第25話 旅立ち

シェーダさんの声が聞こえた瞬間、ぼくとアリシアさんは、ベッドに寄り添って座っていたところから慌てて立ち上がり、お互いに少し距離を開けて、部屋のドアを開けた。


ぼくたちを見たシェーダさんが、いかにもおもしろくなさそうな顔をしていた。


「あぁ!? なにしてんだお前たち……。まさか、あたしがお前たちのために見張りに出てるのに……。ふたりでいちゃついてんじゃないだろうな!?」


ぼくは慌てて手を振りながら、


「い、いや、違いますよ……。夜食を持ってきてもらっていて、それと、少しずつ魔法が使えるようになってきたことを話してて……」


「魔法!? お前、魔法が使えるようになってきてたのか……そういうこと、あたしもいるとこでちゃんと言えよっ!!」


シェーダさんの言うことはもっともだった。


「ご、ごめんなさい……。ついさっき発見して……極限はまだ無理だけど、上級くらいならいけるかも……」


シェーダさんは怒ったような顔をしていた。


「緒音人、あたしの部屋に来い。わかったな!」


そう言ってドアを閉め、自分の部屋に戻ってしまった。

アリシアさんがぼくの方を見てつぶやいた。


「緒音人さん、シェーダさんの部屋に行ってあげてくださいね」


「え! あ、はい……そうですけど……」


アリシアさんは少し力なく微笑んだ。


「シェーダさんはね、いま、周りのひと全員を試してるんです。信頼できるのかどうか、心を許してもいいか、試してるんです。だから裏切ってはだめです。わたしたちも、ふたりっきりにならないほうがいいかも知れませんね」


ええええええええええええええええええええ!?

ふたりっきりになるのはだめ!?

なんでええええええええええええええええええええ!!


ぼくが口をパクパクさせていると、アリシアさんが続けた。


「わたしたちがふたりっきりでいると、どうしたって、シェーダさんは疎外感を受けてしまうと思うし……。シェーダさんを傷つけてはだめです」


アリシアさんの言うことはもっともだったけど、ふたりっきりにもなれないということで、ぼくは激しく衝撃を受けてしまった。


「さあさあ、シェーダさんのところに行ってきてください。わたしも、部屋に戻ります……」


アリシアさんは立ち上がり、そっと部屋を出て行った。最後に、ドアノブのところに指を2本、並べて添えながらドアを閉めたのが、なんだかとても印象的な動作だったけど、その時はその意味にまったく気づくことが出来なかった。


ぼくがシェーダさんの部屋に行くと、シェーダさんは相変わらず、すごく機嫌が悪そうな顔をしていた。少し心配して声をかけてみた。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫なわけねーーだろ。お前たちのせいで、大変なことばっかりだ」


思わず苦笑していると、シェーダさんが続けた。


「お前がどうやって今まで生きてきたのか、教えろよ」


「……え! ぼくのこと……?」


「そうだ……。お前が生まれてから、今までのこととか……」


突然なぜそんなことを……と思ったが、差し障りのない範囲で、嘘なく話すことにした。


「ものすごく遠いところから、ぼくは来たんですよ……。一度死んでしまって、1000年くらい、異次元をさまよって……。そして、アリシアさんに拾ってもらったんです」


シェーダさんは少し関心があるような顔をした。


「……なんかそんなやつ、聞いたことがあるな……。死んで、さまよって目覚めたとかいうやつ……」


「え! そんなひと、他にもいるんですか!?」


ぼく以外にも、異世界から来た人間がいる!? その事実は、思わずぼくの心を浮足立たせた。


「わからん……。そんな噂をきいたことがあるだけだ。もう死んでるかも知れんしな。1000年ね……大変だな……」


シェーダさんは遠くを見つめるような目をしていた。

そのあとぼくを見つめ直した。


「お前……あたしのこと、幸せにするって言ってたよな……」


え!? 幸せにする!?!?


そんなばかな……

ぼくは、『幸せになってほしい』と言ったはずだけど……と思いながら、なんとなく反論できない雰囲気に息を呑んだ。


「絶対、約束守れよ……。嘘ついたら、ぶっ殺すからな……」


え、え、ええええええええええええええええ!?!?

一体、どういうことになってるんだ……

ぼくは冷や汗をかきながらシェーダさんを見つめた。

シェーダさんの目は、冷たく怒っているような目だったけど、とても悲しそうな目だった。


以前、夢の中で、治療士に裏切られた少女のことを思い出した。

あれはシェーダさんだ。

何度もシェーダさんを裏切るわけにはいかなかった。


「そうだね……幸せになろう……」


ぼくは心底、シェーダさんには幸せになってほしいと思っていたけど、これでますます、アリシアさんのことが言い出しづらくなってしまった。

人間関係は難しい。


シェーダさんは面白くもなさそうに立ち上がり、「見張り行ってくる」とつぶやいて外に出た。

こうして毎晩見張りをしてくれているのだから、ぼくたちが生きていることにも感謝しなくてはならなかった。

ぼくも上級魔法が使えるようになってきたら、見張りを代わってあげないといけない。


その日の夜は、アリシアさんのことやシェーダさんのことが気になって、ぐるぐるとなかなか寝付けずにいたけど、体の奥底の鈍痛が目覚めてからは、またすぐ寝入ってしまった。



