第一幕

第1話 お姫様は決意する

 偶然とは予期しえない事が起こること。

 錬金術の実験中で偶然、生み出された特別な合金は、ある種のエネルギーを流すと空中に浮くことが発見された。

 その後、それを応用して飛行する為の動力機関が発明され、空を飛ぶ技術が急激に発展していくことになる。

 この錬金術合金の発見は今の世界が存在することの必然だったといえる。


 この空中戦艦と称する巨大な乗り物が空に浮かんでいるのもその恩恵だ。

 フリードランド号は弩級空中戦艦バトルエアシップとして帝国のフラッグシップに位置づけされる大型の空中戦艦だった。

 併設されたドッグに降下したフリードランド号に固定用のフックが掛けられていった。

 錬金術合金は、かけられるエネルギーの大きさによって浮力が変わってくる。理屈は未だに証明できておらず、仮説しか成り立っていないが、空を飛ぶとこには応用できた。

 ロクサーヌ・レア・アンピールが生まれる少し前に起きた短期間の戦争も一気に技術を発展させたきっかけにもなった。

 その後、空飛ぶ艦が建造され大陸を飛び交い、空飛ぶ船より先に実用化されていた航空機も一気に発展した。

 そんな中、ロクサーヌは、幼いころ乗せられた飛行機がきっかけで空を飛ぶことが大好きになった。

 いつの間にか将来の夢は世界一のパイロットになること。

 それは今も変わらない。

「叔父様! おかえりなさい!」

 甲板デッキから降りてくるヴィクトール・マクマオン大佐飛びついた。

「姫殿下、まだ任務中ですぞ」

「だって、叔父様に会うのは半年ぶりですもの。私がどれだけお会いしたかったか」

「いやいやもう少し早く戻りたかったのだが、ならず者の奇襲を受けましてね」

「まあ、帝国の弩級空中戦艦にちょっかいだす不届き者などおりますの?」

「赤い機体の者でした。ならず者ですが良い腕でした」

 それを聞いてロクサーヌは嬉しそうに笑う。

 フリードランド号艦長のヴィクトール・マクマオン大佐は、ロクサーヌの母方の叔父にあたる人物で空中艦隊の提督候補だ。優秀な人物でロクサーヌが大好きな人たちのひとりである。

「まったく、艦橋は冷や汗モノでした」

 横から副官の大尉が口を挟んだ。

「おかえりなさい! ダルラン大尉」

 ロクサーヌはあっけらかんと言った。

「どうも、姫殿下。ですが、本物の真紅の薔薇号を目にできたと乗組員どもは大はしゃぎでした」

「うふふ、そうですの。ならず者も必ずしも悪いことをするのではありませんね」

「いえ、航空法を9つも破っていました。やはりならず者です」

 そうきっぱりと言い切る大尉。

「き、きっと、そのならず者、今では反省していますわ」

 ロクサーヌはバツが悪そうに言った。

 それを聞いて顔を見合わせるマクマオン大佐とダルラン大尉。彼らも苦笑いを見せるしかなかった。

「下士官の方々もおかえりなさえませ」

 ロクサーヌの声がけに数人の士官が一礼する。

「あら……? そちらの方は?」

 初めて見る士官のひとりにロクサーヌは興味を示す。

「ああ、彼は、艦載機のパイロットとして新しく搭乗したウィル・ハンコック少尉」

 ハンコック少尉はロクサーヌに向かって丁重に頭を下げた。

「飛行士ですの……ふーん」

 興味深げに見つめるロクサーヌ。

「腕前は?」

「元は精鋭の空中騎士団だよ」

「空中騎士団?」

 空中騎士団は、帝国の航空師団の中でも精鋭を集めた集団だ。ふつうの飛行士は所属するのは難しい。

「空中戦艦の艦載機はまだ発展途上だ。腕のいい飛行士が必要だからね。少尉のようなパイロットはぴったりの人材なのだよ」

「すごい! あなたは本物の空中騎士団なのですか?」

 ロクサーヌは大佐を放り出すとハンコック少尉に握手を求めた。握手に応じる少尉は戸惑い気味だ。

「わたし、空中騎士団に所属するのは目標のひとつなの。ぜひお話を聞かせていただきたいわ」

「わ、私は、一介の飛行士に過ぎません。大して面白い話もできませんよ」

「なら……飛行を見てみたいですわ! 空中騎士団の飛行士の腕を見てみたい!」

「それはいずれ」

 少尉は笑顔を見せてさり気なく手を離した。

「約束ですよ!」

 ロクサーヌは満面の笑みを見せた。

 若い士官たちはそれに見惚れていたが、副長の咳払いで襟を正す。

「ロクサーヌ殿下。我々は、陛下との謁見があるから、これにて」

「はい、叔父様。では夕食であらためてお話をお聞かせくださいませ!」

 大佐は一礼すると部下たちを引き連れその場を去った。

 その後を見送るロクサーヌ。

「叔父様、やっぱり素敵だわぁ……」

 その時、背後から咳払いが聞こえた。

「ガルニエさん……?」

 黒い燕尾服を着込んだメガネ姿の若者が立っていた。

 まだ若いが、数ヶ月前から引退した前任者に代わり新しい執事長として城にやってきておた。淑女らしくしないロクサーヌに前任の執事長も教育係やお付きの者たちは苦戦を強いられてきたが、この新しい執事長は、ロクサーヌをうまくコントロールしている。

