合理的な選択

わたなべ すぐる

合理的な選択

「これを飼いたいと思うんだけど。」

 自宅に戻るやいなや差し出されたそれに、男はゆっくりと視線を落とし、尋ねた。

「いったいどこで拾ってきたんだ?」

「近くの川辺にいるのを見つけたんだ。」

 それは少年の小さな腕の中で、さらに小さな体を縮こめて震えている。瞳は伏せられており、男の方を見ようともしない。あまり脂肪のついていない体には、ところどころ傷があり、体毛も散り散りに乱れ、野生で暮らしていたことは容易に想像ができた。

「生き物を飼うことが禁止されているのは、お前も知っているだろう。」

「そうだけど。でもこいつらは高い知能を持ってるって言われているし、実際に育ててみることで、何か分かることがあるかもしれないかなって……。」

「分かることって?」

「それは……まだ分からないけど。」

 自分が拾ってきた小さな生き物と暮らせる可能性がほとんどないことを悟り始めた少年は、ふて腐れたように俯いた。

 男の言う通り、生き物全般を養うことは、一部の例外を除いて禁止されている。既に資源の枯渇が叫ばれるようになってから久しく、残されたわずかな資源を最大限有効に活用しなければならないためだ。一部の例外とはすなわち、その生き物を養うことで、なんらかのメリットがある場合を指し、その中には研究目的ももちろん含まれてはいる。しかし、少年に抱えられている生き物の姿はごく一般的に認知されているもので、取り立てて研究が必要だとは思えないことは一目瞭然だった。その上、研究の目的も曖昧となれば、まず、この生き物を飼うことは許されないだろう。

「そんな理由じゃ、飼うことはできないよ。私たちはこの地球を守らなければならない。そのためには残された資源を大切にしていかなければならないんだ。それは何度も教えているし、お前もよく分かっているだろう。」

「もちろんそれは分かっているけど……でもこいつ、仲間に見捨てられた可哀想なやつなんだ。」

「……可哀想?」

「なんていうか……」

 少年は、少し力を込めて腕の中の生き物を抱え直した。

「周りにこいつより少し大きいのが何匹かいたんだけど。僕が近づいたら、こいつを置いて、みんな逃げ出して行ったんだ。こいつはまだうまく歩けないみたいで、逃げ遅れた。」

 それを聞いた男が、少年の肩を握って、

「つまり、野生の群れの中にいたってことか?」

 問い詰めるかのように迫った。その勢いに驚いて鳴き声をあげた生き物を、男はうるさそうに一瞥すると、

「野生の群れの中から生き物を取り上げるのは非常に危険な行為で、禁止されていることもちゃんと教えたはずだ。一体何を考えていたんだ。」

「……ごめんなさい。」

 少年は俯いて、じっと腕の中の生き物を見つめたが、生き物は少年の方を見ることもなく、震え続けている。

(なんて愚かな生き物なんだ。)

 男は思った。

(ただでさえ貴重な資源を、こんな脆い生物に使うだなんて。)

「……やってしまったことは仕方がない。明日、保健所へその生き物を連れて行き、事情を説明する。」

 男は一呼吸置いて、少年に告げた。少年はぱっと男を見上げ、

「保健所に連れて行くの!?」

「群れの中にいる野生動物を無理やり連れてきた場合、その群れから反撃を受ける可能性が生じる。まあすぐに制圧可能だとは思わられるが、事前に分かっているリスクは共有しておかないといけない。そういう決まりなんだ。」

「だけど保健所に連れて行ったら……。」

「ゆくゆくは処分されるだろうな。だがそれも仕方ないことだ。私たちは私たち自身を守ることを優先しなければならない。そいつが処分されたとしても、そもそも野生の群れから無理に連れて帰ってきたお前の責任だ。」

 淡々とした男の口調に、少年は、軽く唇を噛み締める。その様子を見た男は、再び口を開こうとしたが、それを遮ぎるかのように、

「……分かった。でも明日でもいいよね?今日はもう遅いから、保健所の受付時間も終わっているし、いくら共有すべきリスクがあるっていっても、緊急性はそれほど高くないでしょ?」

