アリウム_act.4

 ときに、こんな若者がいたとしよう。


 彼は27 歳だ。大手家電メーカーの事務職ということにようか。


 仕事は定時に出勤して、平均で 1時間から2 時間程度残業して帰る。上司とはマア、衝突することもなく、かといって高めあうでもなく彼なりの距離感でもって接している。


 想い人はいない。というか最近、恋をしていないため、誰かを好きになる方法を忘れてしまっている…なんて少女漫画の主人公のような設定はどうかナア…。ア、イヤ、失敬失敬。妄想に胸を膨らませてしまった…。ウン、では続きだ。


 仕事はコンピュータで表計算をして、わかりやすくまとめる仕事。つまらないとも面白いとも思ってはいない。


 家に帰るとまず、TVをつけて、コンビニで買ってきたご飯と炭酸水を飲む。気が向いたら、夜の街をぶらつくとかする。


 休みの日は一日中寝ているか、 TVを見ている。


 そんな日常をつまらないと思いつつも、安心ブランケットにくるまれた時のような安心を覚えている。

 彼には友達はいるが、自分から誘ってどこかへ行こうとは思わない。


 マア、理由は様々だろうがね。おおかた、うっとうしいと思われるのが嫌なのか、「予定がある」と突っぱねられるのが嫌なのか。


 方や、自分が誘われると、一番初めに心からこぼれるのは『めんどくさいなあ』という感情。


 家にいることが多く、他人が自分をどんなふうに見ているかをあまり意識しないため、服装のセンスはあまりない。


 しゃべり慣れていないし、仕事以外でしゃべる必要性を感じていないため、話はあまりうまくない。しゃべろうと思うと、ついつい自分語りに終始してしまう


 が、それにすら気が付かない。


 長くなったが、こんな人間だ。


 キミの周りのはこんな人はいるかね?



 …、そうかそうか。


 続けるよ?ウン、よい返事だ。


 彼には、目標がない。


 仕事で何かを成し遂げようとか、いついつまでに何をしてやろうとかそういった感情がない。理由は面倒だからだ。


 なのにもかかわらず、何かを成そうとする人に対してはひどく悲観的だ。目標を持ち、行動している人間は、例え一時成功しても、いつか失敗すると思っている。イヤ、願っているという表現のほうが近いかもしれないナア。そして、ひとたび失敗すると、ソレ見たことかとなぞの優越感に浸る。彼は、この傍観者のような立ち位置がたまらなく好きなのだ。


 彼は傷つくことに慣れていない。


 そのため、何かあると恐ろしく卑屈な気分になってしまう。


 大きな失敗をしたことはないが、大きな成功もしたことはない。しかし、大きな失敗をしたことがないという一点において、それを至上の美徳と感じている。


 彼には夢がない。あっても絶対に口には出さない。


 なぜなら、自分と同じような誰かが、自分の夢を馬鹿にすると思い込んでいるからだ。そして、ソレに傷つくのがイヤでイヤでたまらないのだ。


 こんな具合だから、人としての魅力のようなものが感じられない。

 そのため、いずれだれも彼を誘わなくなる。


 そして、独りぼっちになって、やっとソノ病巣がシンシンと痛むことに気が付くのだ。でも、どこが痛んでいるのかを理解できない。


 たのしそうな集まりをみると、どうしようもなく悲しい気分にさいなまれ、同時に憤慨している。それは喉の渇きのような苦しさに似ている。


 腕をつねられたなら、つねる手をどければよい。焼き鏝をあてられたなら、ふりはらえばよい。しかし、この痛みは内側からイズルゆえに払いのけることができないのだ。


 この痛みをもって、吾輩は孤独トイフ現代病と呼んでいる。


 病巣は、誰しも己個人の領域を大切にしたいと思うまっとうな感情である“孤独”である。飲み会の喧騒から解き放たれ、ひとり帰路に就くときに感じるほっとした感情。これもまた、孤独である。


 これが、なんともいごこちの良い感情なのだ。彼に反対の意見を申し立てるものは誰もいない。多数決では彼がいつも一番だ。人を気遣わなくて済む。食べたい時に食べ、垂れたい時に垂れ、寝たい時に寝られるのだ。


居心地が良すぎるためか、気が付かぬうちに中毒になってしまう。


 “彼”の話を聞いて、なにか思わなかったかね?ウン、ウン。マア、当たらずとも遠からずという答えだね。


 “彼”は一歩も前に進んでいないのだ。時間ばかり流れるが、何かに向かって歩みを進めたり、挑戦してみたりすることをしない。


 できるだけ行動しないようにしている。成長を怠っているのだ。成長に痛みはつきものだ。でも、痛いのはイヤだから、成長することを怠ける。


 では、“彼”に必要な成長とは何だったのか?わかるかね?

 答えは一つではない。ソレが吾輩の思うこの病の処方箋だ。


 …ソウだ。“彼”は面倒がってはいけなかったのだ。具体的いうなら、人と関わることを面倒がってはいけなかったのだ。


 人間を成長させるのは、 TVでもなければ窮屈な部屋でもない。人間なのだ。そして、自分以外のことを考えるが何より心を疲弊し、落胆させ、時に歓喜させ激昂させるひどく面倒な勉強なのだ。


 これなしにして、成長はあり得ない。


 服装がだらしないのは、それによって他人がどう思うかを考えていないからだ。自分の話ばかりしかしないのは、自分の話ばかりされるとどう思うのかを知らないからだ。


 他人のことを真剣に考えることが、この病の一番の処方箋であると吾輩は断言するよ。


 “彼”の話はもちろん極端な例だ。一例に過ぎない。もちろん、吾輩は“彼”のような人間をいくつもみてきたが、そのすべてが“孤独”を病巣に持っているとは限らんと思う。それぞれが、それぞれの過程を経てソノ胸の痛みにたどり着くのだろう。


 ン?イヤ、イヤ。キミを彼とを完全に重ねているわけではないよ。吾輩はこんなに博識でも、千里眼だけは持ち合わせておらぬのだ。超能力的な存在を信じぬわけではないが、残念なことに吾輩は持って生まれなかったようだ。キミの私生活を見通すなどという大それた真似はできないのだ。



 ソウだ、ついでだから昔の話をしよう。暇な老人のはなしを聞く慈善活動だとでも思ってくれたまえ。

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