとランクが上でもいいんじゃないのか?」
聞いた限りじゃかなり厄介そうな魔物だ。
犬頭なら当然嗅覚もいいだろうし。
「それはコボルトが小さくて非力だからだ。同じ武器を持って一対一なら成人男性ならまず負けないぐらいだ」
「なら自分たちで退治できないのか?」
「弱いと自分達でも理解しているからこそ奴等は群れる。力が弱いとはいえ武器を持った集団が襲ってくるんだ、俺達だけじゃどうにもならんよ。武器になる物だって全員分ある訳じゃない。それに退治しようにも奴等の住み処は罠が待つ森の中だ」
「群れの力と道具を扱う技術がコボルトの強みなのか」
「そういうことだ。だが一番注意しないといけないのは、コボルトの上位種の存在だ」
コボルトの上位種。
魔物は個体によっては進化する事がある。
コボルトならコボルトソルジャーやコボルトアーチャーなどに進化する事がある。
そうなれば並の人間以上に武器の扱いが巧みになるらしい。
「村の近くに住み着いたコボルトの群れに上位種は?」
「わからねぇ。だが、素人目にも奴等の持っている武器の質は良かったように見えた。もしかしたらあの群れには……」
「おっ! 見えてきた!」
村が見えてきた。
ガンボ村は木の柵で囲まれた村だった。
コボルトに襲われたからか、村の入口には槍を持った村人が二人配置され、周囲を警戒しているみたいだ。
その門番が私達、正確にはコタローを見て慌てた様子で槍を構えた。
これ確実に勘違いされてるよね。
「コタローは速度を緩めて、ザトシさんはにこやかに手でも振ってやれ」
『承知したでござる!』
「お、おう、おーい! 俺だ、ザトシだ!」
「ザトシさん?!」
「戻ったか!」
コタローが速度を落とし、ザトシさんが声を掛けた事で、門番に攻撃されることなく無事に村の入口にたどり着いた。
コタローから降りたザトシさんが槍を持った門番の内、お爺さんの方に話しかけた。
「村長もいたのか……丁度いい、依頼を受けてくれた冒険者のトンボさんだ」
この人が村長さんなのか?
疑問に思いながらも、ザトシさんに紹介されたので私もコタローから降りて挨拶をする。
ついでにそれも聞いてみる。
「どうもトンボっす。なんで村長さんが門番やってるんすか?」
「儂がこのガンボ村の村長をしております、グエンと申します。今はたまたま門番の交代時間について話していたのですよ」
成る程、ちゃんと村長自ら村の為に動き回ってるんだな。
「いやいや! なに呑気に挨拶してんだよ! こ、このデカイ狼はなんだよ!」
私が感心していると、もう一人の門番。
いや、一人は村長だったから唯一の門番?
なんか地味にカッコいい響きになってしまったが、その唯一の門番が槍をコタローに向けたまま叫んだ。
「その子は私の従魔のコタロー。噛んだりしないから槍を向んなよ」
「トンボ殿はテイマーですな? ストームウルフをこうも見事に御するとは、すばらしい」
「テイマーったって、依頼を受けた冒険者がこんな小娘で大丈夫なのか?」
「失礼な事を言うなジウロ! ストームウルフはBランクの魔物だぞ、それにその小娘の従魔にビビリながら槍を向けている人間の言う事ではないだろうが!」
「うぐっ、す、すんませんトンボさん……」
「構わないよ、私の見た目が強そうじゃないのは確かだからな」
ジウロさんの反応は普通だろう。
私は鎧も剣も身に付けず、一般人と変わらない格好をしているからな。
むしろ村長の反応の方がおかしいのだ。
村長は私がテイマーだっていうのも、コタローがストームウルフだというのにも気付いていたから、私みたいな小娘が冒険者でも納得していた。
だけど魔物のランクを知らない人間には、テイマーがどこまで戦えるのかいまいち伝わらないんだろう。
まぁいいや、仕事に戻ろう。
「村長さんにも会えたし、コタローは村の中に連れていかない方がいいだろうから、私はこのままコボルト退治に行ってくる」
コボルトに襲撃されて魔物に対してピリピリしている所に、似たような狼系の魔物であるコタローが入って行ったら、無駄に緊張させてしまうからな。
「お気遣いありがとうございます」
「……トンボさん俺も連れて行ってくれ。この辺の森に一番詳しいのは俺だ。なにか役に立てる事があるかもしれない」
「危険だぞ? それでもいいのか?」
「妻や娘の為にも、コボルトは皆殺しにしなければならん」
コタローの鼻があれば迷子にはならないだろうけど、普段の森との変化に気付ける人がいると、確かに心強くはある。
それに意気込みが気に入った。
「ならお願いしよう」
「ありがとう。なら準備をしてくるから少しだけ待っててくれ」
ザトシさんはそう言うと村の中に走って行った。
そうだ、待っている間に村の防備について確認しておこう。
「村の防備はどうすか。私達がコボルト退治に行っている間に、入れ違いで襲撃があった場合、どれくらい耐えられます?」
「見ての通り木の柵で囲っているだけですからな。容易く突破されるでしょう……」
「……なら、それも対策しないとなぁ」
小さな村とはいえ、少数で全方位を警戒して守るには広すぎる。
守る為にはとにかく数が必要だ。
私はポーチに入っているピンとエメトに話しかけた。
「ピンとエメトは分体を用意。それぞれ五十匹もいればいいかな」
『はーい!』『ーーん』
ピンとエメトを外に出してから、私はポーチを逆さにして、箱庭の入口を開く。
箱庭から次々に土と水が転送されて地面に流れ落ちて、ピンとエメトが量産されていく。
あっという間に合計百匹のピンとエメトの分体が現れ、入口一帯を埋め尽くした。
「おわっ! なんじゃこりゃー!」
「こ、これは凄まじいな……!」
ピンとエメトがこれだけ居れば村の防備は完璧だろう。
ちょっと過剰防衛気味な気もするけど。
何かあっても分体同士なら伝わるし、備えは必要って事で。
「ピンとエメトは村の防備を固めろ、いつコボルトが来てもいい様にしろ」
『『『まかせてー!』』』『『『ーーん!』』』
一斉に手を上げて応えるピンとエメト。
うーん頼もしい。
「この子達も私の従魔で、スライムがピン、アースゴーレムがエメト、見掛けよらず強いんで、なにかあったら頼ってください」
「よ、よろしくお願いします」
ピンとエメトを紹介する。
足下に現れた集団に、村長さんが戸惑いながら頭を下げた。
『『『まかせてー!』』』『『『ーーん、』』』
「うわっ! どうしたんだこれは?!」
そこに丁度、弓と矢筒を背負った狩人スタイルのザトシさんが戻って来て、入口の様子に驚いていた。
まぁ、少し離れた間に百匹もスライムとアースゴーレムが増えていれば驚くわな。
「全員私の従魔だ。村の防備を固めるために増やした」
「増やしたって……普通は増えないだろ?」
「増えるぞ。現に増えてるだろ。とにかく出発しようか」
説明が面倒なんで、ごり押しして出発する。
さぁ、コボルト退治の時間だ!
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