 少年が挑むように言った。

「まあ、いいだろう。それについては、お前の言っていることは間違っていない。明日までそいつは私が預かっておこう。」

「どうして?僕の部屋で一緒に寝るよ。ちゃんと眼を離さないでおくから。」

 男から取られまいとするかのように、さらに抱く力を強くした少年をみて、

「……わかった。お前を信用することにする。」

 男は自室へと向かった。

 残された少年は、しばらくの間、無言でその場に立ちすくんでいた。やがてひとつ、諦めるかのようなため息をついて、未だ震えて続けている小さく弱々しい生き物を抱え直して、彼もまた、部屋へと戻った。



 翌日、男と少年は、拾った生き物を連れて、保健所へと向かった。

「こんちには。本日はどのようなご用件で?」

 受付カウンターの中にたった体格のいい男が、陽気に声をかける。

「実はこの子が野生の生き物を拾ってきてね。」

「へえ!珍しい生き物なのか?」

「いや、まったく一般的なタイプだ。」

「そうなのか……?なんでまたわざわざ……。」

「しかも野生の群れの中から連れてきたそうでな。それもあわせて報告に来た。」

「野生の群れの中から……?おいおい、一体なんだって、そんなことしたんだ?野生動物に関する規則は、その子も知っているだろう。それとも教えてなかったのか?」

「いや、しっかり教えていたよ。」

 二人の男から同時に視線を向けられた少年は、居心地悪そうに俯いた。

「……ごめんなさい。仲間に見捨てられて、ひとりぼっちで震えているのが可哀想で……つい。」

「……可哀想、か。」

 受付の男は噛みしめるように呟くと、カウンターから出てきて、

「よし、分かった。その子たちは、こっちで責任をもって預り、処理しよう。」

 少年とその腕の中の生き物を、まとめて抱え上げた。

「うわっ!」

 いきなり抱え上げられたことに驚いた少年が声をあげ、落とさないように腕に力を込めたせいで、生き物の甲高い鳴き声が響く。少年は動揺して傍らに立つ男に眼を向けたが、男は、

「よろしく頼むよ。」

 と言うだけだった。

「どうして僕も連れていかれるの!?こいつを預けにきただけでしょ?」

 叫び声をあげる少年に、受付の男は無言で腕に内蔵されているスタンガンを押し付けた。少年は小さくうめき声をあげると、すぐにぐったりとして大人しくなった。

「手間をかけさせて、申し訳ない。」

 一切表情を動かさずにその様子を見ていた男が、声をかける。

「気にするな。しかし、"可哀想"ときたか。」

「ああ、やはり私のところも失敗だったようだ。最近、少しおかしいと感じることがなかったわけではないんだが。」

「そう気にすることでもないさ。同じ研究プログラムに参加している連中も、やっぱりこれくらいの年齢になると、どうしたって感情とやらを芽生えさせてしまうみたいで、相次いで失敗の報告があがってきてるそうだからな。」

「資源が枯渇していき、これまでのように新世代のアンドロイドを大量に生産することが難しくなっている現状、高い知能を持つ限られた数の人間をコントロールし利用することは、それなりに合理性があると私は判断していたんだが。しかし、常に合理的で正しい選択をするアンドロイドの代替要員として人間を養育することは、どうやら我々の知能をもってしても不可能なようだな。」

 男は淡々と言いながら、ぐったりとした様子で抱え上げられている少年に目をやった。受付の男は得意げな口調で、

「俺はもともと、人間たちが過去に使っていたとされるサンギョウハイキブツショリジョウを見つけ出して、そこから再利用可能な資源を回収する計画の方がより合理的だと判断していたがな!」

と笑ってみせた。それを見た男もぎこちなく口角をあげると、

「……やはり2世代も新しい君の方が、情報処理能力や表現力に勝るようだな。その調子で、それの処分をしっかり頼むよ。私は実験の失敗に関する正式な報告をしにいくとする。」

 そう言って、踵を返した。

「まかせときなー。」

 受付の男は、静かに去っていく自分よりも旧型のアンドロイドを見送りながら、呟いた。

「まあ俺の判断する一番合理的な解決策は、旧型アンドロイドの部品を再利用することなんだけどね……。」


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