迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~
あおい彗星(仮)
プロローグ
光も音も届かない暗い闇の中。
足が地面についてる感覚さえもなく、また、浮いているのかどうかもわからない。
「あらあら、どうしたの? このような場所にいらして……」
そよ風のようにやさしげな声が耳に届く。
声のほうに顔を向けると、小さな蝋燭ほどの灯りと、鮮やかな着物を纏った女が目に入る。
しかし、灯りが小さすぎるせいで顔はよく見えなかった。
「お客人など、一生来ないと思っていたけれど……」
ふふ、と小さな笑い声と、着物の裾が畳を擦る音がした。
「では、ここまでいらした記念に、ひとつ、昔話をしてさしあげましょう」
――昔々、竹取の翁と呼ばれる老人が、竹を取りに竹林に向かうと、光輝く一本の竹を見つけました。恐る恐る近づいてみると、竹の中には三寸ほどの可愛らしい女の子がおりました。
子のない老夫婦は、自分たちの子として育てることにし、
姫は不思議なことに三ヶ月で妙齢の娘へと成長しました。
「それはそれは美しかったそうよ。黒真珠よりも美しい髪と瞳を持ち、どんな暗闇だろうと、彼女の周りだけは光に満ちていたと言うわ」
成人の儀を行ったところ、美しい迦具夜姫との婚姻を申し出た五人の貴公子がいました。姫は、自分が出した難題をこなした者に嫁ぐと言いましたが、達成した者は誰もいませんでした。
そんな迦具夜姫の噂を耳にした時の帝が、翁を訪ねてきました。
迦具夜姫をひと目見た帝は、迦具夜姫にすぐに恋をしてしまい、文を送り合う仲となりました。
「え? 彼女が恋をしていたか? そうねぇ……本人に聞かなければ分からないけれど、興味を惹かれていたのではないかしら」
そんなある日、迦具夜姫が夜空を見上げ、しくしくと泣いております。
心配した翁夫婦が理由をたずねてみますと、姫は実は月の者であり、次の十五夜には月から使者が迎えに来る、と言うのです。
お父さまたちと別れるのがつらい、そう告げて、姫はふたたび泣き出しました。
――可愛い姫を月に帰してなるものか。
いよいよ十五夜の晩になりました。
翁夫婦は帝の力を借り、屋敷の周りをおよそ千人の兵で囲みました。しかし、姫を迎えにやって来た月の使者たちは不思議な力で、すべての兵を無力にしました。
迦具夜姫は涙ながらに帝へと贈り物を手渡すと、天の衣を羽織り、使者たちといっしょに月へと帰って行きました。
「ここまでなら、あなたも一度は聞いたことであるでしょう? そう、これが一般的に語られる迦具夜姫の物語」
だけど、と言葉は切られた。
怪しげに弧を描いた紅い唇が闇に浮かぶ。
「この物語には続きがあるの。……知りたい?」
楽しげな口調で女はふたたび語り始めた。
迦具夜姫が地上を去った少しあとの話――。
ある日、月の使者が帝の住まう御所へと舞い降りました。使者は迦具夜姫からの文を帝へと渡します。
『地上を統べる帝へ――
三年の間、地上で過ごしたといわれる私は今、幽閉されております。
地上で過ごした記憶を一切なくし、月では身に覚えのない罪人とされ、自由を失いました。また、私のたいせつなものも奪われました。
理不尽さに耐えかね月の長に訴えたところ、とある遊戯をもちかけられました。
その遊戯に私が勝てば、失われたたいせつなものを返してくれる、というのです』
「――そうして彼女は贄を捧げた」
『遊戯とは、紅い月の夜に生まれし月の罪人――
「彼女はたいせつなものを取り戻すために、帝を――地上の民を差し出した」
黄金の月が血に濡れたような紅い月に変わり、不気味に地上を照らす。
淀んだ空気が黒い渦を作り、異形の鬼を生み出した。
刃物のように鋭い角と牙。紅い瞳は月を閉じ込めたかのように不気味に光る。大きな口を開け、地上に住むどんな獣よりもおぞましく、聞いた者の身をすくませるような咆哮をあげた。
「地上に堕とされた月鬼たちを倒すには、彼らを裁く月の裁定者と契約を交わさなければならない」
『そして、最大の罪を持つ
その暁には、貴方がたにも褒美を与えましょう』
この遊戯は、月の長と迦具夜姫のどちらかが敗けを認めない限り続く。果てのない一方的な宣戦布告。
帝への文の最後には、こう綴られていたそうだ。
『地上の皆さん、どうぞ私のために闘ってください――』
「——こうして、地上の生き残りをかけた遊戯が始まったのよ」
幾度もの闘いがくり返され、どれだけの血が流されようとも、月鬼は減りません。
それは、迦具夜姫もおなじ。
どんなに月日が流れようとも、どれだけの犠牲がはらわれようとも、彼女は決してあきらめません。
たいせつなものを取り戻すまで、彼女は敗けを認めないのです。
「今までも、そして、これからも。この闘いは続くわ。あなたの知らないところでね……」
ぱさりと音を立て、女は両手を広げる。
「そして、次は誰の物語が紡がれるのか。語られるのは喜劇? 悲劇? それとも――」
嘲笑うかのような声をあげ、女は灯りと共に消えた。
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