姫騎士ロクサーヌ大空を駆ける

ジップ

プロローグ

 それはいつの記憶だったかは曖昧だった。

 覚えているのは青い空が見えていたかと思うと視界は反転。

 見上げると地上が見えていた。

 一機の飛行機が並行して飛んでいた。

 相手のパイロットもこちらを見上げている。

 やがてゆっくりと視界は反転して元に戻った。

 気がつくと地平線が見えて機体が元の飛行に戻ったことを理解した。

 前の席に座るパイロットが何か言っているがよく聞こえない。

 あれは一体、誰だったのだろう。


 あれから十年以上も経つが誰に聞いてもロクサーヌを飛行機に乗せたことなどないと言う。

 夢かとも思ったが、顔に当たる風にエンジン音。身体にかかる圧力。

 それはとても現実で夢とは思えない。

 大きくなって自らが飛行機で飛んだ時、確信した。

 あれは夢ではなかったのだ。

 だが、あの時、操縦していたのは一体、誰なのだろうか?

 ロクサーヌはずっとそのことを考えていた。



 真紅の機体が大きく旋回しながら速度を上げた。

 遠くに見える空中戦艦の輪郭が次第にはっきりしていく。

 ある程度の距離に近づいた時、空中戦艦の死角に回り込もうとスロットルとラダーを微妙に操作させた。

 後方に回ると推進力の噴出口から出る噴流に巻き込まれないように慎重に位置を決めた。

 空中戦艦フリードランドはこちらの存在を認識していが、見失っているはずだ。

 コクピットの中でロクサーヌはほくそ笑んだ。

 後部見張り台から見える位置に上昇すると一気に艦橋の右舷真横まで接近した。

 機体は傾斜しながらフリードランドと並行に直進飛行した。

 皆が顔を向けているのを確認したロクサーヌは、艦橋に向かって手を降ってみせる。

 艦長のマクマオン大佐の苦笑いをしているのが見えた。

 後で顔を合わすのが楽しみだ。一体、どんな顔を見せてくれるのだろう

 ラダーを操作しながら操縦桿を左に倒すと艦橋を大きくまたぐ感じでフリードランドから離れていった。

 艦橋では乗組員たちが遠くなる真紅の機体を目で追った。

「遊びの時間は終わりだ! そんなに眺めていたけりゃ、夜間の見張り台にいつでも立たせてやるぞ!」

 浮足立った艦橋を副長のダルラン大尉が活を入れ、締めた。

「また姫殿下にやられましたね」

「まったく、誰に似たのやら……」

「良い腕です。あの傾斜角の深い直進飛行ナイフエッジは航空隊のパイロットでも中々お目にかかれない」

「副長、それは姪の前では言ってくれるなよ。ますます調子に乗るからな」

「了解です、艦長」


 真紅の薔薇号が着陸態勢が入る

 すると手旗信号が振られているのが視界にはいった。

 一度、着陸はスルーして手旗信号を読む。

 ”キ・ン・キ・ュ・ウ・ジ・タ・イ!”

「緊急事態?」

 真紅の薔薇号は、大きく旋回すると再び着陸態勢にはいる。

 昔は着陸するのに三回以上のリトライをするほど苦労したのが嘘のようだ。今では一発で成功できるようになっていた。

 着陸態勢にないると主翼のスポイラーが開き、揚力を下げていく。ここから墜落にならないようにラダーを微調整しながらさらに高度を下げていった。

 車輪が滑走路に接触すると同時にコクピットに大きな振動がした。

 今日の着陸が具合はそれほど悪くない。

 機体の振動を感じながらロクサーヌは思った。


「ロクサーヌーっ!」

 専属のメカニックのリュカ・ルロワが旗を持ちながら走ってきた。

 その後を遅れてメガネをかけたメイドが自転車に乗って追いかけていた。

 着陸した真紅の薔薇号に息を切らせながらリュカがようやく辿り着くとその場でかがみ込んだ。

「どうした? リュカ」

 コクピットからリュカにゴーグルを外しながらロクサーヌが言った。

「執事長のガルニエさんに抜け出したのがバレたって……マヤが……」

 そう言ってリュカは地面にしゃがみこんだ。

「まじで……」

 ロクサーヌの顔が青くなる。

「だから急いで戻らないと、また夕食に嫌いなものばかり出されるよ」

「うっ……」

 前回、部屋から抜け出して飛行機に乗った時は、夕食はロクサーヌが嫌いな玉ねぎのづくしの料理が大量に出された。その時、死ぬ思いでの完食したのは軽くトラウマになっていた。今でもそれを思い出すと吐きそうになるくらいだ。

