第5話

 見えたのは、僅かな灯りでも輝く金糸の髪。暗闇で見る瞳は、星空のように澄んでいた。そこにいたのは、なぜか布団でぐるぐるに簀巻きにされた翼の姿だった。


「ええええ!! な、なんでそんなことに!?」


 駆け寄ると、口元には霊符で封までされていた。急いで縛られている紐をほどくと、翼は起き上がって霊符を剥がした。


「……助かった」


 軽く咳き込む背を優しく擦る。服装はいつものシンプルなシャツではなく、緋鞠と同じ診療用のパジャマだった。

 何かあったのだろうか。いろいろ質問したかったが、まずは落ち着かせてあげた方が良さそうだ。


「折り鶴さん、ちょっといいかな?」


 緋鞠に付いて回っていた折り鶴に水を持ってきてもらう。翼をベッドに座らせると、緋鞠も隣に座った。

 翼は折り鶴から水を受け取ると、一気に飲み干した。


「はぁ……おまえのとこの、ちゃんと面倒見よくていいな」

「え? ってことは、翼にもこの子いるの?」

「そこで寝てる」


 指差された方向には、キャビネットの上で横になり、動かない折り鶴がいた。一見、寝ているというより倒れているように見える。が、緋鞠に付いている子が飛んでいき、叩くとすぐに体を起こした。


「みんな個性があるんだね」

「澪の封月は特別だからな。最大十二体は操れるらしい」

「へぇ、さすが澪さん! 強いし、きれいだし、すごいなぁ」


 何でもできるし、頭いいし、とても頼りになる。


(私とは、大違い……)


 緋鞠はそっと窺うように隣を見る。聞いても構わないだろうか。

 意を決して、尋ねた。


「なんで、さっきは布団でぐるぐるにされてたの?」

「ああ……少し澪が大げさで、怪我が治ったのに今日は泊まっていけってうるさくて。抵抗したらああなった」

「え、怪我したの? 大丈夫?」

「もう何ともねぇよ」

「でも、まだ安……」


 ピタリと、言葉を止める。もしかしたら、これが悪いのかもしれない。


 よく友人たちから言われる言葉。

 心配しすぎ。大げさ。うざったい。


 緋鞠の心配は、よくそう言われることが多かった。もともと、兄が怪我をしやすかったからかもしれない。少しの不調は仕事に影響が及ぼすから、細心の注意を払うのが癖だった。

 それが、どうしても周りにはしつこく感じられてしまうのだ。


 それに、今朝喧嘩したときも私がしつこく言ったから。

……もともと出会ったときは喧嘩ばっかりして、悪い印象しかないのだ。これ以上、嫌われたくない。

 緋鞠はぎゅっと自分の手を握りしめると、俯いた。


 そのとき翼は、横目でちらちらと緋鞠を見ながら、いつ話を切り出そうか迷っていた。

 今朝のは完全に自分が悪い。誰かに喧嘩を売られることなんか日常茶飯事だし、これまで通り一人で対処すればいいと思っていた。それを心配してくれた人に対して、あまりに酷すぎた。


 しかし──。


(……なんて謝ればいいんだ!?)


 思えば生まれてこの方、友人と呼べる人間はいなかった。いたとしても、お節介につきまとう自称兄貴分ぐらい。


(そういえば、あいつ女友達多かったはず!)


 怪我の巧妙というやつだ。たまには役に立つかもしれない。なんて思いながら、早速シミュレーションを開始する。

ちょっとチャラいバカなやつだが、謝るくらいできるはず。確か、かわいい女子は好きだから得意って……。


『君の愛らしい笑顔を曇らせるなんて、なんて俺は愚かだったんだろう。本当にごめん。許してくれ』


「って違うだろ!」

「はい!?」


 翼のツッコミに、緋鞠は驚いた。そんなシミュレーションいらねぇ! ていうか、あいつ女好きだったわ。参考にする人間を間違えた。

 しかし、あいつ以外コミュ力高そうな人間を知らないのも確かだった。最悪だと、翼は頭を抱えた。

それを見て、緋鞠はおろおろと慌てる。


「え、あの」

「悪い、違う。本当に違う」


 何が違うのか、もう自分でさえ分からなくなっていた。これなら、大雅が言っていた通り、もう少し周りに気を配るべきだった。

 はぁとため息をこぼすと、緋鞠はビクッと肩を揺らす。

 緋鞠は、翼を困らせているのは自分だと、なんとなく思った。昼間のこともあって、なおさら自分に自信が持てなくなる。


(私が、全部悪い……)


 緋鞠は立ち上がると、翼の前に立つ。そして、とてもじゃないけど、顔を見る勇気がなくて俯くと、小さく呟いた。


「ごめんね」

「え?」

「ごめん」


 そういって立ち去ろうとするが、できなかった。右手が掴まれていて、動けなかったのだ。驚いてみると、翼の目が合った。だけど、緋鞠はその視線から逃げるように視線を逸らす。


「離して」

「なんでおまえが謝る?」


 そんなの、決まってるじゃないか。

ぐっと唇を引き結んで、ざわざわする胸を無視して答えた。


「だって、私が悪いから」

「悪くないだろ」

「悪いよ」

「どこが?」

「そ、れは……」


『おまえのせいで』


 理由なんて、わからなかった。ただ、いつも私が悪いのだと。存在するだけで、迷惑だと言われた。その記憶が、一気に雪崩れ込んできた。忘れていたのか、忘れたかったのか。

 地下牢をきっかけに溢れた記憶に、理由なんてわからない。


 何が悪いの。何がいけなかった。知りたくても、知ることができない。

なら、全部、私が──。


 そのとき、視界が真っ暗になった。少し腕を引かれたのはわかった。だけど、どうしてか包まれているような暖かさを感じる。

何が起きたのだろうか。


「……ごめん」


 そう、小さく呟かれた言葉が上から聞こえた。少し視線を上げれば、金糸の髪が目の前にある。

そのとき、自分が翼に抱きしめられていることに気づいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る