3話 自分でいうな

 ――俺は白い花びらを払った石の段に腰掛けて、この赤毛の女が落ち着くのを待ちながら、気になることも含めて色々と訊いてみた――。


 「んーんーそっかそっか。んじゃまとめるとこうだな。ここは黄泉の国でも極楽浄土でもない、どっか俺の知らねぇ国で、そんでもって、ここいら一帯を仕切ってるのが【黒龍騎士団】っていって、その悪党共はお前の村に手を出さないのを条件に、年に一度、お前みたいな生娘を【人身御供(ひとみごくう)】として差し出せって要求してるってこったな?」

 

 結局、俺は首はねられても死ななかったのか?そんであの殿様に島流しにでもされたのか?


 いやいや待て待て、ここは少しも磯の香りがしねぇから島流しはねぇだろ……。となると、なんたってこんな言葉も通じねぇ国の森でぶっ倒れてたんだ?


 「違います!……いえ、まぁおおむねは合ってますが、その黒龍騎士団は野盗とかそういう単なるならず者の集団ではなく、【邪王】配下の統制された、れっきとした【軍隊】なんです」


 「あー、ちょいと待ってくれ。【黒龍】とか【邪王】とか【軍隊】とか、そんないっぺんに色々と言われても、俺は頭ん中がごちゃごちゃになってよく分からねえよ。まぁとにかくあれだ、お前はその【ろまーる】って村まで送ってやるから安心しろ」

 頭を抱えた俺は、洞窟の入り口へ顎をしゃくって言った。


 だが、このガキみたいな女は小さな顔の頭をブンブンと振って

 「だはー!ダメだコリャ!この人やっぱり全然分かってない!」


 「え?お前今、オオムネのとこは合ってますが、とか言ったじゃねぇか」

 

 女はキッと俺を睨み上げて

 「だぁかぁらぁ!私がこの【祠(ほこら)】から這い出て、ただいまー!あーお腹空いちゃったー、ねぇママ!今夜の晩御飯なぁにー?って感じで村に帰っちゃったら、すぐにでも黒龍騎士団が大挙して村に押し寄せて来るんですって!」


 「あそっか……。まぁお前の話が全部が全部本当だってんなら、そらまぁそうなるだろうな」


 「クッ!そうなるだろうなぁ……じゃないんですよ!!あなたが考えなしに善かれと思って私を助けると、きっと明日にも村は焼かれ間違いなく皆殺しです!だからもう放っておいて下さい!!私は村の平穏と安寧のために供物にされる、儚(はかな)くも美しい可憐な少女20号が役割なんです!それでいいんです!!」

 一気にまくし立てると、クルリと回ってこっちに背を向けて、握って交差させた後ろ手を振って、早く元通りに縛れと催促しやがった。


 「ふぅん。中々込み入った事情があんだな。そりゃ今までさぞかし辛かっただろうなぁ。んー……気の毒な話だぜ」

 俺は今までにここの祠に【贄(にえ)】とされたっきり、たったの一人も帰らねぇ生娘達の身の上、それからその親達の気持ちを思って同情した。


 「そ、そうですよ……。私達か弱い人間族がこの世界でなんとか生きていくには、こんな理不尽を甘受するしか……ないんです……うぅ――」

 女はうつむいて、また泣き出したみてぇだ。


 俺は頭ん中を整理してから、石段で冷えきった尻を上げた。


 「よし!じゃそろそろ一緒にその【ろまーる】とやらに帰ろうぜっ!」

 

 「…………ッ!」

 

 振り返った女の【夜叉(やしゃ)】みてぇな顔は、その黒龍なんとかよりよっぽど恐ろしいんじゃねぇか?と思った。



 ――そっからは何を言っても堂々巡りなんで、いい加減面倒くさくなった俺は、女に猿ぐつわと縄をかけて洞窟を出た。


 そんで、倒れて駄々っ子みてぇに暴れるそいつを引きずって小高い丘に登り、さてさて村はどこだ?と目を凝らして見渡した。


 すると、かなり遠くに晩飯の煮炊きの煙が昇る、小さな豆粒みたいな村らしいのが見えたんで、ははぁーんあれが【ろまーる】だな?と見当をつけ、早速そこに向かうことにした――。



 ――――それから半刻約一時間ほど後。


 辺りはすっかり真っ暗な夜になった頃、俺とガキみたいな女は【ロマール】の村に着いた。


 そこは丸太で組んだ【防柵】と【やぐら】みたいなのに囲まれた村だったんで、俺はいまだにジタバタする女を引っ張って、かがり火が燃えてる村の関所みたいなとこに行ってみることにした。


 すると、髭面の槍持ちが二人ほど立ってたので

 「おーい!ロマールってのはここで合ってるか?」

 と、覚えたばかりの言葉で喚いて、手を振った。


 すると、その門番みたいな、おかしな服をきた大男達はギョッとして俺に駆け寄って来た。


 「な、なんだお前は!?この辺のヤツじゃないな!?」


 「ひゃぁあっ!こ、こいつの後ろにいるのは昼に【贄】として祠に捧げられた【リズ】じゃねぇか!!ここ、こらっ!!誰だか知らねぇが、お前なーんてことしてくれたんだっ!!」


 一人はギラギラ光る槍みたいなのの先を俺に向け、もう片方は村の中へ矢のように駆けた。


 俺はグウグウなる腹を撫で、コリャ直ぐには飯にありつけそうもないな……と思った。

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