そして、私は炎に焼かれる

秋月忍

プロローグ

 燃えている。

 ジャネットの身体は業火に焼かれていた。

──熱い。

 長い金の髪が炎のいろに染まる。

 炎は、ジャネットの魔力に応えない。

 この帝国の権力と力の象徴である、『聖なる炎』。

 この炎を自らのものにできれば、すべては変わるはずなのに。

 失っていく意識の中で、焔の向こうで自分を呼ぶ声を聴く。

 閉ざされた扉の向こうで、狂ったように自分を呼ぶ妹の声。

──フローラ……。

 おろかな姉の名をまだ呼んでくれるのか。

 火に焼かれているのに、ジャネットの頬が濡れる。

──大丈夫。あなたのほうが、ずっと強いから。

 ジャネットは小さく呟く。

 燃えさかる炎は、ジャネットの声に応えることはなく、その身体を焼く。


『紅蓮の魔術師』


 ジャネットに与えられた、その二つ名。

 『聖なる炎』の魔力の源である紅蓮石のささやきを聞き、炎を操る力は、帝国屈指だったはずだ。

 この国のいのちの源である『聖なる炎』を制することができれば、帝王ザネスの圧政は終わる……。

 しかし、ジャネットの力では、この炎を支配することができない。

 帝王ザネスの力は、やはり圧倒的だった。

 この炎を消すことはできるだろう……しかし、この北の大地は、『聖なる炎』があるがゆえに、人が生きていけるのだ。消すことは、この地に住むモノの死を意味する。

 それゆえに、帝王は、絶対的だ。

 人々に恵みと恐怖をもたらす炎がゆらゆらと揺れる。


「お前は、炎に似ている──」


 そう言った男の真意は、どこにあったのだろう。

──好かれてないのは、知っていたけれど。

 ジャネットは苦く笑う。

──でも、帝王

ザネス

とは違うと思っていた。

 ジャネットの父を殺せという命令を受け入れ、執行した皇子の顔を、死の間際に思い出すとは、情けない。

 端正で理知的な瞳がくっきりと脳裏に浮かびあがるなんて、なんて愚かなのだろう。

 父を殺した男の顔を、憎しみでなく、悲しみのいろで描くなんて。

 もはや、ジャネットに残された道は、父親の死を受け入れて、さらなる服従か、自滅覚悟の反乱だけ。

 おそらく、ここにジャネットが来ることも、帝王ザネスの思惑どおりだったのだろう。

──バカだったわ。

 愛はなくとも。

 味方には、なってくれると信じた皇子は、結局、ジャネットの敵でしかなかった。

 思えば。

 うまく立ち回ろうとして、流され続けただけだ。

 父を救うこともできず。

 ただ、人々に疎まれ、人々を苦しめた。今さら、妹のように、民とともに戦うことはできない。

 自分に残された道は、この炎に焼かれるだけだ。

──今度、生まれてくるときは自分の意思で生きたい。

 ジャネットは目を閉じた。

「せめて死は、自分で選ぶ──」

 ジャネットは、手にした剣をのどに突き立てる。

 ジャネットの身体が、青白い火に包まれ──

 炎が、一層激しく燃え上がった。


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