完全密着!!実録幽霊24時!

矢魂

実録幽霊24時

 幽霊。それは古くから目撃情報が確認されている人々の恐怖の対象である。思い込みや幻覚、プラズマなどの説が唱えられている一方で、確固たる証拠の無い謎の存在だ。今回我々はその謎に迫るべく、現役の幽霊・岩崎哲夫いわさきてつおさん(享年52歳)の一日に密着する事にした。


 ――それではよろしくお願いします。

「どうも、幽霊をやっております、岩崎と申します」


 ――今回は何故密着取材を受けていただけたのでしょうか?

「そうですね……。じつは最近幽霊への恐怖ってのが目に見えて減ってきてるんですよ。よく聞きませんか?本当に怖いのは人間だーとか。ですからね、今回は幽霊のことをよりよく知ってもらうことで本当に怖いのはやはり幽霊だとわかってもらいたいんですよ。はい」


 ――ありがとうございます。


 岩崎さんのお話を伺うと、我々は早速彼の仕事に同行させてもらうことにした。

 幽霊の夜は早い。まだ太陽が完全に沈んでいないうちから、岩崎さんは現場に向かうため家を出た。岩崎さんは現在児島さんという大学生とルームシェアをしているそうだ。当初は事故物件ということで難色を示していた児島さんだったが、岩崎さんは仕事を家にまで持ち込まないタイプの幽霊だったので、今では格安で住める物件だと大満足らしい。


 ――随分と早い時間ですが?

「はい。実際に人間を驚かすのはもっと深夜です。ですが事前の仕込みとかもあるんですよ」


 ――なるほど。……ところで服装がかなりラフなのですが、白装束は着ないのですか?

「ははっ。確かに幽霊と言えば白装束ですよね。でもあれは僕ら幽霊の花形である脅かし役しか着ないんですよ」


 ――岩崎さんは過去に脅かし役の経験は?

「残念ながら無いですね。あれは女性がやることがほとんどですから。ほら、お岩さんとか、最近でいうと貞子さんでしたっけ?とにかく幽霊と言えば女性!みたいな風潮があって男性は裏方が多いんです。昨今の人間社会じゃあ男女平等なんて言われてますが幽霊の世界じゃあ女尊男卑がずーっと続いてるんですよ」


 ――貴重なお話、ありがとうございました。

「いえいえ。……あっ!もうすぐ目的地に着きますよ」


 岩崎さんが指差した先には、全国的にも有名な心霊スポットである、U霊園(霊園の名前は岩崎さんの強い希望により伏せさせていただきます)が我々を待ち構えているように鎮座していた。

 幽霊達の事前調査によると、このU霊園の近くには現在、大学生グループがキャンプに来ているとの事。今夜のターゲットは肝試しに来るであろう彼らになると岩崎さんは語る。


 ――ですが確実に来る訳ではないですよね?

「それでも準備するのが僕ら幽霊なんです」


 ――プロ根性というヤツですね。

「そう言えば聞こえはいいですが……まあ、暇なんです。幽霊ってのは」


 自嘲気味に笑うと、岩崎さんはフワフワとした綿毛のような物を竹籠に盛り、小脇に抱えて歩き出す。


 ――それは一体?

「これですか?……これは『オーブ』です。ほら、よく心霊写真なんかに写る白い飛行物体ですよ。今日の僕の仕事は写真を撮ろうとした人間の後ろからコイツを投げ入れて心霊写真を作るんです」


 ――あれはそういう仕組みだったんですね。因みに他にはどんな仕事をしたことがあるんですか?

「そうですね……。若い頃は専らラップ音の担当でしたね。あとは低い唸り声で驚かせたり、あと最近はやりませんが昔ちょっとだけ火の玉を浮かせたこともありますよ」


 ――最近火の玉を見たと言う話を聞きませんが、何故やらなくなってしまったのですか?

「ほら、あれって火を使うでしょ?昔はそこら辺の規制も緩かったんですけど、最近は安全性の面から役所がうるさいんですよ」


 ――幽霊業界も世知辛いんですね。


 岩崎さんから一通りのお話を聞き終わる頃になると、他の幽霊達も徐々に集まってきた。各々、唸り声を出すタイミング、ラップ音担当の配置などを入念にチェックする。そして、十数分後、白装束姿の女性が現場に到着すると彼女を交えた簡単なリハーサルが行われた。


 ――彼女が脅かし役ですか?

「はい。房江ふさえさんって言うんですが、彼女この道の大ベテランなんですよ。えっ?年齢?……それはちょっと。言ったら僕、殺されちゃいますよ……。ここ、笑うとこですよ?ゴーストジョークです」


 ――……はは。


 時刻は九時過ぎ、岩崎さんを含むオーブ隊に同行させてもらった我々は、彼らと共に比較的開けた場所の裏手で待機することとなった。幽霊達曰く、この場所がこの霊園で一番フォトジェニックとのこと。

 待つことおよそ一時間。大学生の集団が来る気配はない。その上しとしとと雨まで降りだした。


 ――来ませんね。

「ちょっと今夜は駄目かも知れませんね。ほら、この雨でオーブもべちゃべちゃですよ」


 差し出された竹籠の中には、先ほど見たフワフワとは程遠い姿になったオーブ達が水を滴らせている。


 ――この場合はどうするのでしょうか?

「先ほど本部の方から連絡がありました。今夜は引き上げだそうです。……せっかく取材に来ていただいたのに申し訳ありません」


 ――いえ、お気になさらず。


 その後幽霊達は簡単に挨拶を済ませると、その夜は解散となった。

 児島さん宅へ帰る途中、我々は岩崎さんからその胸中を聞くことが出来た。


 ――この後は?

「明日の夕方まで寝てますかね。日中はやることも無いし」


 ――では、密着もここまでと言うことになりますね。……最後に何かお言葉をもらえませんか?

「んー。そうですね……。密着していただいてわかったかと思いますが、僕達は人間を義務感から脅かしています。ただ、そこには警告という意味合いも含まれています。というのも、幽霊の中には我々の様に脅かすだけでなく、実際に危害を加えてくる者もいるんです」


 ――つまり岩崎さん達は抑止力になっていると?

「はい。そのつもりだったのですが……。最近だとSNS?って言うんですか?……それのせいで面白半分に訪れる方が年々増えているんです。まあ、我々もやり方を考える時期が来たんでしょうかね。……だから、せめてこの密着取材を見た方々は興味本意で心霊スポットを出入りする事の無いようにお願いしたいですね」


 ――貴重なご意見ありがとうございました。この取材内容は我々の出版している月刊誌・『月刊レッツラゴースト』の七月号に掲載予定なので宜しかったらご覧になってください。


 如何だっただろうか。我々の知らない幽霊社会。その一端を、この密着取材を通して知ることが出来たのは、非常に僥倖だったのではないかと、筆者は思う。最後に、徐々に暑さを増すこれからの季節。心霊スポット巡りなどに誘われる読者諸君もいるだろう。だが、その時は岩崎さんの言葉を忘れないで欲しい。そして、それでも行くというのなら……どうか、自己責任だと言うことを胸に刻んでいただきたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

完全密着!!実録幽霊24時! 矢魂 @YAKON

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