一女が異世界にお持ち帰りされちゃう話
青い絆創膏
一女が異世界にお持ち帰りされちゃう話
みなさんこんにちは、私、今年から大学生になった仙崎カナです。いま山岳サークルの新歓に来ています。
「カナちゃん飲んでる?」
自己紹介の時に芸人のありきたりなモノマネをしていた先輩が私に話しかけてきました。彼は確か武本先輩。派手な金髪の割には顔が薄く、明日には忘れてしまいそうです。
「あ、はい、ちょっとだけ」
私がヘラヘラ笑うと、武本先輩は飲みすぎるなよ、と優し気(に見えると多分本人は思っている)な笑みを浮かべました。そう言いながら武本先輩はさりげなく私にアルコールメニューを見せてきます。そう、この山岳サークル実は学内でも飲みサーヤリサーと名高いサークルなのでした。私はそれを知りながら今この場にいます。私は「お持ち帰り」をされたいのです。周りの女の子たちがお持ち帰りだなんだと騒いでいるのを見ていたらなんだか憧れてしまっていたのです。イエス、今夜はパーリナイ、レッツゴートゥーベッド、という強い気持ちでカルーアミルクを握りしめています。
「何か飲む?」
武本先輩が尋ねてきたので、私はウーロンハイをお願いしました。武本先輩は延々と話しています。あの教授のあの授業は楽単だとか、あのサークルは飲みサーだとか、文学部の佐藤って知ってる?俺友達なんだよねとか。私は一つずつ丁寧に返していましたが、内心では楽単なんて興味ないし、このサークルだって飲みサーだし、お前の友達なんて興味ねえよ知らねえよと思っていました。それでもお持ち帰りのためだと歯を食いしばって耐えていました。ウーロンハイをちびちび飲んでいると武本先輩はさらにお酒を勧めてきました。なるほど、これは確実に酔いつぶしにかかっています。受けて立ちましょう。その時でした。横から他の先輩が現れました。
「武本、一年にあんまり飲ませるなよ」
待ってください、私まだ大丈夫です。畜生、邪魔してくれるな。そう思って顔をあげると、そこには黒髪の爽やかなイケメンがいました。武本先輩の顔はその爽やかな風に吹かれて私の脳裏から消し飛びました。
「結構飲んでるけど大丈夫?えっと…」
「カナです……」
「カナちゃん」
にっこりと笑う爽やかイケメン。あぁなんて素敵なご尊顔。
「大丈夫です……。ちょっとぼーっとしますけど」
嘘です。ぼーっとなんてしてません。意識はクリアです。どうやってこの後この爽やかイケメンにお持ち帰りされるかを必死で考えています。センター試験の時よりも頭がフル回転しています。受験勉強で養われた私の脳はもうこんなことくらいしか使い道がないのです、ああなんたる。
「そっか、セーブしながら楽しんでね」
スマイルご馳走様です。ありがとうございます。今日来てよかったです。
「あの、先輩お名前は……」
「鈴木雅人です」
マサトだなんて、そういう雰囲気の小説によく出てきそうな名前です。素敵。私の眼はもう武本先輩は見ていません。もとから見ていませんでしたが。武本先輩もそれを察知したらしく、隣の別な一年の女の子に話しかけにいきました。
「雅人先輩、ありがとうございます。私、お酒飲むのって初めてで……」
これも嘘です。私は少し呂律の回らない口調でしゃべりました。酔ったことがないので勝手がわかりませんが、こんなもんでしょう。
「みんな大体そうだよね。辛かったらちょっと眠っててもいいよ」
驚いたことに、私は本当に眠っていました。まさかの失態です。気づけば周りの人はだいぶ帰ってしまっていました。
「おはよう」
「すいません!せっかくみなさんとお話する機会なのに邪魔してしまって……」
これは本心からでした。私は確固たる自分の意志を持ち、お持ち帰り「させてやる」という強気な態度でお持ち帰りされるはずだったのです。思わず寝てしまい、不可抗力で、なんていうのは敗北でしかありません。
「全然。気にしないで、大丈夫。帰れそう?」
「まだちょっと辛いかもです……」
まだこれはきっとチャンスがあります。私は少し目を閉じて、つらいアピールをしました。
