第12話 薬草長者


 薬草栽培実験から一週間ほど時間が経った。




 セヨンからトンボ玉ネックレスを貰った次の日に雑草の様子を見に行ったら、見事に雑草は薬草に変異していた。


 つまり、薬草栽培の実験は成功したのだ。




 それから毎日箱庭で薬草を採取しては冒険者ギルドに持ち込んだ。


 日本だったら“私が作りました”っていうコタローの写真を貼り付けてる位、安全無農薬な新鮮取れたて薬草だ。


 だから査定も良く、普通の薬草より高値で納品できている。


 正にトンボブランドの薬草。


 薬草長者に私はなる! 




 今日も私は、箱庭産の薬草を持って冒険者ギルドの納品カウンターに来ていた。




「おはようエル。薬草の納品よろしく」


「おはようございますトンボさん……あの、非常に申し上げ難いんですが、冒険者ギルドへ納品する薬草の数を減らしていただきたいのです」


「なにっ?!」




 エルの口から出た突然の通達。


 私は今朝採取したばかりの、取れたてトンボブランド薬草を取り出しかけた手を止めて、エルを凝視した。




「トンボブランドの薬草に何か問題が?!」




 虫食いとかあったのか?! まさか食中毒なんて事が?!


 いや落ち着け、箱庭に虫は存在しないし、薬草はポーションにするから食中毒になる筈がない。


 じゃあ一体どこに問題が?




「トンボブランド? よくわかりませんが、その事に関してギルドマスターから説明があります。トンボさんが来たら通すように言われていますので、どうぞこちらへ」


「……わざわざギルドの責任者から話?」




 一体何をやらかしてしまったんだ私は!


 不祥事だけは勘弁だぞ。




 エル案内されて、私はギルド二階にある一室の前に案内された。




「ギルマス。トンボさんをお連れしました」


「どうぞー」




 エルがノックをすると中から軽薄そうな声で返事があった。


 ギルマスは男の人なのか?




 部屋の中に通される。


 ギルマスの部屋は執務机とソファーとテーブルが置かれ、執務室兼応接室のような内装だった。




「座って待ってて」




 執務机の向こうからの声に従い、ソファーに座る。


 肩のピンとエメトを両サイドに降ろす。


 コタローは私の足下で丸くなった。


 エルは失礼しますと言い残して部屋を出ていってしまった。


 えっ! エルは一緒にいてくれないのか?!




「お待たせ」




 エルの消えた扉の方を見ていたら、向かいから声を掛けられた。


 そちらを向くと、ソファーに無精髭を生やした男が座っていた。


 いつの間に座ったのか、全く気が付かなかった。




 そうだ、前に用意した伊達眼鏡にステータスボードをはめたオリジナル魔道具『鑑定眼鏡』を、使ってみよう。


 私はポーチから取り出した眼鏡を掛けてギルマスを見た。






○ロジャー 人間・男 43歳




 職業・冒険者ギルドラプタス支部・ギルドマスター




 スキル


 《短剣術lv7》《暗殺術lv5》《闇魔法lv2》《気配遮断lv6》《気配察知lv7》《罠解除lv6》《交渉lv2》《毒耐性lv2》《麻痺耐性lv2》




 称号


 《隣のロジャー》《冒険者ギルドのギルドマスター》






 強っ! スキルが軒並高レベルだ。 


 しかしそれ以上に目を引くのは称号の一つ。




「……隣のロジャー」




 まるでト○ロみたいな二つ名だ。




「おっ! よく知ってるね。まぁ、おじさんも昔はそこそこ名の通った冒険者だったからね。気配も無く気が付けば隣にいる凄腕の斥候『隣のロジャー』ってさ」




 そう言ってどや顔ぶちかますギルマス。


 ごめん、なんかクラスに一人は居る、影が薄い人みたいな由来だなって思った。




「で、君が噂の新人ちゃんか」


「どうもトンボっす。噂って?」


「登録前からマーダーグリズリーを狩ってきて、登録初日には冒険者崩れのチンピラを捕獲して、マーダーグリズリーのおかわりを持ち帰って来た新人冒険者。そりゃ噂にもなるさ」




 言われてみれば私って結構無茶苦茶してるな。


 でも初日以外はおとなしかったはず!




