第8話

 暖かい日差しが顔を照らす。その眩しさに、緋鞠はうっすらと目を開いた。白くぼやけた視界に、映る金。


あれ、銀狼は銀色だったはず。いつの間に金色になったの? ……まぁ、いいか。

 そんなことを思いながら、温かさを求めて頬を擦り寄せた。


「……おい」


 不機嫌そうな声。いつもと声が違う気がしたけど、気にしない。

 どうせ早く起きろ、なんて言うんでしょ。でも、まだ眠いよ。

 緋鞠は少し黙ってもらうために、ぎゅっと抱きしめる腕に力を込めた。


「ちょ、起きろって!」

「まだ寝る……」

「寝てもいいから離せって!」

「いいの? やったぁ……」

「離してからな!!」


 妙に慌てた声に、じたばたと抵抗される。しかし、緋鞠は眠気のほうが勝っていた。そのままがっちりホールドして、再び眠りにつこうとしたときだった。

 ガラッと襖が開き、「ぎゃあ!」と蛙を踏んづけたような声が聞こえる。


「こらあああ!! こっの小僧、な……いで!」


 ガンっと何かがぶつかった音が響き、はっと目を開いた。音の方へ首を上げると、人の姿をした銀狼が額を押さえて蹲っていた。どうやら部屋に入る際、梁に頭をぶつけたらしい。


「銀! だいじょ……」


 緋鞠は口をつぐんだ。どうして、銀狼はそっちにいるのだろう。なら、今私が抱きしめているのは……。

 錆び付いた人形のように、ぎこちなく首を動かす。

 金糸の髪は緋鞠がぎゅうぎゅうに抱きしめていたため、ぐしゃぐしゃに乱れていた。そして羞恥か、怒りか。はたまたどちらもか。色白の頬が真っ赤に染まり、こちらを睨み付けていた。

 どうやら、銀狼だと思って抱きしめていたのは翼だった。

 緋鞠はやっと状況を理解して、どっと冷や汗が流れた。急いで手を離し、飛び起きる。


(やってしまった……)


 昨夜は確か、あのまま翼が寝てしまい、そっと寝かせてあげようとしたら一緒に倒れ込んでしまったのだ。腕を外そうと考えたけども、起こしてしまったらなんだか悪いし。部屋に戻っても一人だしなぁ、なんて思ってしまって。

 だからといって、二度寝までしようとして迷惑をかけるとは。

 

(あああ、私のバカ!)


頭を抱えたい気分だった。だけど、「おい」と声をかけられてしまい、それはできなかった。

おそるおそる見ると翼の方を見ると、まだ頬に赤みを残したまま緋鞠を見ていた。時々目を逸らしながら、迷うように目を泳がせる。

やがて、目を合わせると──。


「お、おはよう……」


 ぎこちなく、けれどしっかりと目を合わせた挨拶。初めてのことに、緋鞠は嬉しくて、ぱあっと顔を輝かせた。


「うん、おはよう!」


 それを見て、翼も表情を和らげた。しかし、それをよしとしない人物がいる。


「なに呑気に挨拶などしてるんだ貴様!」

「ちょ、銀! ストップストーップ!」


 緋鞠は翼の首根っこを掴もうとした銀狼に飛びついた。こうしてしまえば、振りほどくことはできない。


「こら、緋鞠離せ!」

「そ、それより銀! 体調大丈夫なの? 澪さんから治療を受けたって聞いたけど」

「え? あ、ああ。大丈夫だ。それより……」

「よかった!」


 そういって、首に抱きつくようにジャンプする。銀狼はそれを落とさないように、抱きとめた。

 ぎゅっと抱きしめると、銀色の髪はキラキラと輝いていて、霊力がきちんと届いているのがわかる。しっかりとした顕現に、安堵した。


「無理させてごめんね。元気ならよかった」


 その様子に、銀狼は緋鞠に心配をさせていたことがわかる。むしろ、昨日の失態について怒ってもいいくらいなのに。

 銀狼は緋鞠の背に回した手に、そっと力を込めた。


「悪い、心配をかけた。緋鞠も大丈夫か? 昨日、暴走したと聞いたが」

「うん、大丈夫! もう元気!」

「そうか。なら、よかった」


 緋鞠はぴょんっと降りると、銀狼の背を扉の方へと押し進める。銀狼は翼に敵対心が強いのがわかっているし、これ以上ここにいたらまた怒鳴り散らすかも。

 緋鞠は翼の方を見ると、手を振った。


「それじゃあ、先に行ってるね。またご飯のときに」


 こくりと頷く翼に、緋鞠はにこっと笑顔を作って部屋を出た。そのまま行こうとすると、銀狼が足を止めた。


「銀? なんで止まるの?」

「……やっぱり、先に行っててくれないか?」

「え?」

「ちょっと、話があってな」


 その表情に、いつもの優しげな雰囲気はない。少しぴりつく空気に、緋鞠は顔をしかめた。


「銀、翼をいじめようとしないで」

「少し話をするだけだ」

「じゃあ私も聞く」

「緋鞠がいては話にならん」

「邪魔しないから」

「……俺が信用できないのか?」


 尻尾をうなだらせて、しゅんと悲しそうな顔をされる。うるうるとした瞳は、自然とポメラニアンサイズの時を連想してしまい、罪悪感が一気に湧いてくる。

 ……まぁ、銀狼も大人だし。私と同い年の子に、そこまで小言を言ったりしないだろう。

 緋鞠は額に手を置くと、はぁとため息をこぼした。


「わかった。じゃあ先に行ってるね」

「ああ。そうだ、先に澪に会っておけ。朝も診察しておきたいと言っていた」

「うん、わかった」


 そうして、銀狼はさきほどの部屋へ。緋鞠は澪の元へと階段を降りていった。

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