5話 人でなし達の襲来
俺はリズの泣き顔を見てると、ど外道の悪党衆、黒龍騎士団のやり方にハラワタが煮えくりかえった。
毎年毎年五つの村から順番で、こんなガキみてぇな娘をクジで選んでは差し出さなきゃなんねぇとはな。
「お前、【リズ】とかいう変てこな名前だったんだな。俺は猫左ってぇんだ。俺が来たからにゃ、もうそんなに泣かなくてもいいぜ。それよりよ、お前ん家にこれくらいの鎌はねぇか?」
メソメソしていたリズはガキっぽい顔を泣き笑いにした。
「フフ……なんですか?人の名前をヘンテコだなんて失礼ですよ、それにネコザさんだって充分変な名前ですよ。えと、あの……カマって、あの草を刈る鎌ですか?多分ありますけど……」
「ネコザさん。もうお止めになってください。私はネコザさんがどれほど腕が立つかは知りませんが、黒龍騎士団のノクターンは【邪王】と同じ強力な【魔族】です。ですから奴にたてついて怒りを買うこくことは完全に自殺行為なんです」
リズのおっ父が遠慮がちに言ってきた。
「へぇ。そりゃ腕が鳴るぜ!ん?そういやさっきも爺様達も言ってたが、その【マゾク】ってぇのはなんなんだ?」
「えっ?ネコザさん魔族も知らないんですか?」
うるせぇこのガキ女。
まぁ確かに、俺のいた村は武蔵のすみっこの荒れ地同然の痩せた土地のど田舎だったがよ。
「あの、魔族とは【魔界】からやってきた凶悪な生物であるとされ、それらのすべては特別に戦闘に特化した恐ろしい能力を持ち、また一切の詠唱もなく【魔法】を行使したり……」
おっとぉ。まーた聞いたこともねぇ色んな言葉がお出ましだぜ。
まぁなんかよく分かんねぇが、その【マゾク】ってのは、大方どっかの里でガッツリ修行した【忍】か、【妖術使い】ってぇとこか。
ま、俺はどれにも実際あったことはねぇが。
と、そんな感じで見当をつけてたら、村長達のいる後ろの間とは真反対の廊下の向こうから、何人もの男達がドタバタと駆けてきた。
「おいどけ!」
「そ、村長!大変ですッ!ノ、ノクターンの小隊がやって来ました!」
へぇ。噂をすればナンとやらだ。早速【マゾク】さんのお出ましか。
俺は外へと勇み足で向かう。そして最後のおかしな戸を開けると、そこはザーザーと雨が降ってた。
そのひでぇどしゃ降りに打たれながら女子供、年寄り共が悲鳴を上げてそれぞれの家に走り、まるで鬼でも来たみてぇにバタンバタンと戸を閉めて、すぐに中から錠をかけるのがあちこちから聞こえた。
俺はこれにそっくり似たような、侍同士の小競り合いから狂ったように逃げ惑うどっかの村を思い出しながら、そいつらに肩をぶつけられ、すれ違いつつ村の関所みたいな方へと歩いた。
◇
おほー。いるいる。
村の広場みてぇなとこに、この夜の闇より真っ黒な甲冑達が、四角いおっかしな【提灯(ちょうちん)】提(さ)げて勢ぞろいだ。
えーと、ひい、ふう、みい……おいおい、デカブツから子供か?ってのまで入れると、軽く二、三十はいるんじゃねえか?
ふーん。ガキみてぇな女のリズ一人を拐いに来るにしちゃあ、ずいぶんと大がかりだな。
やっぱりみんなの言う通り、コイツらは村を焼きに来たのか?
おっ!あれっ!?なんだありゃっ!?
みんな馬に乗ってんのかと思ったら、気味の悪い、山犬か狼みてぇなかぶりものをスッポリ被(かぶ)った、バカみてぇに長い腕で四つんばいになった大男に乗ってやがるぞ!?
おいおい……アイツら、あんなのでアジトからここまで走って来たのか?冗談キツいぜっ!!
