第7話 治療院で救世主!?(3)

 「よし!! ではさっそく、ここにいる皆さん、全員を治療していきましょう! ぼくの『リヴァイヴ』でみなさん必ず回復させますから!」


あちこちのベッドから、声にならない声や、うめき声が漏れていた。みんな、嬉しがってくれているに違いなかった。ぼくは燃えた。絶対に、みんな必ず今日治療するぞ!!


後ろから抱きついてくれていたアリシアさんが体を離し、その後手を握ってくれた。


「ありがとう……。わたしは本当に嬉しいです……。みんなを治癒してくださるなんて……。あなたは本当に、わたしにとっても恩人です……」


アリシアさんは心から感謝しているらしく、うっすらと目が潤んでいた。

アリシアさんのきれいな心に、ぼくのほうが申し訳なくなってしまった。

でも、今後もアリシアさんには抱きつき……ではなく、『ヒール』をお願いしなくては…。


「次の患者さんに行きましょう。アリシアさん、またぼくに『ヒール』をお願いできますか?」


そう言うと、アリシアさんは少し困った顔をした。


「すみません、わたし、もう今日は魔法を練れそうにないんです……。実は朝方の治療でほとんど魔法のちからを使い切っていて、それで今日はもうできることがないから、薬草を探しに行ったときにあなたを見つけたんです。さっきの『ヒール』が本当に最後……。もう魔法を練るのは難しいです……」


ものすごく困ったことになった。アリシアさんが魔法を練れない!? それじゃあ、『リヴァイヴ』を使うのは不可能じゃないか……。

しかし司祭さんが、そこに満面の笑みで割って入ってきた。


「何の問題もないわ、アリシア、緒音人よ。わしが『ヒールフル』をすればよい。アリシアよりも更に上の回復魔法だ。しかも、わしはまだ今日はこの魔法を使っておらんから、まだまだいくらでも使える。どれ、最高の接近発動状態で使ってやるから、次の患者に行くぞ」


そう言って司祭さんは両手を広げた。抱きしめてくれる気満々だった。


「すみません、ぼく、今日はもう、『リヴァイヴ』使えないかも……」

「はああああああああああ!? どういうことだ!? さっき、全員治すと言ってたぞ!」


「いや、なんかそう思ってたんですけど、なんかもう使えないかもなって……」


「まだいけるだろ!! 搾り出せ! わしが強く魔法をかけてやる!」


司祭さんはぼくの間近まで近寄り、今にも抱きしめてきそうだった。そんな司祭さんをアリシアさんが止めた。


「もう、やめましょう。緒音人さんは、もともと不安定だったんです。初めてお会いした時もそうでした。極限魔法なんてすごい魔法、気軽に使えなくて当たり前です。今日じゃなくてもいい、少しずつでも、1人ずつでも、回復させてもらえたら、それ以上のことはないじゃないですか」


アリシアさんはぼくを見てにっこりと微笑み、「お水でも入れて来ましょうか?」と言ってくれた。そのままアリシアさんは患者さんたちに声をかけ、「みなさん、今日じゃないかも知れません。でもきっと、必ず治りますからね?」と優しく手を握ったりしていた。アリシアさんはものすごく優しかった。


アリシアさんは水を入れに部屋を移動しようとした。その瞬間、アリシアさんはドアの敷居に足をひっかけ、派手に転んでしまった。


「きゃあっ!!」


アリシアさんは四つん這いのような格好で倒れてしまい、ミニのスカートが大きくめくれて、下着もお尻も丸見えになってしまった。真っ白な下着に、すごく可愛いお尻だった。


女の子のこんなポーズ…… は、初めて見た……

しかもあのアリシアさん…… 優しいアリシアさん……


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」


ぼくの中に童貞力が爆発し、部屋にいるすべての患者さんから魔力をねじりあげた。部屋中に光の粒がきらきらと乱れ舞い、はじめての、部屋すべてを巻き込んだ超広範囲『リヴァイヴ』が発動した……!!