 ロクサーヌもこの執事長にだけは頭が上がらない。


「ロクサーヌ様。この時間、お部屋で外国語のご勉強の時間では?」

「あ……その、確か先生がご気分がすぐれないとかなんとか……」

「それは、おかしいですね。先生の言うことによるとロクサーヌ様の体調がすぐれないので今日の授業はしなかったとおっしゃられているのですが」

「おかしいですねえ……きっと何かの行き違いではないでしょうか。ほら、人って勘違いってあるから」

「では、大佐のリードランドにちょっかいを出してきた飛行機というのも勘違いなのでしょうか」

「そ、そうかもしれませんね。なんのことかわかりませんけど」

 愛想笑いをするロクサーヌを無表情で見つめるガルニエ。

 視線が怖い。

「では、本日のご夕食のメニューは私の勘違いの料理が出てくるかもしれませんな」

 ロクサーヌの脳裏に玉ねぎ料理地獄のシーンが思い出された。

「それだけは許してください!」

 ガルニエの服の袖にしがみつき、泣きつくロクサーヌにこの冷静な執事長は、にこりとする。

「ご安心してください。本日は帰還した大佐が同席するご夕食です。玉ねぎづくしの料理はまた今度ということで」

「あ、ありがとう! ガルニエさん!」



 その後、安堵しながら格納庫に向かったロクサーヌを整備士のリュカが待ち構えていた。

「どうだった?」

「なんとか、許してもらった。今日は叔父様同席だから見送るって」

「よかったじゃねえか」

「まあね……」

「それより、あのチラシの件、すごいじゃねえか」

 城の庭師の息子だったリュカ・ルロワは、幼なじみで王女であるロクサーヌへの態度は子供の時のままだ。もちろん、公の場では態度は恭しいものだが、プライベートでは近所の友達と話すようだ。

 手先が器用で機械が好き。今ではロクサーヌの愛機”真紅の薔薇”号の整備を引き受けてくれている。

「うん、グランドクロスの開催。最高ね」

「地元開催だし特等席で見れるな」

「特等席? 何言ってるの? あんたそんなところで見る気でいるの」

「え? だって俺たち友達だろ?」

「ばっかね、見れるわけないじゃない」

「なんだよ……そりゃ、俺は庭師の息子でロクサーヌとは違うかもしれないけど」

「だって、あんたは私と一緒にグランドクラスに出場するんだから」

「はぁ?」

「だから、あんたはメカニックとして一緒にグランドクラスに出場するの!」

「え? まってよ、グランドクロスに出場って……あの真紅の薔薇号で?」

「他に機体ないでしょう」

「でも、俺たちだけじゃぁ」

 その時、メイドで侍女で同じく幼なじみの侍女マヤ・ルーがティーセットを持ってやってきた。

「二人とも喉がお乾きでしょ? 紅茶をお持ちしました」

「ほら、マヤもいるし」

「は?」

 ロクサーヌの言葉の意味がわからずぽかんとするマヤ。

「他のクルーはこれから集めるとしてメカニックとナビゲーター役はそろってる」

「ナビゲーター役?」

 マヤは他に誰かいるのかと周囲を見渡した。

「でもロクサーヌのお父さん……陛下が許すかなぁ。ふだんでもロクサーヌが空を飛ぶのをよく思ってないみたいじゃん」

「ああ、王室の姫たるもの淑女であれ!それが希望みたい。それは姉上に任せるわよ」

「それでも絶対反対されるよ」

「それなら黙って出場すればいい」

「エントリーに名前が乗ればわかるでしょ? だってロクサーヌ、姫様だし」

「だったら名乗らなければいい」

「えっ?」

「別人としてエントリーするんだよ。真紅の薔薇号も塗装を変えちゃうの」

 ロクサーヌはそう言うと真紅の薔薇号のコクピットに乗り込んだ。

「だって、グランドクロスだよ? 大陸中の腕自慢の飛行士が集まる大レース。それが、この国からスタートするっていうのは神様の啓示ってことでしょ。ならやるしかない!」

「おまえ、すごいな」

 リュカが半分呆れながら言った。残り半分は尊敬だ。

「真紅の薔薇号の塗装を変え、別人になりすましレースに臨む! そして優勝は私たちがかっさらう! 最高でしょ?」

「お…? おお…う」

「マヤも一緒にがんばりましょう!」

「は、はい……私は姫様がお喜びいただけいただけるなら何でも……でも一体、何をすればよいのでしょうか?」

「それはこれから考える!」


 こうしてグランドクロス優勝を目指すチームが結成された。






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