第9話
※残酷表現有り
「っ!?」
集中が途切れるほどの殺気から逃れるように、緋鞠は後方へと跳んだ。
今までいた場所の地面がえぐられ、衝撃に石の破片が無数に飛んできた。
石が当たってしまったようで、左足の痛みに思わず膝をつく。
「琴音ちゃんっ! 大丈夫っ!?」
返事がない。
嫌な予感に顔を上げ、緋鞠は声をあげる。
「っ! 琴音ちゃん!?」
琴音が月鬼に捕らわれていた。
意識を失っているのか、月鬼の抱えられたままぐったりとしている。
「琴音ちゃんを放せ!!」
月鬼は緋鞠を振り返りもせずに、学園の屋根伝いに移動をし始めた。ぐっと手を握りしめると、砕けた鬼石の破片が手のひらに食い込んだ。
――契約は失敗だった。
「くっ!」
緋鞠は急いで月鬼の後を追った。
学園の広場を抜けると校庭があった。
「……ぅえ、なにこの臭い……」
生臭い匂いに、緋鞠は吐き気がこみ上げる。
水はけが悪いのか、校庭の中心には大きな水たまりが出来ていた。緋鞠は周囲に気を配りながら水たまりに近付く。
――まさか、これぜんぶ……。
吐き気をこらえながら水たまりから顔を上げると、中心に誰かが立っていた。
月鬼ではない。どう見ても人だ。
和装姿の細身の青年だった。
だが、あんな場所に立っているなんて、人であるわけがない。
緋鞠は青年から目が離せない。初めて遭う恐怖に身体が動かなかった。
青年は手に持っていた棒を、無造作に放り投げた。
ぱしゃんと跳ねて、月明かりの下に晒される。
「ひっ!」
──誰かの腕だった。
考えるな考えるな考えるな!!
アレに隙を見せてはいけない。
なぜ、今まで気にもとめなかったのだろう。
ヒントはあったはずだ。
床に落ちていた赤い欠片は砕かれた鬼石。
なかなか見つからなかった陣は、白チョークで描かれていたため、消すことはたやすい。
そして、校庭の水たまり。
これは血だ。琴音と出会うまで遭遇しなかった受験者たちは、みんな殺されていたのだ。
――なんてことを……!
「あれ?」
緋鞠はびくっと身体を震わせた。
ぱしゃ、ぱしゃとゆっくりと近づいてくる足音。恐る恐る顔を上げると、目の前に青年が立っていた。
紫の髪に、月鬼と同じ紅い瞳。
額から角が伸びた青年は緋鞠を見つめ、にこりと微笑んだ。
「やぁ。初めまして、お嬢さん」
緋鞠に向かって手を差し出して来た
「俺の名は
緋鞠は自身を四鬼と名乗る男を見た。
額の角以外は、ただの人間のような立ち振る舞いだ。
四鬼は動けないでいる緋鞠の様子に首をかしげた。そして、ぽんっと手を叩き、着流しの袖内からハンカチを取り出し手を拭き始めた。
「ごめんね。血が付いてたね」
そうしてきれいになったのを確認すると、再び手を差し出して来る。緋鞠が握手に応じなくても、ずっと待っていそうな気配だった。
緋鞠の額から汗が滑り落ちたとき、新たな敵が現れた。
小型の月鬼と琴音を拐った月鬼だった。
琴音を抱え上げ、ゆっくりとこちらに歩いてくる。見た限りでは目立った外傷はないようで、緋鞠はほっと息を吐いた。
小型の月鬼が、四鬼の気を引こうと袖を引っ張った。
しかし、四鬼は緋鞠に手を差し出したままだ。
緋鞠が四鬼の手から小型の月鬼に視線を移した瞬間、小型の月鬼が消えた。何が起こったのか緋鞠はわからなかった。
「はぁ……俺の邪魔しないでよ。雑魚のくせに」
最悪、と四鬼は手を払った。
長く禍々しい爪から、赤い欠片がぱらぱらと溢れ落ちる。
「あれ? まだいたんだ」
四鬼の目が、月鬼が抱えている少女に気づいた。
爪を伸ばしたままの四鬼の手が、気を失っている琴音へと伸ばされる。
「やめてっ!!」
緋鞠は声をあげた。
両手を拳にして、四鬼をまっすぐ睨みつける。もうこれ以上、誰の血も見たくない。
四鬼の視線がゆっくりと緋鞠に向けられた。
口許を歪ませて、うなずく。
「いいよ。この子には手を出さないであげる」
「え?」
四鬼が緋鞠の見ている前で、月鬼の額に触れる。
額に月と四の文字が浮かび上がった。
「この子を結界の外に。ああ、摘まみ食いしちゃ駄目だよ?」
四の文字が額からすっと消えると、月鬼がゆっくりと離れて行く。
震えが止まった足で後を追おうとすると、四鬼が不思議そうに緋鞠を見つめる。
「大丈夫だよ。ちゃんと命令しておいたから」
「……なぜ?」
四鬼の真紅の瞳に、殺気が浮かぶ。
「――だって、君の方が壊しがいがありそうだ」
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