クリエイティブが止まらない!

矢張 逸

プロローグ

まるで0話みたいなプロローグ

木々の葉は紅く色づき始め、肌寒い風が吹くようになってきた、とある日曜日の朝のこと。


 つい先ほどまで、チンピラから女の子を助け出す夢を見ながらぐっすり眠っていた久留米 一真くるめかずまを起床させたのは、目覚まし時計の音でも母親の声でもなく、唐突に顔面に走った衝撃であった。


 たった今、助けた女の子にお礼のキスをしてもらうところだったのに。

 目覚めた一真はそう心の中で愚痴りながら、自分を夢から帰還させた犯人を捜す。


 ……いや、捜すまでもなかった。


「おら、起きろ」


「ぐふゥ!?」


 寝ている人の顔面をぶったたいておいて、未だ気持ちよさそうに眠っていたその男の腹に一真は遠慮なく乗りかかった。


「おいなんだ、何をしている? はやく降りろ、寝ている人の腹に座るとかクソみたいなことしやがって! 成敗してやる!」


 最悪な起こされかたをした明石 三雲あかしみくもがそうわめく。


「静かに。……被告人・明石三雲を、『ゴミみたいな寝相で寝ている人の顔をぶっ叩いた』罪で、強制起床の刑に処す。なお、これで3度目の犯行なので重いらしいぞ」


「なるほど確かに、物理的に重いな! ……なぁ、事情は分かったからもう降りてくれ」


 唐突に裁判長のモノマネをし始めた一真に、三雲が床をペシぺシ叩いて降伏を宣言した。


 降伏されたとなっては仕方ない。その言葉通りに、一真も三雲の腹からどいてやることにする。


「……もう少しで、夢の中で助けた女の子にお礼のキスがもらえたのだが」


「お前もかよ」


 三雲のぼやきに一真は思わずそうツッコむ。

 因果なことに、三雲は一真と同じような夢を見ていたらしい。


 とりあえず、そうやってひとしきりしたあと、二人は再び布団に潜り込むのであった。


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 再び訪れた静寂。そう、伝家の宝刀『NIDONE』である。


 平日の朝には使えないという諸刃の刃だが、今日は日曜日。そのため、二人はなんのためらいもなく宝刀を抜くことにした。


 しかし。


「……おい、寝たか?」


「いや。妙に目が冴えているせいで眠れないな」


「やっぱりか。あー、今日は寝溜めしたいのに……」


 このように、なかなか寝つけないという現象が起きていた。

 それもそのはずで、現在の時刻はすでに8時を回っているのだ。




 学校や仕事が無く、特に予定もない日の起床時間には諸説あるらしい。


 平日通りに起きるのが当然という層もあれば、午前中に起きるやつは人間じゃないと主張する層もあったりと、この議論に終止符が打たれるのはまだまだ先になりそうだ。


 そんな中で、一真と三雲は最もマジョリティな層に属する。すなわち、「10時起床がマスト」派である。


 とある事情から休日に時間が欲しい彼らは、しかし同じ事情で毎晩夜遅くまで起きていることを鑑みて、休日の起床時間をそう定めることにした。


 『10時起床』、それが寝溜めと休日の時間の確保を両立するのに最適な時間だと二人は結論づけているためである。そのため、昨日も10時に目覚ましをかけてから床についたのだが……


「こうしていると、文科省が寝溜め目的の二度寝を禁止している理由がわかるよな。そうだろ、三雲?」


「適当言うな……。だが寝溜めのための二度寝が難しいことについては認める。二度寝が『一度の睡眠で充分に眠れなかった』時にすることである以上、この時間まで寝ていた俺たちが二度寝するのは至難の業だ」


「ああ。寝溜めっていうのは『一度の睡眠で必要以上に眠る』ことだから、この二つは相容れるようで相容れない……。このままでは瞼を閉じてぼーっとする無為な時間を過ごすことになるぞ」


 そう。完璧な二度寝をするには、過度な眠気と時間が必要なのである。


 普段我々が朝にしているアレは二度寝などではなく、一真が言うような無為な時間をただただ過ごしているにすぎない。アレはつまるところ重い瞼を開けることからの逃避行為なので、二度寝とは格が違うのだ。

 あれこそは遅刻の元凶、無為な時間、諸悪の根源。

 朝飯を食っていれば自然と眠気は晴れてくるのだから頑張って起きよう。


 それはともかく、二人の状況はすでに『詰み』に見える。

 このまま平日通りの健全な眠りで終わってしまっては、確保されるのは己の健康のみで、明日以降の夜更かしは困難になるだろう。先ほども言った通り、二人は事情によりそれは避けたいところなのだ。


