第2話 刺客

 爆発音と、爆風のように強く熱い風。それが過ぎ去ったあとに残ったのは、無残に焼けた木々のあと。それと、倒れた三人の同級生と一匹の妖怪。

 生きているのか、死んでいるのか。

 しかし、あれだけの鬼晶石の爆風を受けて生きているはずがない。


(だけど、確実に殺さなければ──)


 懐から取り出した苦内を握りしめ、ターゲットにゆっくりと近づいていった。


『あなたが誰の暗殺を命じられていようと、関係ない。ただ、私が行う工作を利用するというのであれば、お好きにどうぞ』


 主から紹介された、暗殺者の女。しかし、指定の場所に行っても姿は見えず、現れたのは女の冷淡な声のみ。

 女はろくな助言もなく、ただ邪魔はするなというように、無言の牽制と爆風を無効化する霊符を残して去っていった。


 女の工作は絶大な効果を発揮した。これならいくら素人の学生でも、確実に仕留められるだろう。従うべき、仕えるべき相手へ裏切るための、明確な敵意を刃に込める。それでも震える手を握りしめ、苦内を大きく振りかざした。


「やっぱり、君が刺客だね」

「!?」


 ばっと振り返り、マントが翻った。顔を覆い隠すためのそれは、はらりと落ちる。見えなかった剣筋がフードの先を斬り払ったのだ。

 腰を抜かし、座り込んだ暗殺者の少年はガタガタと震え、その名を呼んだ。


「な、なんで……剱崎!」


 来栖は薄緑色の瞳を細めると、口元に笑みを浮かべた。その手には、両刃に変わった装飾の施された剣が握られている。


「仮にも、元主に向かって呼び捨てはないんじゃないかな? まぁ今となってはどうでもいいけど」

「じゃあそこにある死体は!?」


 倒れていた三人と一匹の姿は消え、代わりに落ちていたのは札だった。


「式神!?」


 感じた気配は人間そのものだった。血で汚れ、息が絶え絶えの姿が偽物であったなんて信じられなかった。

 草を踏む音に視線を向けると、翼が札を拾い上げた。その姿には傷がひとつもない。碧の瞳と目が合い、その少年は恐れおののくように、ひっと声をあげる。


「三國君、協力してくれてありがとう」

「貸しひとつな」

「ま、まさか手を組んでいたのか!?」


 二人は顔を見合わせると、吹き出すように笑いだした。しかし、その笑顔には楽しげな雰囲気など微塵もない。悪魔のような笑いに、少年はぞっと背筋を凍らせる。


「僕らが手を組む? 面白い冗談だね」

「バッカじゃねぇの? おい、本当にこんなやつ部下に加えてたのか? 見る目がないな」

「仕方なくだよ。厄介な人間を派遣されても面倒でね。でも……」


 切っ先が顎に添えられ、そのまま上を向かせられる。


「ここまで間抜けだと、憐れだね」


 その瞳に宿る静かなる殺気に、少年は逃げられないことを悟らされる。力なく項垂れ、戦意を失ったようだった。


 刺客について知らされたのは、試験が始まって少し経った後。緋鞠が袖から霊符を取り出すと、ポトリとなにかが落ちる。


『あれ? なにこれ』


 それは、四つ折りに畳まれた小さなメモ書きが一枚。しかし、緋鞠がいくら開けようとしても開かない。


『なんで開かないの!?』

『おい、そんなの後に……』


 翼が覗き込むと、真ん中に翼のような羽のマークが刻印されていた。


『おい、それおまえのか?』

『ううん、違うよ。知らないうちに入ってたみたい』

『そうか』


 そういって、緋鞠の手から取り上げる。


『あ、なんで持ってっちゃうの!』

『気が散るなら預かってやる』


 そのままぎゃーぎゃー騒ぐ緋鞠を放置して、刻印に触れた。すると、霊力を吸い取り、花開くようにゆっくりと開いた。そこに書いてあったのが、翼に本人そっくりの式神を作って欲しいというものだったのだ。

 まったく協力するつもりなんて微塵もなかったが、その場面に出くわしてしまったため。本当に仕方なく手を貸した。

 なのに手を組んだなど、本当に笑わせてくれる。思い出し笑いしそうなのを堪えていると、来栖が近づいてくる。どうやら少年は木にくくりつけてきたらしい。


「俺に用があるなら、あいつを通すな」

「神野さんを通さないと、話が伝わらないじゃないか」

「そうだとしても、藤林に抱きつかせてとか、性格悪いぞ」

「それはたんに湊士が彼女を気に入ってるからだけど」


 その言葉に、翼はピシッと固まる。それを見て、来栖は目を見張った。


「……あっそ」


 翼は目を逸らして小さく舌打ちをした。なんだかムカムカして、気分が悪かった。眉間にシワが寄り、口をへの字に曲がる。そこで、理由がわかった。

(そうだ、いいように利用されたからムカつくだけだ。絶対そうだ)

 一人納得していると、木の後ろからひょっこりと琴音と銀狼が顔を覗かせた。


「あの……もう出てきていいですか?」

「ああ、もう終わった」

『ならさっさと呼ばんか! こっちは心配なのに、じっと黙ってたんだぞ! まったく……』


 そう文句を言い、銀狼は契約印に意識を集中させた。そのとき、どす黒い殺気が足元の影に渦巻いた。


「! 逃げろ!!」


 気づいたときには遅かった。地中から黒い塊が突き上げる。ちょうど真下にいた琴音と銀狼が巻き込まれた。


「花咲! 銀狼!」


 銀狼はすぐに体を大きく変化させると、琴音の上着を引っ張りあげ背に乗せる。琴音は片手で鬣に掴まり、もう片方の手で弦月を具現化させた。


「大丈夫です! 銀狼さん、このまま空にとどまれますか?」

『任せろ』


 無事な姿を確認し、翼も戦闘態勢に入る。

 ざっと見回すだけで、十、二十……影からどんどん増えていく。


(まずいな……一人ならどうにかなるが、周りを気にしながらだと効率が下がる)


 小さな小鬼から猪、犬など階級が上のものまで見える。このまま経験のない奴等を、連れて闘うには部が悪い。しかし、退くにしてもやはり数が多すぎる。


「わあああ!!」


 突然悲鳴が聞こえ、見ると来栖たちのほうに大きな影が見えた。木のように大きく、赤黒い鱗に細長い体──大蛇型の月鬼だ。


「巳の梅だと!?」


(なぜこんなところに!? 二年は何をやっている!!)


 舌打ちしたいのを堪えて、すぐに駆け出した。来栖はそれをじっと見据え、剣を構えたまま動かない。


「そこから離れ──」

「おらああ!!」


 突然、気合いの一声と共に、大蛇の頭が吹き飛んだ。弾丸のように跳んできた人影、それは先程緋鞠を連れ去った湊士だった。


「俺の主を見下ろしてんじゃねぇ!!」


 ──ということは。


 すると、今度は鳥の月鬼が悲しげな声をあげ、地面に落ちる。ばっと顔を上げると、銀狼の背に仁王立ちした緋鞠が見えた。

 肩に大きな筆を乗せ、黒く長い髪と袖を風にたなびかせている。


「琴音ちゃんに手は出させないんだから!!」


 ふんっと胸を張る姿に、自然と口元が緩む。

 二人の頼りになる戦力に、翼は選択を決めた。


「おまえら! こいつら全部狩るぞ!!」

「了解!!」


 全員の声が揃い、月鬼の討伐が始まった。

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