それに、黒龍騎士団ってのは妖怪変化か【魑魅魍魎(ちみもうりょう)】かなんかか?やつらの黒い兜のすき間から見える目……戦場の腐った死体を食った野良犬が夜に吐く、【リンの火の玉】みてぇに青く燃えてやがるぜ……。
へぇー。こりゃまんまアレだ、そう【地獄の使い】みてぇだな。
うんうん。【マゾク】のマは魔界の【魔】ってか?
いやぁ、この国に来てからってもの、見るもの聞くもの全部が面白れぇもんばっかりで、奇妙キテレツな妖怪の国に入り込んだみてぇで、なんだか得した気分だぜ。
さてと、村長とか爺様連中が来ると、余所者(よそもの)のお前は引っ込んでろとか、まずはワシから挨拶をとか面倒だから、ここはさっさと用事を済ませとくか。
俺は奴らの先頭。四つんばいの山犬男のかぶりものの鼻先まで【十間】《約18メートル》というとこまで進んだ。
「俺は猫左っていう流れモンだ!【おリズ】をあの洞穴(ほらあな)から逃がしたのはこの俺だ!!」
黒甲冑らは、俺の名のりにガチャガチャと音を鳴らしてどよめいた。
「のくたーんってのはどいつだ!?少し訊きてぇことがある!」
一瞬の沈黙があってから黒龍騎士団はゲラゲラと笑いだした。
そして。
「ゲヒャヒャヒャ!!こんな取るに足らん村の焼き討ちなんかに、わざわざノクターン様とその本隊がおいでになる訳がないだろっ!」
先頭のチビ甲冑がやけに甲高い声で俺に言った。
「そうか。ノクターンはめっぽう強いって聴いてたから、そら残念だな。じゃお前でいいや。お前達は年に一度、ガキみてぇな娘を村から出させて、そいつらをなんに使ってんだ?ボロ着させて奴隷にでもしてんのか?」
また沈黙があって、ずいぶんと長い馬鹿笑いが鳴った。
「奴隷だとッ!?アホ抜かせッ!」
「うぬぼれんな人間族!!」
「あんな?俺たちゃ別に【贄】なんかどーでもいいんだよ!人間族がさも辛そうに、苦しそうにひとり娘を捧げるのを見るのが面白いだけだ!」
「そうそう!いやしいテメェら人間族が、邪王様配下の尊(とうと)い貴族たる俺達の素晴らしさ、恐ろしさを忘れねぇように、単なる【威厳誇示の一環】としてやらせてるだけだ!」
「ゲヒャヒャヒャッ!今さらアホみたいことを訊くなよな!んなもんテキトーにいたぶって、飽きたらバラバラにしてコイツらの餌にしてるに決まってるだろ?」
最後のヤツが、自分がまたがってる毛むくじゃらの四つんばいを指差して言った。
「ふんふん。よーしよし!俺の思った通り、お前らは清々しいほどの【極道】だなぁ。おっそーだ、一応言っといてやっか」
「ん?なんだ?」
「これからは、そんななんの意味もねぇ、下(くっだ)らねぇ【人身御供(ひとみごくう)】なんか求めるのは止めて、心入れかえて生きてくって誓うってんなら、命だけは取らねぇでやる。どーだ?」
「この猿が……冗談もそれほどに重ねれば笑えんぞ?」
先頭のチビがドスの利いた声でぬかしたとたん、それを合図に鞘鳴りが連続して、黒龍騎士団達の握った、いつかどっかの神社で見たような、そんな全然反りのねぇ、おっかしな形の白い両刃が雨を弾いた。
すると、殺気立ったその黒甲冑共とは反対の俺の後ろから、グングンと何かの気配が迫ってきたんで、やっと村の男衆のお出ましか?と振り向くと。
「ネコザさーんッ!こ、これッ!か、鎌です!!家にふたつありました!!どうせ皆殺しなら私も戦って死にますッ!」
月明かりにも青い顔したリズが、俺の得意の【得物(えもの)】を抱えて駆けって来た。
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