次の日の朝起きて、3人で軽く朝食を取っていると、アリシアさんがとんでもないことを言い出した。


「緒音人さん、体調は大丈夫ですか?」


「はい……もう少ししたら、上級魔法くらいは使えるように回復しそうですよ」


「よかった……。緒音人さんには頼ってばかりで申し訳ないのですが、わたしのお願い、聞いてもらっていいですか?」


「はい……なんでもいいですよ」


「隣の国の国王に、会いに行きましょう」


「え………!?」


ぼくは青ざめた。ぼくたちの国と、隣の国は戦争をしていたはずだ。

ぼくたちの国は『滅びしもの』の『万物の死』によって消滅してしまったが、それでも敵であることに変わりはない。

会いに行ったら、どんなことになってしまうかわからない。

しかし、アリシアさんには、そもそもそんな理屈が通じないことを思い出してしまった。


「わたし、以前、シェーダさんにも話していたのですが、『万物の死』によってわたしたちの国は滅びてしまって、その事実を知っているのはわたしたちだけです。国王に直接会って、そのことを伝えないといけません。そして……」


アリシアさんはぼくとシェーダさんを見つめながら続けた。


「全世界の王に同じことを伝えて、『世界平和条約』を結んでもらうのです」


「せ、世界平和条約!?」


アリシアさんはうなずいた。


「今みたいに、誰もが攻撃魔法で争いを続け、人を傷つけていたら、あちこちで『腐敗』によって『滅びしもの』が生まれ、そのうち世界は本当に壊れてなくなってしまいます。そうなる前に―――そのことを、世界の王に伝え、平和のための条約をみんなで結ぶのです」


アリシアさんの言うことは突拍子もなく、あまりにも意外すぎた。

ぼくはそんなことが可能なのかと生唾を飲んだが、このまま『滅びしもの』が生まれるかも知れない世の中を放置しておく訳にもいかなかった。『滅びしもの』と戦ったことがあるのは、世界でこの3人だけなのだ。


「王たちとの交渉はわたしがしますから、緒音人さんとシェーダさんには、わたしのボディガードになってほしいんです。お願いできますか……?」


「あたしは別に構わんよ。それが実現するかどうかは別としてだが。そして―――」

シェーダさんはアリシアさんを冷たく見つめて言った。

「戦って、憎み合っていたほうがよっぽど楽だったと思えるほどの、恐ろしく困難な道になるだろうが、それでも覚悟ができているのならな」


アリシアさんは真剣な顔でうなずいた。

ぼくも、遅れてアリシアさんの言葉にうなずいた。


「ぼくも必ず、みんなを守りますよ。世界の王たちのところに行きましょう」


アリシアさんは花のように微笑んだ。ぼくは心底、アリシアさんを守りたいと思った。




3人で旅の支度を終え、長らく借りていた木こりの小屋を出て、隣の国の王都を目指し、風魔法を使ってみんなで移動した。


王都までかなり遠く、途中にある小さな村で休憩を取ることにした。

村の人達は、ぼくたちが敵国の人間だということにも気づかず、食堂では気軽に美味しいごはんを食べさせてもらうことが出来た。


村はどこまでも平和で、明るい太陽と青空のもと、こどもたちがはしゃぎ周り、戦争や『滅びしもの』とも無縁のように思えた。

ある男の子と女の子が遊びながら、女の子が男の子の胸のあたりに、2本に並べた指を添えて、「きゃ~~」と走って逃げていった。

シェーダさんはその様子を見ながら、苦い顔で舌打ちしていた。


「近頃のガキは、どいつもこいつもませてやがるな……」


「え? どういうことですか?」


シェーダさんは2本指のポーズをしながら言った。


「人差し指は旦那、中指は妻を現している。2本を添えて、異性に対して見せるのは、『あなたが好き』とか、『一緒にいたい』とか、そういうことを口で言わずに示そうとするときだ」


その言葉を聞いて、樵の小屋でアリシアさんが見せた指サインを思い出してしまった。思わず顔が赤くなった。アリシアさんは、そんな会話を聞きながら、ぼくに向かって微笑んだ。


「緒音人さん、行きましょうか」


アリシアさんは先頭を歩くシェーダさんのほうに向かって歩きながら、後ろに回した手で、ぼくにしか見えないように、また2本指を揃えてみせた。

ぼくは、アリシアさんと一緒なら、どこにでも行けるような気がした。


「行きましょう、アリシアさん!」


ぼくも誰にも見えないところで、ぼくの揃えた2本指を、アリシアさんの2本指に、そっと触れさせた。

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