第11話
霊力の風をまといながらの一撃。
貫通は無理でも、強固な守りを風の力で消耗させることができる技だ。
三國の『月穿』を真正面から受けた四鬼が閃光に包まれた。
凄まじい音と閃光。それに耐えきる者などいない。
それが普通の月鬼だったならば──。
三國が気が付いたときには、脇腹を穿たれていた。
「な、に……?」
砂埃の中から現れた鬼の姿に、三國は目を疑った。
四鬼は素手で颯月の刃先を受け止めていた。
「ぜーんぜんダメ。こんなんじゃまったく効かないよ」
心底つまらなそうに、槍の先を指で弾く。颯月は大きく回転しながら、地面へと突き刺さった。
四鬼は、先程と暗く冷たい双眸を三國へと向ける。
手をかざすと、足元の影から小さなふたつの球体が浮かび上がった。球体はくるりと回転すると
「いけ」
四鬼が命令を下すと、二羽の卯が三國へと突進してきた。
一羽が弾丸のような速さで蹴りを繰り出す。三國が躱すとズドンと音がし、背後の地面に大きな穴が開いた。卯は穴の中心で首をかしげている。可愛いらしい姿とは裏腹に、かなりの威力を持っているようだ。
そしてもう一羽も、三國を撹乱するようにゴム鞠の飛び跳ね、死角から蹴りを繰り出してきた。
「颯月!」
三國は封月を呼び戻し、卯に応戦する。
小柄な身体ながら、一撃は鉛のように重い。力を受け流すことが出来ず、三國は吹き飛ばされた。
緋鞠が右手を自由にさせたのと同時に、轟音が聞こえた。
「なにっ!?」
振り返ると、三國が校舎の壁に激突していた。
四鬼を見ると、二羽の黒い卯が飛び跳ねている。
(あれが三國くんを吹き飛ばした!?)
しかし驚いている場合ではなかった。
一羽が準備運動のように軽く弾み始めていた。三國は相当なダメージを食らったのか、動けずにいる。
緋鞠が駆け出すのと同時に、卯が跳躍した。
「間に合って……!」
最後の霊符を握りしめ、三國の前に飛び出した。
盾の霊符を張るのと、卯の攻撃は同時だった。卯の蹴りが盾の結界を大きく震わせる。
緋鞠の霊力はほとんど残っていなかった。いつもなら強固な盾も、今は薄い氷のような繊細さだ。
(お願い。壊れないで……!!)
右手の刀傷からは血は滴っている。傷口の痛みは麻痺し、感覚すらない。
思考も錆びついたように上手く回らなかったけれど、ここは守りきらねば、という強い気持ちだけで緋鞠は動いていた。
――だって、もう。これ以上……。
ぐわん、と盾が揺れ、卯が離れた。
(防ぎきった!)
助かった、と油断した。
手を下ろしてしまった瞬間、鋭い蹴りが盾を破った。
卯はもう一羽いたのだ。
霊符で出来た盾が破られ、スローモーションのように卯が迫ってくる。けれども、もう指一本、緋鞠には動かせそうもなかった。
肩を押された。
身体がゆっくりと倒れる傍を、黒い風が通り過ぎる。
緋鞠の視界の端に金糸の髪が映った。肉を刺す音が聞こえ、緋鞠の頬に熱い飛沫がかかった。
ガギィィインッ!!
ぶつかり合ったような音が響いた。
うつむいていた顔をあげれば、結界を張って三國を守ろうとする緋鞠の背中があった。
凄まじい破壊力を持つ卯の蹴りは、緋鞠の結界を少しずつ削いでいく。
それでも緋鞠は諦めない。右手に負った刀傷もそのままに、手のひらを前に向けている。
生まれてからの記録がなく、陰陽師の間では不吉と言われる色の瞳に持つ少女――神野緋鞠。
資料をもらい、調査命令が下されたときは嫌悪感しかなかった。こちら側に来なければ、十分に平穏な生活を送れるはずなのに、なぜ?
三國が推薦書を破っても、試験で月鬼に襲われようとも。決して諦めようとはしなかった。
緋鞠の唯一の願いは、鬼狩りとなり兄を探すことだった。
たったひとりの家族のために、今の家族を捨ててまで為すべきことなのか? 三國には理解ができなかったし、愚かな行為だとも思った。
黒い塊が緋鞠の結界から大きく飛び退いた。
緋鞠が手を下ろした瞬間を狙ったように、もう一羽が飛び出してきた。
地面に穴を開けるほどの威力だ。それを結界もない緋鞠がまともに受ければ即死だ。
緋鞠は避ける力さえ残っていないのだろう。立ち尽くしたままだ。三國自身も月鬼に脇腹を刺され、深手を負っていて、すぐには動けない。
それに、緋鞠をかばえば三國が死に至る。
そしたら、三國自身の願いは──?
(……俺の願い?)
次の瞬間、ある光景が思い出される。
小雨の降る中、ひとりで泣いていた同い年ぐらいの幼い少女。
どうしたらよいかわからず、かといって放っておけず、そっと差し出したハンカチ。
交わした約束と、少女の花が咲いたような笑顔。緋色の彼女の瞳。
『一緒に探そう。ふたりで探せば、きっと――』
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