「最近じゃ上質の薬草を毎日山盛り納品しているしね」


「そうだ! 私の持ってきた薬草のどこに問題が?!」


「いや、問題はないよ。それ所か薬剤ギルドからは数が安定供給された上に、品質も最高だと喜ばれていたぐらいさ」


「ならなんで数を減らすなんて……いや待った、“いた”って言った?」




 自信を持っていたトンボブランドが喜ばれている事を嬉しく思いながらも、過去形で語られた事に引っ掛かりを感じた。




「そう、見た事ないほどの最高品質だと、薬剤ギルドの連中はとても喜んでいた。はじめはね」


「じゃあ何が問題なんすか?」


「品質が高すぎるんだよ。その所為で今ポーションは過剰供給気味になっている」


「過剰供給……」




 ギルマスが言うには、トンボブランドの薬草を使うと、普通に作ってもハイポーション並みの回復薬ができるらしい。


 それをただのポーションとして売る場合、品質を一定にするには薄める必要があるんだとか。


 つまり、普通の薬草とトンボブランドの薬草だと、同じ量でも作れるポーションの数に二倍以上の開きがあるのだ。




「いっそハイポーションとして売れないんすかね?」


「ハイポーションは効果も高いが値段も高い。買う奴は高位冒険者ぐらいだから数が捌けないんだよ。かといって値段を下げれば今度は普通のポーションが売れなくなる」


「で、ポーションが作れ過ぎるから数を絞れと?」


「そう。それ以外にも、薬草採取の依頼を新人に譲って欲しいという思いもあるけどね」




 薬草採取は新人冒険者の初依頼としては、森の歩き方や地理を知るのに最適なんだとか。


 あれ? 私も新人なんだけどな?




「ウチのギルドでは、単独でマーダーグリズリーを狩って、複数人の暴漢を制圧する奴を新人とは言わないんだよ」


「くそっ! 私の薬草長者計画が……!」


「ごめんね。次回からでいいから、今までの四分の一ぐらいに薬草の納品を減らしてほしい」


「……わかりました」




 ああ、いつか薬草御殿を建てるという私の人生設計が、早くも変更を余儀なくされた。


 足下ではコタローが『拙者の仕事が減るでござる!』とショックを受けていた。


 また箱庭に適当に風を吹かせる時間が増えてしまうのか。




「代わりじゃないけど、君の冒険者ランクを一つ上げてDランクにする」


「薬草採取しかしてないのに?」


「今回の件で君が薬剤ギルドに対する交渉カードになる事がわかったからね。ランクを上げてギルドに引き留めるというのが一つ。更にこちらの都合で薬草採取の依頼に制限を掛ける訳だから、ランクアップさせて受けられる依頼を増やすのを詫びとするのが一つだ」


「なるほど」


「まぁぶっちゃけ、マーダーグリズリー狩れる実力者を、いつまでも低ランクにしておくのは惜しいって理由が一番デカイかな」




 身も蓋もない話だ。


 しかし、ランクが上がれば別の安全で安定した仕事が見つかるかもしれない。




「わかりました、ランクアップよろしくです」


「受付でエルに話せばランクアップ手続きをしてもらえる様に話はつけてある。今日はわざわざありがとね」


「いえ、どうせ薬草納品するだけっすから」




 帰ったら何かしら別の魔草を栽培できないか調べようかな。




「うーん……最後に一つ聞くけど、君はなんで討伐依頼を受けないの? 強いならそっちの方が簡単に儲かるだろ?」


「だって討伐とかって、普通に危ないじゃないすか」


「危ないって、君冒険者だろ」




 呆れた顔をされたが、私にだって譲れないものはある。




「平穏に生きるのが一番だよ」


「若いのに枯れてるねぇ。しかし平穏に生きてるやつはマーダーグリズリー狩ったり、チンピラ冒険者に喧嘩売ったりはしないんだよ?」


「それはあっちが私の平穏を乱したのが悪い。私の人生を邪魔する奴は……誰だって潰す」


「……君そっちが素だろ? 敬語の使い方がスラム上がりの冒険者そっくりだもん」


「……お袋が昔やんちゃしててね。もしかしたらその影響かも」




 別に私が不良だった訳じゃない。


 お袋がレディースの頭張っていたから、喋り方が移ったのかも。




「まぁ、理由がわかってよかった。本人の方針がそれなら文句は言わないよ。その代わり採取依頼なんかでギルドに貢献してくれるのを願ってる。それと今後は敬語は無しでいいよ。拙い敬語は昔の自分を思い出して、おじさん恥ずかしいから」




 クソッ、お袋が自信満々に私に教えてきた敬語は、やはり間違っていたんだ。




「……わかった。今後ともよろしく」


「はい、よろしくねトンボ」




 ギルマスとの話し合いも終わり、私は執務室を後にした。


 私が薬草長者だった期間はあっという間に終わってしまった。


 切ない。

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