魔法庁隠れ課の先輩 √2.5

旧天

隠れ課

第1話 人事異動

 その男はかつて魔法の天才と言われた。魔法学園に通っていたとき誰も習得できなかった超級魔法を習得し、当時最高クラスの魔法使い達、十人衆も彼の卒業と同時に十一人目に向かい入れようとしていた。


 あの事件が起きなければ。

 後に最悪の災害と言われる世界級怪物アルカディア、またの名を魔王の出現

 26783人亡くなり、不死の人間も多くが動けなくなった。

 十人衆や彼、名のある戦士たちは手も足も出なかったそうだ。


 だが、後に「黄金の世代」、と謳われる三人の少女が魔王を退けた。


 三人とも彼の同級生であった。

 1人は珍しい植物魔法の使い手の人間、1人は基本魔法に含まれる重力魔法使い手、そして最後の1人は当時禁忌と言われた古代魔法理論を使う風魔法の派生、言霊魔法の使い手。


3人とも魔法学園では実力を隠していた。禁忌の魔女は姿も名前も変えていた。


 3人は魔王と互角の戦いを繰り広げ、消滅させることに成功した。


 その後なんやかんやあって言霊魔法の使い手は29世界の最高行政機関の事実上の最高権力者「古代大賢者」として、人類最後の砦を副業にしている。





「その古代さんが俺のようなヒラ職員を呼び出してどうしたんだ?」


 その男は今、古代大賢者に呼び出されていた。かつての天才の面影はなく、どこにでもいそうな只の魔法使いにしか見えない。彼が天才と呼ばれていたことを知る人などほとんどいないだろう。


「人事異動を伝えるためにね」


 禁忌の魔女、人類の砦、英雄、仮面の魔女など二つ名が両手の指じゃ足りないくらいある14歳の不老不死の魔女は書類をパラパラとめくりながらこたえた。

 二つ名にあったように、顔の上半分を覆う仮面を身につけている。何故彼女が仮面を身につけているのかは誰も知らない。


「人事異動は古代がやる仕事じゃないだろう」


立場が上の人間にタメ口など信じられないがこれは禁忌の魔女がむしろ頼んでいるから。


「隠れ課って知ってる?」


 めくっていた書類を机に置くと今度は本棚に向かう。


「あの都市伝説か? たしか職員でもほんの一握りしか知らないという」

「そう、あの隠れ課。魔法庁の管轄に入っていない世界、国、地域を隠れて調査するところ」


 本棚から一冊本を出すとさらにその奥へ手を入れた。


「隠しものなら俺が見てないところで出してくれるか?」

「大丈夫。隠れ課の資料は見られても問題ないから」

「……そもそも隠れ課って実在したんだな」


 魔女は本棚の奥から一冊本を出して微笑む。口元しか見えないが。

 本は「隠れん坊の必勝法」というタイトルだった。


「設立は今から68年前。現在は34名が所属している。主な仕事はさっき言ったように魔法庁の管轄外の調査、監視、場合によっては介入」


 本をペラペラとめくりながら語り始める。本には目を向けずにだ。


「設立のキッカケは第五世界地球で起きた戦争。その時とんでもない兵器が製造、使用された」


 本を男に見せる。何かの爆発の写真が載せられていた。キノコのような煙がある。他にも人影のようなもの、遺体の写真もある。


「原子爆弾。威力は落とされた都市が壊滅するほど。それが二回も戦争で使用された」


 男はその写真から目を逸らす。


「他にもあるけどこれが主なキッカケ」


 魔女も本を閉じる。その本を両手で回転させるとタイトルが「隠れ課」になった。


「本題を言おう。一平君、君には隠れ課に異動してもらう」

「なんで俺が?」


 一平は魔法庁の職員としては目立った行動はしていない。


「ここ20年で人数が減ってね、10年前を最後に新しく入れてないの。最近あちこちで不穏な動きがあって、人数が足りなくなってきたの。だから実力があり、良くも悪くも問題を起こさずに仕事をしてくれる信頼できる人を探したの。そしたら君がいた。元カノがストーカー化して困っているってこの前飲んだ時に言っていたし、隠れ課なら所在地不明だから隠れられるよ」


 一平はこの部屋に来る前のことを思い出した。ストーカーになった元カノが後ろの曲がり角から覗いているのを見た。その目が狂気に染まっていたのを。


 パン


 魔女が手を叩いたことによって回想から戻ってくる


「これから言うことは誰にも話さないこと。もちろん、隠れ課にも」


 魔女はそう言うと部屋を見渡し「念のためかけておくか」と呟くと舌を出した。


 舌には複雑な黒い魔法陣があった。それが緑に光り輝く。


「言霊魔法、防音」


 魔女の魔力が二人を中心に半球状に広がる。目で見えるわけではない、魔法使いの殆どが感じることができる。


 魔女はもう一度部屋を見渡す。問題は無いと判断したのか話を続けた。


「最近、四大賢者の一人、カールが妙な動きをしているの」


 四大賢者は平時の魔法庁の最高権力を持つ四人のことだ。

 大雑把に魔法庁の仕組みを解説すると

 各世界、国、地域の代表が集まり会議をし、それを監視し、問題ないか判断するのが四大賢者たち

 もっとわかりやすく第五世界地球の国連を例にすると魔法庁の各世界、国、地域が国連の総会、四大賢者が安全保障理事会という感じだ。

 古代大賢者の詳しい説明は……事が起きたときにでも説明するか。起きなければいいけど。

 まあ、古代大賢者が動くのは世界が滅びる時ぐらいだし。


「妙な動き?」

「そう、カールがどうやら古代大賢者の座を狙っているらしくてね。各部署のカールの息がかかったやつが動こうとして他の四大賢者がそれを牽制していて下手に動かせないの。だからもしもの時のために私が直接動かせる隠れ課の力を強化しておきたくて、どの四大賢者の派閥に属していない君を……あえていうなら私の派閥の君を入れたかった」

「ちょっと待て! 直接動かせるって……明らかに古代大賢者の権利を超えているぞ」

「私は有事の時しか動けない。そのときに信頼できる個人はいるけど集団としていないからね。各派閥が睨み合っているのを動かすのなんてゴメンよ。だから四大賢者に内緒で作った。規則に反しているのは分かっている。でも……」


 魔女は仮面を外す。その下から14歳らしくまだ幼さが残る顔が現れる。だが、同年代の美少女を百人集めた中の1番の美少女と言えるほどの美貌を持つ禁忌の魔女だ。普段は仮面の下に隠れている素顔で彼女が小さな声で、そしてなぜか艶やかな声で


「バレなければ問題ない」


 ふふふ、と微笑む。一平が後ずさる。禁忌の魔女とは長い付き合いだが、いまだに仮面を外した時の耐性はついていない。そして後ずさった分禁忌の魔女は近づき「だから」と言いながら自分の人差し指を一平の口につけて


「みんなには内緒だよ?」


 と首を傾げながら言った。一平には首を縦に振ることしかできなかった。


 それを見て禁忌の魔女は満足そうに頷いていた。

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