 メイドのマヤが自転車から降りると座り込んだリュカを心配そうに覗き込んだ。

「大丈夫ですか?」

「あぁ、ちょっと慌てすぎただけだから。それより、早く戻らないと」

 ロクサーヌが真紅の薔薇号から降りる。

「なんで、バレたのかしら」

「空中戦艦にちょっかいだした?」

「あっ……」

「そりゃ、ばれるわ」

「だって、叔父様のフリードランド号だったから」

「”真紅の薔薇”号は俺が倉庫へ運んでおくから、早く部屋に戻りなよ」

「今さら、戻ってもねえ」

「謝ればもしかしたら地獄のディナーは逃れられるかもよ」

「そ、そうね」

「私の自転車を使ってください」

 マヤが乗ってきた自転車から降りた。

「ありがとう、マヤ」

 ロクサーヌは自転車のサドルを持つ。

「それから、ロクサーヌ様、実はもうひとつお知らせしたい事がありまして」

 ペダルを漕ごうとしたその瞬間、そう言ってマヤがポケットから折りたたんだ紙を取り出した。

「お掃除の際にゴミ箱からこんなものを見つけたんですけど……」

「マヤ、今はそんなことを言ってる場合じゃねえよ」

 確かに急いだ方がいいのだが、メイドのマヤはそれなりに気の利く娘だ。その彼女が見せようとすのはロクサーヌにとって何か重要なことに違いない。リュカは急かしてきたが、ロクサーヌは逸る気持ちを抑えて紙を開いた。

「ふ……ん。何かの宣伝チラシかな? ん?」

 ふいにロクサーヌの顔つきが変わった。

「どうした? ロクサーヌ」

 ロクサーヌの表情に気づきリュカが声をかけた。だがロクサーヌは書面に見入って返事もしない。

「ねえ、あれに何が書いてあるのさ」

 リュカがニナの方に訪ねた。

「なんでも大陸縦断の大会とかなんとか」

「大陸縦断? もしかしてそれって飛行機のレースの?」

「はい、そんなようなことです。もしかしてロクサーヌ様がお好きかなって思って。だから捨てずに拾ってきたのですけれど」

「好きも何も、それ”グランドクロス”の事じゃないの? 大陸縦断飛行レースのさ。だったら、ロクサーヌも俺も憧れの大会なんだぜ?」

「リュカ……」

「それグランドクロスの宣伝チラシかなにかでしょ?」

 うなずくロクサーヌは 今にも泣きそうな笑い出しそうな複雑な表情だ。

「やっぱりそうか。なあ、俺にも見せてくれよ」

 しかしロクサーヌはチラシを離そうとしない。

「ロクサーヌ? どうした……?」

 ロクサーヌは、チラシを放り出すと再び真紅の薔薇号に乗り込んだ。エンジンを再始動させると滑走路に機体を戻していく。

「お、おい! また飛ぶのか? 執事長のガルニエさんはーっ!」

 真紅の薔薇号は離陸するとそのまま垂直上昇していった。すぐに機体は豆粒ほどの大きさになった。

「なんなんだよ、あれ。イカれてやがるなぁ」

 リュカはそうつぶやきながら足元に落ちたチラシを拾い上げて内容を見た。

「一体、なんだってんだ……?」

 するとリュカもみるみるうちに表情が変わっていく。

「ま、まじか!」

 そんな驚きの声を上げるリュカをマヤが不思議そうな顔で見つめていた。

「リュカもどうしたのですか? そんなに驚くことが書いてあるのですか?」

「驚くも何も……これって……ちきしょう! ロクサーヌがイカれるはずだぜ」

「もう、リュカ。ロクサーヌ様は姫殿下なのですよ。なのにそんな言い方は……」

「なんだよ、マヤ。お前これ読んだんじゃないの?」

「え? 読みましたけど……」

「グランドクロスのスタートがこの国だって書いてあるんだぜ! 信じられる?」

「はあ……? 確かにそう書かれていましたね」

「最高だぜ! くそったれめ!」

「また、汚い言葉を……リュカったら」

 ため息をつきながらマヤが空を見上げた。

 大空ではロクサーヌの乗った真紅の薔薇号が八の字飛行を繰り返していた。

「この国がグランドクロスのスタートになるって! 神様! ありがとう!」

 隣ではリュカが転がりまわっている。

「ロクサーヌ様が喜ぶとは思いましたけど、これほどとは……しかもリュカまで」

 マヤの目の前を風に飛ばされたチラシが横切ろうとしていた。マヤはそれを器用に手に取った。

 ”大陸縦断飛行機レース・グランドクロス開催! スタートは帝国首都!”

「これのどこが、そんなにすごいのかしら……?」

 マヤは、メガネを掛け直しながら小首をかしげた。 



 1ヶ月後、大陸最大の飛行機レースが開催される。

 その名は”グランド・クロス”

 それは、世界から腕自慢のパイロットと優秀な機体が集まる最高レースだ!


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