部屋全体が光に覆われ、巨大な光の柱が店まで昇った後、部屋にいるすべての患者さんたちが完治していた。


「お、緒音人さん、すごいっ! すごすぎますっっ!」


「なんなんだお前は…… わしはお前がよくわからんわ!! なぜ最初からそれを使わん!?」


アリシアさんと司祭さんの声がかき消されるほど、部屋は歓喜の声で満ちた。


よかった。本当によかった。

アリシアさんにはなんか申し訳ないけど、本当によかった……。


患者さんたちが次々にぼくに握手やハグを求めたが、途中で断り、治療士の控室に戻ることにした。

なんだかくすぐったいし、ほとんどはアリシアさんのおかげなのだ。

でも、初めてこんなにたくさんの人に喜んでもらえて、ぼくの心は、嬉しさでいっぱいになっていた。



ぼくとアリシアさん、司祭さんが控室に戻ると、アリシアさんはぼくの手を強く握りながらこう言った。


「緒音人さん、本当にありがとう……。わたしは、こんなに嬉しい日はないかも知れません。治せないと思っていた人たちが、みんな無事にまた普通の生活をすることができるようになるなんて……。感謝のしようもありません」


アリシアさんはほとんど泣いていた。司祭さんも喜んでいた。


「うむ……緒音人よ、お前はここにずっと居てくれても構わんぞ。お前の力、これからもここで発揮してくれ」


どちらの言葉も、嬉しいけどむずがゆかった。ぼくの童貞力はあっても、きっかけはアリシアさんなのだ。なんと返事しようか迷っていたら、治療士の若い男性が、重い顔で司祭に切り出した。


「司祭様。すみませんが、私は今日で治療院を辞めます」


「な、なぜだ!? 緒音人が『リヴァイヴ』を使ったからか!? あれは飽くまでも例外的なものだ。更に緒音人は客人。お前にも、ずっとここに居てもらわなくては困るぞ!」


しまった……。みんなが中級や上級魔法で精一杯毎日がんばっているところに、突然横から極限魔法を使ったから、悪い影響を与えてしまっただろうか……。

謝らなくてはいけない。突然横入りしてきたのはぼくなのだから……。


ぼくが彼に謝ろうとすると、彼はまったく意外な返事をした。


「俺が辞めないなら、アリシアと彼を追い出すべきですね。司祭様も最初に聞いたでしょ。彼は、『鎧の殺人鬼』を追い払っているんですよ。『殺人鬼』が、そのままでいると思いますか? 必ず彼らを血眼になって探し回ってきますよ。しかもあいつは、この国のどこかで、誰にも気づかれないよう人混みに紛れ込んで暮らしている。さっきの『リヴァイヴ』による光の柱はやりすぎです。どこにいたって自分たちの現在地を知らせるようなもんですよ。こちらからは相手の居場所がわからないのに、相手には完全に教えてしまった。この治療院、すぐに血まみれの戦場になってしまいますよ。『殺人鬼』は、絶対に自分に屈辱を味わわせたやつを忘れたりしませんよ」


彼の言うことは至極もっともだった。ぼくは血の気が引いた。彼はそのまま続けた。


「しかも彼、さっきの様子見てたら、非常に不安定で、自在に魔法が使えないんじゃないですか? かたや『殺人鬼』は極限魔法を自由自在に使い、こちらは出せたり出せなかったりじゃあ、勝負にもなりません。俺は辞めますと言いましたが……正直、彼らを追い出してほしいですね。ここに戦闘魔法を使える人間がどれだけいるんですか? 1人もいないんですよ? 全員、『殺人鬼』に殺されてしまいますよ。彼らが呼んだ『殺人鬼』にね」


司祭さんは最後まで話を聞いたあと、若い治療士を殴った。


「アリシアも彼も、間違ったことはしていない。その状態で彼らを追い出すのは仁義に反する。『殺人鬼』のことはこれから全員で対応を考えよう。人は追い出すのではなく、受け入れる方法を常に全員で考えるべきだ」


若い治療士は殴られた頬を抑えながら、吐き捨てるように言った。


「そうですか……。じゃあ俺は出ていきます。死にたくないんでね」

そしてその後、治療院中に響き渡る大声で叫んだ。

「治療士も、患者さんも、早くここを離れたほうがいい!! いつ『殺人鬼』が来るかわかりませんよ!!」


司祭さんは苛立っていたが、立ち去る若い治療士をもうどうしようもなかった。


その日の夜、結局、半数近い治療士たちが治療院を出ていくことになった。

治癒した患者さんも、治療中の患者さんも、大半が治療院を出ていった。

残されたのは、ぼくとアリシアさん、司祭さんと、限られた治療士、患者さんだけだった。


アリシアさんはそれでも優しく、ぼくの手を握りながらこう言ってくれた。


「あなたのせいじゃありません。あなたは正しいことをしてくれました。自信を持ってください。それに、すぐ、きっと元に戻りますよ。みんな一時的に怖くなってしまっただけです。わたしたちは、今まで通りのことを続けていきましょう。すぐ元に戻ります。『殺人鬼』だって来ないかも知れませんし、ね?」


アリシアさんはぼくを優しく励ましてくれたが、アリシアさんの言う通りにはならなかった。


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