戦後、女性を幸せにした『4つのモノ』
北風 嵐
第1話 アンネ・ナプキン
最近読んだ本で面白かったものに、「モノと女」の戦後史 天野正子・桜井厚 平凡社がある。
戦後の日本の社会変動期に、女性の生活世界を根底からゆさぶり、組み替えていくさまざまなモノとして、著者は「避妊具のコンドーム」「アンネ・ナプキン」「パンティ・ストッキング」「ステンレス製流し台」「電気洗濯機」等を上げている。
これらのものが単に生活を便利にし、寄与しただけでなく、女性の意識を変え、新たな生活パターンを作っていくことを分析している。
小保方さんのような「大層な発明・発見」でなくても、ちょっとした発明、改良でも大きく世の中を変える力を持つのだと思った。自分の見てきたことを含めて書いてみる。
上記の中で「アンネ・ナプキン」「パンスト」「電気洗濯機」に僕なりの推薦として炊飯器を取り上げてみた。
時代とともに着実に進化してきた日本人の生活文化のなかで、まるで存在しないかのように無視され、十年一日のごとく形を変えなかったのが、月経処置法であった。
1961年(昭和36年)「40年間お待たせしました」といキャッチフレーズで、
アンネ・ナプキンがアンネ社から発売された。
ナプキンが登場する前は生理パンツで、真っ黒のブルマー風で、総ゴム張りであり、
ムレル、モレル、ズレルというろくなものではなく、「生理とはみじめなものだ」と思わせるものだったらしい。私も母親のへそくりの小銭を探していて、タンスで見た覚えがある。「なんやろ?」と小銭探しの後ろめたさもあって、あまりいいイメージは持たなかった。
このゴム引き月経帯を不要にすることにより、女性を生理時の鬱陶ししさ、さまざまなタブー、行動の規制から大きく解放したと天野さんは書いている。
僕は当事者でないので、鬱陶しさとかなんとかの実感は分からないが、男性にはないが故に、ある意味、惻隠の情で思うしかない。
この製品を生み出したのは当時27歳の若き女性坂井泰子さんであった。当時普及し始めた水洗トイレに脱脂綿が詰まって困っているということを知り、脱脂綿を追放し「流せる生理用品」を自ら販売することを決意したのが動機で、夫と共に新たに会社を設立した。
出資者リストを作り、交渉を始めたが、「いくつかの企業は、『女のシモのものでメシを食う』ということに抵抗を感じたらしく、話はいいところまで行くのだが、最後の所で二の足を踏まれたという。そんな中、出資してくれたのがミツミ電機(当時トランジスター・ラジオの部品を生産していた会社)の森部一(もりべはじめ)氏であった。森部氏は、「社会に貢献できるものなら、必ず売れます。自信を持ってやんなさいと」潤沢な資金を提供して出資者になってくれ、会長、森部氏(34)、社長坂井泰子でアンネ社がスタートした。
アンネという名前は「アンネの日記」のある一節に坂井さんが共鳴したところから付けられた。その一節とは
1944年1月5日(水)
わたしに起こっている変化
-身体だけでなく、心の中に起こっている変化-はすてきだと思います。
しかしわたしはだれとも、自分のことや、そういうことを話し合いません。
ですから、自分自身に話さなければなりません。
月のものがあるたびに、-まだ3回しかありませんが-苦痛で、不快で、うっとうしいにもかかわらず、甘い秘密を持っている
ような気持ちがします。ある意味でうるさいことではあっても、
心の中で、この秘密を味わう時の来るのを
いつも待ちこがれるのはそのためです。(アンネの日記より)
ナプキンはアメリカでは生理用品を「sanitary napkin」と呼ばれているところから来ている。日本人にとってはナプキンは白い清潔なイメージを持つもので、アンネ・ナプキンのネーミングは良いイメージで受け入れられたのである。
「40年間お待たせしました」というキャッチフレーズは「40年間研究開発してやっと生み出した」と消費者に捉えられるから、と厚生省より禁止を受ける。
製品は消費者に歓迎されて売れ行きは予想外の数字であった。買われた女性からの感謝の手紙が多数寄せられた中に、私たちはその日を「アンネの日」と呼んでいますという文面がいくつかあり、この「アンネの日」が新たな宣伝文句になり、女性たちは「今日、アンネなの」と普通に喋るようになった。
製品の革新性のみならず、このアンネ社の広告戦略が、それ以前は「恥ずべきもの」「隠すべきもの」とされていた月経が、当たり前の生理現象として認識されるようになり、月経観の変革に寄与したことは高く評価されるのである。
アンネ社のその後であるが、大株主のミツミ電機が経営難に陥った時に株を手放したことや、後発メーカー(ユニチャーム等)の追い上げ等で経営難に陥り、ライオンに吸収・合併された。
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