『月の光』
@t-waka
しっくりこない話。
―――昼下がり。
「おい、○○、知ってるか?」
「何をだよ、スペ語のテストが明日って話ならとっくに知ってるぞ」
「え、そうなん⁉ 終わった」
「…いや、で、用件は何なんだよ」
「いやさー、お前最近引っ越してきただろ? だから絶対知らないだろ、この街の怖い話」
「知らないし、知りたくもねえよ。帰るわ」
「待てよ、お前がビビりなのは知ってるけど聞くだけ聞けって!」
ビビりとは、聞き捨てならない。
「……しょうがねえな」
○○は不快感を露わにしながら、目を輝かせた髙橋の前に腰を下ろした。
「実は何個かあってさー、例えば『神隠しの館』とか」
「一番怖い1つでいい、簡潔に話せ」
「しょうがねえな…。一番やばいのは『月の光』って話」
「なんだそりゃ、ドビュッシーか」
「ドビュッシーって何? まあ簡単に言うと…」
髙橋によると、この街で『新月の夜』『午前3時過ぎに』『電気を煌々とつけている』家には、光に誘われて恐ろしい魔物がやってくるらしい。
……そんな馬鹿な。そんな非科学的なことがあってたまるか。第一に月の光と家の灯を間違えるのは夜行性の昆虫くらいなものだろう。
くだらない都市伝説に時間をさけるほど○○は暇ではない。
「しょうもな、帰るわ」
「おい!今夜一緒に都市伝説検証するぞ!」
「無理、最近客人が多くて。今日は客人用のカトラリーとか色々買いに行かなきゃ」
「何⁉お前まさかもう女を…。ぐぬぬ…」
反論するのも時間の無駄、と髙橋を尻目に○○は帰路に就いた。
「スぺ語の勉強するか…明日テストだもんな…」
○○は夜行性であった。○○が生活するのには太陽の光など必要ないのだ。髙橋からは「今から都市伝説検証します!」というふざけたLINEが届いていたが、未読スルーで対応することにした。
一人暮らしをするには少々広すぎる○○の家は街の郊外にある。辺りは静寂に包まれ、耳に入るものはただ彼の家の廊下にかかる古ぼけた掛け時計が刻む時の音と○○の発する生活音のみであった。この静寂は、○○に都市伝説を思い出させるには十分すぎた。
「……まさかね」
○○は部屋の蒸した空気を入れ替えるため窓を開け、空を見上げた。月の光は、無い。あるのは翌朝の雨を予感させる黒雲のみである。
「……」
無言で窓を閉める。○○が時刻を確認するためにスマホの電源をつけようとすると、廊下の壁掛け時計が少々間の抜けた声で三度鳴いた。
○○は心の底であの都市伝説を意識している自分を発見し、失笑した。
「あるわけないよな…」
そう言い聞かせて、○○は再び机に向かった。
数十分もしただろうか。○○は物音を聞いた。木製のドアがゆっくりと開く音だ。
「………………?」
少しすると、ペタリ、ペタリと階段を上がる音が聞こえてくる。
○○はたまらず立ち上がった。体の震えが止まらない。
ペタリ、ペタリ、ペタリ……。
もはや精神を保つことすらできないのか、○○の口元には笑みすら浮かんでいる。
「……上がって来るのか」
ペタリ、ペタリ、ペタリ……。ペタリ、ペタリ、ペタリ、ペタリ……。
足音が止まる。○○がいるリビングの前である。そこに確実に誰かがいる。
○○は覚悟を決めた。
○○は無言で銀製の客人用ナイフを取り出し、リビングのドアの前に立った。○○の目はすでに据わっている。
ドアが、開いた。
わっ、という声に○○は少々驚いたように目を見開いた。そこに立っていたのは紛れもなくあの髙橋であった。
「どーだ、驚いたか? 都市伝説なんて嘘に決まってるだろ! っていうか、ナイフまで持って怖がりすぎだろ! あ、勝手に上がらせてもらっちゃってごめんな! 玄関のドアが開いてたからさ~。ちゃんと防犯しろよ?」
矢継ぎ早に話す髙橋に呆気にとられ、○○は少し間を空けて破顔した。
「ようこそ、お客様」と○○は言った。
そして、首元に正確にナイフを振り下ろした。
『月の光』 @t-waka
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