第8話

 男は銀狼のそばまでやってくると、大型二輪車バイクを停め、フルフェイスのヘルメットを脱いだ。


「ワン公。無事みたいだな!」

『無事、だと!? 危ないではないか!』

「ちゃんと避けろって指示出したろ」


 銀狼のもふもふな尻尾が、飛び散った火花で危うく焦げつくところだった。


 携帯式対戦車ロケット弾発射器バズーカを担いだ女のほうは、興奮冷めやらぬ様子で、大型二輪車バイクの後部シートからぴょんと飛び下りる。


「隊長、見た見た!? 顔面にクリーンヒット! ねぇねぇ、すごい!?」

「あーはいはい。すごいすごい」


 なんだこの緊張感のないやつらは……。銀狼が呆れながらふたりのやり取りを見守る。


『ん? おまえたち、暁の人間か!?』


 隊長と呼んだ男の周りを、兎のように跳び跳ねる女のジャケットの背中に、昇る日の出と月鬼のマーク――暁の紋様を確認した銀狼は思わず声をあげる。


「ああ。俺は第五十四隊、隊長の夜霧大雅だ」


 男がジャケットの胸ポケットから、手帳を取り出して銀狼に見せる。


「同じく第五十四隊、隊員のかがり京奈けいなだよ!」


 京奈は携帯式対戦車ロケット弾発射器バズーカを担いだまま、誇らしげに胸を張る。


 唖雅沙のような厳格な人間ばかりかと思いきや、こんな規格外な人間もいるのか。


「お、お出ましだな」


 大雅の声に、銀狼が顔をあげる。

 大きな爆発音をさせたせいか、数えきれないほどの月鬼たちが、銀狼たちの向かって押し寄せて来るのが見えた。


「それじゃあ、ワン公は下がってな」

『誰がワン公だ! 俺は誇り高き狼だ!』

「ワンちゃん、危ないよ! こっちにおいで」

『おいっ!』


 銀狼をひょいっと俵担ぎにした京奈は、反対側の肩に携帯式対戦車ロケット弾発射器バズーカを担いだ。


「よーし、いくよぉっ!! てーい!!」


 京奈の霊力によって作られたロケット弾が、月鬼たちに向かって炸裂する。

 ドカンドカン、とすさまじい爆発音と立ち昇る煙に、聴覚や嗅覚にすぐれた銀狼の五感が麻痺してくる。


『おい、離せ! 俺は中に入りたいんだ!』

「ダメダメ。中は危険でいーっぱいなの!」


 じたばたしながら京奈の肩から逃れようとするが、がっちりつかまれているせいで抜け出せない。


『緋鞠が! 俺の主が、中にいるんだ!』


 銀狼の言葉に、大雅がぴくりと肩を揺らした。

白銀の瞳が探るように銀狼を捉える。


「――おまえ、あの子の飼い犬か?」

『誰が飼い犬だ! というか、緋鞠を知っているのか!?』

「なるほどなるほど」


 銀狼を無視したまま大雅が納得したようにうなずいている。


「――朧月おぼろづき


 大雅の封月が輝き、右手に月明かりが集約され、刀が現れる。

 と同時に、大雅が月鬼たちの群れに突っ込んでいった。


『お、おい、大丈夫なのか?』

「心配ないよん♪」


 京奈の言葉にうなずくも、銀狼ははらはらしながら、月鬼の中に埋もれる大雅の背中を見守った。


「――弓月ゆづきの一・霞斬り《かすみぎり》」


 キ……ン!

 その場を埋め尽くすほどの月鬼が、いっせいに残骸となって消えた。


『な、なんだと……?』 

「隊長の朧月は刀身をさまざまな状態に変化できるんだよ~。すごいでしょ?」


 京奈がえっへん、と胸を張った。


『あ、ああ……』


 何が起きたのか、まったくわからなかった。


 大雅が月鬼たちの間で、舞を舞うように動いているのは見えた。

 だが、手にしている刀には刀身がなかったように見えた。刀身もないのに、どうやって月鬼たちを倒したのだろう?


 しかも、朧月の能力も関係しているだろうが、周囲の建築物を傷つけずに月鬼のみを斬り払っている。

 さすがは隊長格――。


 戻ってきた大雅が京奈に頭にチョップを食らわせた。


「なんでおまえが偉そうなんだよ」

「痛いっ! ひどいよ、隊長! そこはフツーに頭なでなで、でしょー!?」

「うるさいやつは撫でてやらない」

「ひどーい! うわーん!」


 こういう茶番劇がなければ、素直に尊敬出するのだが……。呆れて見つめる銀狼の前に大雅が屈んだ。


「ワン公」

『俺には、銀狼という立派な名前がある』

「そうか、銀狼」

『なんだ?』

「今、結界を壊すのに、人員を割いててな。中に突入するのに、人員が不足しているんだ。おまえが来てくれると助かるんだが?」

『よし、任せろ!』


 勢いよく返事をする銀狼を、京奈が肩から下ろした。


 即席チームの侵入作戦決行。

 銀狼は緋鞠の無事を祈りながら、ふたりの背を追った。

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