「三雲の寝相はゴミカスなんだから、布団離そうって何度も言ったのに……」


「この部屋の狭さじゃこれ以上離れないが?」


「別の部屋いけよ」


「残った部屋というとまさかリビングのことか?」


「んー、廊下」


「ふざけるな」



 そんな得体のない話をしている間も時間は過ぎていく。それを良く思わない一真が、状況を変えるべく一つの提案をした。


「おい、あれやろうや。数えるやつ」


「ああ、羊か」


 妄想の羊を数えるという、世界で5番目ぐらいにはつまらなそうなことをして強制的に眠気を呼び起こすというあれだ。


「いや、羊はつまんないな」


「つまらなくていいだろう。ではなんだ」


「あー、おっぱいとか」


「……ふざけるな!」


 三雲はガバッと起き上がり、唐突にそう怒鳴った。


「じょ、冗談だよ……。なにマジ切れしてんだ」


「わからないなら教えてやろう。いいか一真、俺は胸より尻____」


「よし、戦争だよ」



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 男には、どうしても戦いを避けてはならない時がある。


 それは、仲間の夢を笑われた時。加えて、尻派と胸派で意見が割れた時だ。


「いままで10年以上三雲とは一緒にいたが、尻派とは知らなかったな……」


 そう言いながらおもむろに布団から起きあがる一真。その目には、"信念"。



「それはこちらのセリフだ、一真。多数派の流れにしか乗れず本質を見抜けない愚か者が……」


 三雲も、それに呼応した。その目には、"妄執"。


 二人の"漢"の闘いはもはや必然で。



『必殺……!!』




「ちょっと、うるさい! いったい何をして……。いやほんとになにしてんの」


 二人が必殺・枕星をしようとしたところで突然ドアを開けて入ってきたのは、別の部屋での安眠を大声で妨害された四継しつぐのぞみ。寝起きだからか、いつもツインテなピンクがかった髪もぼさぼさである。


「いや……べつに」


 布団のそばに置いてあった眼鏡をかけながらそう言葉を濁す三雲。


「普通に胸尻合戦してただけだぞ」


「フツウって何? ていうか一真はともかく、三雲までそんなことしてたの?」


「俺もこの同居生活を始めてから気づいたんだけど、寝起きの三雲は"ヤバい"ぞ。そもそもこの戦争はじめたの三雲のほうだしな」


「いやそれはお前だっただろう」


「おいおい嘘は見苦しいぜ? ただでさえ尻派だってのに、罪を重ねるなよ」


「表出ろ」


「ちょっとちょっと止まって、これ以上騒ぐと楓も起きちゃうわよ!」


 臨戦態勢に入る二人を見て、また慌てて止めに入るのぞみ。


「はあ……。ちょっと三雲、あんたは一真の暴走を止める係でしょ? なんで一緒になってるのよ」


「邪教…邪教徒……!」


「……一真、三雲になんかした? 壊れてるんだけど」


「いわゆる『なんもしてないのに壊れた!』ってやつだな」


「壊した人はみんなそう言うんですぅー」


「いやでも、さっきも言ったように朝のあいつはいつもあんなんだぞ」


「…虚偽…欺瞞……尻、尻、尻、尻尻尻尻……」


以降、『尻』としか発さなくなった三雲にドン引く一真とのぞみ。


 と、そこでのぞみが思い出したように、


「あれ……てことは、あんたは胸派なんだ。世界一どうでもいいけど」


「おう。確かにその胸のあり様じゃあ、胸派のやつなんてどうでもいいだろうな」


 よせばいいのにそう言い返す一真。薄っぺらなのぞみのおっぱいが、ここからBカップ以上に成長する望みは薄いのだ。


 で、そういうお方の特徴として『貧乳を煽るとキレる』というものがあり、のぞみもその例に漏れない。


 激昂したのぞみはその言葉を後悔させるべく、一真に襲いかかるのであった。




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 バタバタした音に眠りを覚ました最後の住人、二橋 楓ふたはしかえでは目の前の光景に戦慄していた。


 先程からずっと、部屋中に10時を知らせる目覚ましのベルが鳴り響いている。


 そして、


「まてーー! こんの馬鹿一真、あやまって! 全世界に、この私に謝って!!」


「あ、楓! なんか今日のこいつ強いんだけど! いつも通りからかっただけなのに! うわ、ちょっ、くるな!」


「尻尻尻尻尻尻尻尻尻尻尻尻尻尻尻尻尻尻」


 ……追いかけるのぞみと追いかけられる一真、そしてなぜか尻を連呼している三雲。


 それは地獄のような光景であった。


「ど、どうしましょう……?」


 困った楓は、とりあえずのぞみを取り押さえるべく動くのであった。




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「尻尻尻尻尻尻」


「こいつどうしよう?」


「今見るとやばいわねあれ……」


「すごく怖いです」


 二人が落ち着きを取り戻し、残った問題は三雲のみとなった。 

 

 どうしたものかと三人は思案する。


 だが、それもすぐに終わりを迎えた。 


「尻尻尻尻尻尻……。尻。ヘイsiri


「「あ?」」


 唐突にぶっこむ三雲、凍りつく一室。 


「ヘイ尻、この世で一番美しい尻の持ち主は誰だ? ボクダヨ~(裏声)」

 

 キモい。 


「……あー、三雲。引き際を見失ったからって、その場の思い付きで締めようとするのやめような」


 …………。


「あれ? あ、すまん!?」


「さんざ引っ張っておいてそれ? センスやばくない?」


「え?え?? 何がおきたんですか?」


「……いや、なんでもない。忘れてくれ……!」


 を変にうやむやにされた三雲が心に傷を負い、そしていつも通りの日曜日が幕を開けるのであった。

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