第13話

「わぁぁぁ!? どうしよう死んじゃったぁぁぁ!!」

「うぇぇぇ!? まりまり死なないでぇぇぇ!!」

『死んどらんわ!? 不吉なこと言うな!!』


気絶してしまった緋鞠を見て大騒ぎになる愛良たちを、ほかの生徒たちが見かねてそれぞれ動き始める。保健の先生を呼んでくる者、怪我をした生徒の手当てを手伝う者。はては羊の整頓まで。全員ではないものの、皆で協力して行う姿がちらほらとみられた。


(少しは効果があったようだな)


少し離れた場所で、大雅は朧月に寄りかかりながらそれらを見ていた。少々強引ではあったが、生徒たちの壁を少しは取り払えたのならば僥倖である。


「……で、なに?」


ちらりと横に視線を向けた。そこには、いまだに銃口を大雅に向けたままの瑠衣がいた。撃つ気はあるが、さきほど言っていた従者が気になるのだろう。さっきまでの気迫がない。


「あなたがやると言ったんだろう?」

「もうチャイムが鳴ったからおわり~」

「はあ!?」

「残念でした、また……来てほしくねぇなぁ」


立ち去ろうとする大雅に、なおも瑠衣は食い下がる。全員の目がなくなったわけではない。今も、蓮条側の生徒がこちらを見ている。ここで引き下がることは、蓮条としての名が許さなかった。


「ふざけるな! 逃げるつも……」


しかし、言葉の続きを発することができなかった。大雅の手にはすでに封月はなく、五メートルほどの距離があるはずなのに。喉元に刃先が突きつけられているかのような緊張感がある。


「なに勘違いしてんだ」


いつも緩みきった瞳は、怒りを帯びて鋭い眼光を放つ。その気迫に、瑠衣は気圧され重月を下ろした。


「俺はおまえが自分の大事なものを守るために武器を手にした。だから応えただけだ。ただの喧嘩ならやらない」


そして、瑠衣の手にある重月を指指す。


「その力は何のためにあるのか、それを見誤るな」


そういって、さっさとその場を立ち去った。瑠衣は悔しげに唇を噛み締め、拳を握りしめる。

昔、誰かにも同じ事を言われたことがあった。最初から、生まれたときからそこにあったもの。


──そのは、何のためにあるの?


「……そんなの、僕が知るわけないだろう」


こんな厄介なだけの、力の意味なんか。



 夕日が燃えるように、学園全体を照らしていた。

 保健室の窓から光が差し込み、眠っていた緋鞠の顔を照らす。


「眩しい……」

「――なんで起きねぇんだよ」


 光から逃げるように毛布を引っ張って潜り込むと、毛布を剥ぎ取られて頬に冷たいものが押しつけられた。


「ひゃっ!? つめたっ!?」


 覚醒した身体を起こすと、大雅が缶ジュースを手に緋鞠を見下ろしていた。


「おまえ寝すぎ。もう今日のカリキュラムは全部終わったぞ」

「え!? ていうか、私なんで寝てたの!?」

「霊力を酷使したからだとさ。まあ、簡単にいうと過労だな」


 その場でプルトップを開けられた缶ジュースを突き出される。

 気が利くな、と無言で受け取り、ひと口飲んだ緋鞠は危うく戻しかけた。


 青汁のような青臭さとレモンをこれでもかというほど入れたような味。そして、強炭酸。

 

「げっほごっほ……! こここれなに!?」

「霊力回復スタミナジュース」

「うえええ、口の中が気持ち悪ぅ……」


 青と黄色のゴテゴテしたロゴで彩られている。星に顔が描かれたマスコットキャラクターが青い葉を持っている。

 吹き出しには「元気になってね!」の文字。元気になるどころか、お花畑が見えたわ。


「これ売れるの!?」

「知らね。そこの冷蔵庫に入ってたから」

「飲んだことないの渡したの!?」

「見るからにまずそうだから、おまえで試してみた」

「ひっどい!! サイアク~!」


 勝ち誇ったようなムカつく顔をする大雅に、緋鞠がふんすふんすと憤っていると、がらっと部屋の扉が開いた。


「夜霧先生。生徒は目覚めまし……」


 理知的なメガネをかけた女性――おそらく女医であろう女性はふたりを見て、怒りの表情を浮かべる。


「夜霧先生。その子は過労で安静が必要だと説明したはずですが?」

「いやいやいや、霊力回復薬を飲ませてやっただけだから!」

「それ、私の私物。しかも、試作品です。勝手に飲ませたんですか? 馬鹿ですか? 阿保ですか? ああ、昔から馬鹿ですね。失礼しました」


 つかつかと靴を鳴らして歩み寄った女医は、いきなり大雅の頭を鷲掴みにした。ミシミシと頭蓋骨を絞まるいい音が聞こえてくる。


「いでででで」

「うっとうしいから少し寝てなさい」


 大雅を鮮やかな手刀で落とした女医は、透明感のある薄緑色の切れ長な瞳を、緋鞠に向ける。

 観察するような、計るような視線が恐ろしい。思わず逃げようと後ずさると肩を掴まれた。


「血圧108の68、脈拍85ですか。少し早いですね、緊張してます?」


 こくこくうなずく緋鞠のベッドの端に、女医は腰かけるとすらりとした長い足を組んだ。


「先程よりも顔の赤みがありますし、霊力も平均値まで回復したようですね。今日はもう帰って大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。え、と、先生のお名前は?」

伯東はくとう柚羅ゆらといいます」

「一年の神野緋鞠です。今日は休ませていただいて、ありがとうございました」

「はい。神野さんは霊力を枯渇させてしまう癖があるようなので、気をつけてくださいね 」


 微笑みは聖母のようにうつくしい。だが、次の瞬間には阿修羅のような表情で大雅の足蹴にした。


「ほら、貴方も帰りなさい。どうせ住んでる場所同じなんだから。ちゃんと送ってあげなさいよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る