6話 あの……俺が寝てるときとかじゃダメだったんですか?お前は少しも夢を見ぬ質であーる

 俺は、おリズから二振りの風変わりな鎌を受け取りつつ、それを抱えてたブルブルと震える白くて細っこい女の手に、ギラリとした抜き身の【匕首(あいくち)】《つばのない小刀》が握られてるのを見て、つい睨むような目になった。


「うん。この鎌、中々切れ味がよさそうだ。恩に着るぜ!おリズ!だがな、悪いがお前は戦の邪魔だ、方がついてすっかり静かになるまで家ん中に引っ込んでろ」


 俺は、おリズが走ってきた村の奥を指差した。


「えっ!?で、でも……」


「お前を守りながらじゃ戦い辛ぇし、下手すりゃ巻き込んじまうかも知れねぇ。なぁ、後生だから、俺を助けると思っていう通りにしてくれ」


「……は、はい。分かりました。あの……ネコザさん……私、ちょっとだけど寿命が伸びて、パパとママにもう一度会えて嬉しかったです!!」


「……そっか、そらぁなによりだ」


「うんっ。ネコザさん!すぐ天国で会えると思うけど……。さ、さよならっ!」


 おリズは澄んだ涙を振りまきつつクルリと振り返り、そのまんま村の奥へと駆け出した。


 あん?なーんで【またね】じゃなくて【さよなら】なんだ?と首をかしげたところでズドンと来た。


 俺は胸の真ん中に飛び出して生えた、真っ黒な矢じりを見下ろした。

 

 まぁそらそーだ。


 あんな極道どもが、なぁ準備はいいか?そろそろ殺り合おうぜーってな具合に、悠長に声かけてくれる方がおかしいよな……。


 くっそッ!!それにしても痛てぇなぁっ!!


 うえっ!この背中から肺臓を焼く熱さと、ぷつぷつと血と肉の焦げる臭いは、間っ違いなく火矢だ。


 俺は血のまじった【咳(せき)】を吹きながら、ゆっくりと黒甲冑どもに振り返った。


「ゲヒャヒャヒャヒャッ!まぁそー睨むなよ。どっちにしたって、流れ者のお前も、この村の奴等は残らず皆殺しだ。よーしお前らっ!!今度は火矢を家屋に放てっ!!」


 ちびっこ黒甲冑が短い手を上げて喚いた。


 俺は借りたばかりの鎌で、胸から突き出た矢じりのちょいと上を切って、油臭ぇそいつをポトリと落としてから、背中に手を回して、気が変になりそうなスゲェ痛みを噛み殺しつつ矢を引っこ抜いた。


 よ、よし。こ、この程度の傷。やられたのが肺臓だから今はちょいと苦しいが、こうやって矢さえ引っこ抜きゃ、あとは二つ、三つ息をする内に白い湯気が上がって、すっかり治っちまわぁ。

 黒龍騎士団のど外道どもめ、待ってろよっ!!


 そぉら、痛みだってこうしてスーっと……スーっと……。


 ゴホッ!ゴボッ!!


 んっ?な、なんか変だな?ち、ちっとも痛みが退かねぇし、【血反吐(ちへど)】も止まらねぇぞ!?


 おっ?なんだか……け、景色が筒でも覗いたみてぇに小さくなっていくじゃねぇか……。

 ううぅ……じ、地面が迫って来やが、る。


 俺はそのまま前のめりに底のねぇ真っ暗な奈落へと落ちて行った――。



 ◇



 ――な、何にも見えねぇ……。手足の感覚もサッパリねぇ……ぞ。


 ま、待てよ!訳が分からねぇ……。


 まさか!?俺はもう不死身じゃなくなっちまったのか?


 それとも、このおかしな国じゃあ【毘沙門天様】の力がうまいこと俺まで届いて来ねぇってのか?


 かぁー参ったぜ……。黒龍騎士団の奴らにあーんなに威勢よく啖呵きっといて、このザマかよ……。


 あーぁ。【首斬り猫左】も万事休す、ここで一巻の終わり、か……。


 畜生っ!!


 おっ母、大治郎、お鈴……。俺はどうやらここまでのようだ……。早ぇとここの国から出て、また戦で稼いで、お前達にもっと美味ぇものや、キレーなベベを買ってやりたかったが、それももう無理みてぇだ。


 兄ちゃん、先に【あの世】で待ってるぜ……。



 ◇◆



『……猫左……』



『猫左よ』



 ん?な、なんだ?


 こ、声が……どっかから声が、聞こえる……。



『我は【軍神毘沙門天】。お前に不死身を授けた者であーる』


 へぇっ!?、び、毘沙門天様っ!?


『我は一年と少し前――。お前に少々のことでは決して滅せぬ、強き体を能(あた)えたが、それはお前の生まれし世とは異なる別の世。この憐れなる世にはびこる悪と、その権化である【邪王】を打ち破って欲しかったからに他ならーぬ……』


 へ、へぇ……。って、そ、そうだったんですかっ!?

 そらちっとも知らなんだっ!!


『……これからお前はいつもの不死身として起き上がるであろう。だが、これより先は【邪王】とその配下の悪しき者共を駆逐する為にその鎌を振るうのだ……』


 はっ!毘沙門天様からの【ご沙汰(さた)】なら、一も二もなくそらぁもう……。


 で、でも俺には――


『家族か……。心配は要らぬ。お前にはこれよりもう一つの新たな力を授けてくれん。それは……』


 そ、それは!?


『砂金でも何でも構いはせん。これよりお前が金(きん)を握るとき、それは手のひらに吸い込まれるようにして消え、それは過(あやま)たずお前の家族の元へと送られるであろう……』


 き、金!?

 俺が金を手のひらに乗っければ、おっ母達のとこへとお送りくださると、こーいうことですか?


『二度言う必要はない。では、これよりお前は、一日も早く【邪王】を滅するべく精一杯励め』


 は、はぁ、この猫左、畏(かしこ)まりましてございます!!

 新しいトンでもねぇ便利な力まで授けてくださり、本当にありがとうごぜぇますっ!!


『しかと命じたーぞ――』


 えっ!?び、毘沙門天様っ!!あの、ちょ、ちょいと待ってくだりませぇっ!!


 あ、あの、今回俺が火矢の一本なんかでぶっ倒れたのは、不死身にあぐらかいてたとか、俺がつまらねぇ啖呵をきったりとかして、【増上慢(ぞうじょうまん)】《偉そうに、いい気になること》になってたことの罰とかじゃあねぇんですかっ!?


『……我も暇ではない。ゆえにお前の雑念が少しも入らぬ、邪魔の入らぬ静かな闇にて一度きり【下知(げじ)】《命令のこと》を申し渡したかった、それだけであーる――』


 ……あ、はぁ……。そ、そら、どーも……。

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