「うーん、どうしよ。とりあえず、うち近いし休んでいきな。店もそろそろ閉まるしね」
拍子抜けしました。めちゃくちゃ簡単にお家に上がり込めそうです。これは私の日ごろの行いの良さでしょうか?はたまた先輩がやり手なのでしょうか?顔の印象が薄い武本先輩も、どうやら無事女の子を調達したようです。夜の街に消えていく金髪が見えました。
雅人先輩の住むアパートは小ぎれいで嫌味なく、なんというかこれぞ大学生男子の部屋、といった風でした。特に家具に統一感もなく、テレビと机とベッドが置いてあります。ただ気になったのが、座る場所がベッドくらいしかありません。なるほどこれは、やってるなぁという感じです。
「なんか飲む?」
「あ、じゃあお水を……」
雅人さんは冷蔵庫から出したペットボトルの水をコップに注ぎ、私に渡してくれました。
「ありがとうございます」
コップの水を一口飲んだその時でした。急に爽やかな風が吹き、私を包み込みました。小さなワンルームマンションの壁がガラガラと崩れ落ち、目の前には紫色の草原が広がっていました。まるで紫芋のように紫です。私が座っていたはずのベッドは、ベッドではなく見たこともない獣になっていました。熊のようにも雪男のようにも見えるそれは、赤色の立派な毛並みを持っています。
「えっ」
言葉が出ませんでした。先輩の家に連れ込まれたと思ったらいきなり私は紫色の爽やかな草原でわけのわからない獣の上に座っていたのです。驚き以外になんと言えばよいのでしょうか。先輩の家は高度なプロジェクションマッピングでもあるのでしょうか。
「あの、これ水じゃないんですね」
情けないことに、それしか言えませんでした。私がさっきまで水だと思っていた飲み物は、きれいな緑色になっていたのです。
「それは幻覚を醒ましてくれる薬だよ」
「なるほど……」
私は酔っているのでしょうか。というか先輩が酔っているのでしょうか。誰が酔っているんでしょう。
「じゃあ今見えているのは幻覚じゃないんですね」
「そうだね、今見えているのが本物だよ」
相変わらずの優しい笑みです。さっきまでは素敵なキラースマイルだと感動していましたが、今は違った意味でキラースマイルにしか見えません。恐ろしいです。私は一体どこに連れてこられたのでしょう。
「すいません、ここはどこですか」
「異世界だよ」
なるほど、私は先輩のお部屋ではなく異世界にお持ち帰りされたようです。ベッドインして新たな世界を知ることを楽しみにしていたのに、まさかこんな形で新たな世界を知るとは夢にも思いませんでした。目の前を羽の生えた犬が飛んでいます。
「なぜ私はここに連れてこられたのでしょうか」
私はいたって冷静でした。酔っていないからです。
「実は今この世界は崩壊の危機に瀕しているんだ。世界を救ってくれる勇者の誕生を人々は待ち望んでいた。そこで現れたのが、そう、君なんだよ」
どこかで聞いたことのあるような話です。私はただのしがない大学一年生。世界を救う力なんてありません。この人は一体何を考えているのでしょうか。ヤリサーに好き好んではいるような女が世界を救えるなんて本気で思っているのでしょうか。
「それは分かりました。でも、どうして私なんですか?」
「理由は簡単だよ。君がここに来れたから君なんだ。お持ち帰りと一緒だよ、持ち帰れる女を持ち帰る。それ以外に理由なんてない」
不愉快極まりないです。どうやら私もお持ち帰りされたい、誰でもいいからワンナイトラブを経験したいなどとほざきながらも、「私でなければならない理由」を求めること諦めきれていなかったようです。自分の愚かさに笑えてきます。
「嫌です。帰ります」
とにかく、その後私がお持ち帰りに期待することはなかったし、このサークルはやめました。
一女が異世界にお持ち帰りされちゃう話 青い絆創膏 @aoi_reg
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