17 新たな力

 女王蜘蛛にひと太刀浴びせ、中衛にアウェイした二の宮の脇のエオリアが過ぎ去る光弾を見送る。次いで、少し前に出ていたライト少年の頭上を浮遊するエオリアが光の玉の速度を煽るかのようにフーフーと息を吹きかけた。

 途端に、光が色を帯びた。シュリの目にもその異変は明らかで、百群の色を纏った光玉は女王蜘蛛に着弾すると同時に上昇気流を生み出し、女王蜘蛛の巨体を数センチ持ち上げた。


 馬鹿な。


 ロッドによる攻撃は無機物攻撃と同判定で属性攻撃などの付加価値は一切付与されていない。現にこれまでの子蜘蛛戦ではこのような現象は一度も起きなかった。

 何故、今回に限って風の要素が追加されたのか。原因の心当たりは一つしかない――エオリアだ。

 エオリアは空気のガーディアン。属性は風。光の玉にエオリアの力が加味され、女王蜘蛛を浮遊させるに至らしめたのだろう。武器との相性がいいのか、はたまたシュリとエオリアとの相性がいいのか、色々と憶測は出来るは今は考えている場合ではない。


 ただ、これは使えそうだった。


 地から脚が離れたことにより攻撃もままならぬ女王蜘蛛は、前衛のヴィクスに隙を突かれ止め処ない連激の砲火を浴びている。反撃する間も与えられず二の宮が中衛から前衛に躍り出、ヴィクスの攻撃を繋げると、更にライト少年が二の宮の後を継いだ。

 少年の優美な剣尖を追いながら、シュリは素早く眼光を巡らせる。

 エオリアは全部で八体。密集とは言い難いが多い方だ。これなら不足はない。

 ロッドを握る手に力を込め、二度、三度と四方のエオリアに向かって光弾を放つ。速力は極めて落としたそれをエオリアが難なく捉え息を吹きかけると、光弾は方向を変え速度を上げて女王蜘蛛を襲った。

 ギイィィ、という耳障りな音が響き、強い上昇気流に煽られ女王が二メートル近く打ち上げられる。空かさずヴィクスが舗装路を蹴り、蜘蛛に追いついて豪快な斬撃を何度も打ちこんだ。


 それからは、一方的な攻めの展開だ。間断なくヴィクス達の近接攻撃が続き、僅かな隙間ではシュリの属性攻撃によって攻守逆転のチャンスを奪う。効率のよい入れ替わり立ち替わりの攻撃に女王蜘蛛は成す術もなく、攻撃の殆どをクィーンに甘受させるのは容易かった。

 それでもなかなか大ダメージに繋がらないのは、ひとえに女王の防御力が高いところにある。防御、といっても攻撃を防がれているのではなく、とにかく外殻が硬いのだ。そのため、攻撃は入っても傷は浅く、腕力が不足している場合弾かれることもある。シュリの攻撃も当たりはするが、集中力の足りない「へなちょこ玉」では掠り傷すらつけられない。


 女王蜘蛛の唯一の弱点は、外装のない、人間で言うところの腹になるのだが、女王蜘蛛もそれは弁えているのでなかなか曝け出そうとはせず、そこだけは強固に護られていた。一度、クィーンが上空に打ち上げられている隙を見計らってライト少年が懐に潜り込もうとしたのだが、激しく拒絶するクィーンの脚を真面にくらってあえなく返り討ちだ。

 ただ――想像外の長期戦に予定外の苦戦を強いられるも、囮としては最高の役者だった。容赦ない無間攻撃で攻め立てられるクィーンは自らの卵が残る戦艦ルキアに気を振るいとまもなく、戦艦内に取り残されていた乗組員の避難は順調に進んでいく。

 戦闘開始からどれほど経ったか、尖った緊張感に精神を削がれシュリが体力よりも先に気力の限界を感じ始めた頃、ライト少年の声が唐突に戦況を変えた。


「サー・セラフィムから入信! 避難完了! ルキアを爆破して卵ごと処分!!」

「なにィ!?」


 爆破だと!?


 ヴィクスの絶叫に重なるように、ボン、ボンと、花火に似た音が遠来する。運動会決行の合図に似ていると思ったのは、シュリだけではあるまい。


「くそっ!」


 ヴィクスが毒づき、戦艦ルキア、後衛のシュリ、クィーンスパイダーへと視線を動かす。その迷いは、どう動くべきか判断しかねているように見受けられた。クィーンを放置して爆破に備えるべきか、蜘蛛をこちらに引き付けておくべきか。

 仲間の身の保障か、町の安全か――その双方の条件を満たす方法をシュリが思いついたのは、僥倖が齎す必然だったのかもしれない。


「みんなどいて!!」


 不安がないと言えば嘘だった。百パーセント成功する自信もなかった。

 だが迷いを差し挟む時間的余裕はなく、シュリは脳裏に閃いた一案を即実行させた。


 集中。ここ一番という局面に遭遇したためか、擦り切れていた筈の精神力が高揚によって回復している。おかげで体が軽い。すんなり伸びる手足を思惟のままに動かし、シュリは肩から余計な力を抜いた。

 ミサイルの滑空音らしき音がどんどん近付いているが、焦ってはいけない。時間はもう少しだけ、ほんの刹那だが、あるのだから。


 一秒一秒が、捏ねられ、引き延ばされる感覚を覚える。思考クロックが加速し、コンマ以下の時間で展望をシミュレートし、一連の動作を脳髄に叩きこめば完了だ。


 両目を瞠いたシュリは、真っ先にエオリアの位置が目を閉じる前と変わらぬことを確認し、認識すると同時にロッドを振った。その一瞬だけ不安が肥大する。


 ――ロッドをこんな風に使ったことは一度もない。


 しかし不安がシュリを呑み込むよりも早く光球は生まれた。同時に八個、エオリアの数と同じ分だけ発生した力は、躊躇わず四方のエオリアに向かって散った。

 速度は今までの倍はある。しかしエオリアならば、シュリの意志を受け取って光弾にこれまでと同様の補完が出来ると、それだけは何故か自信があった。実際にエオリア達は余すことなく光弾を受け取り、風の属性を付与させてクィーンへと送り込む。シュリの意志が的確に汲み取られた光弾は、これまでのそれとは比べ物にならないほど早く、強い風を纏っており、クィーンへの間合いを一瞬で詰めて着弾した。


 不安要素はもう一つあった。それは、単純な上昇気流でクィーンを持ち上げるのではなく、一定の方向へ風を逃がすことが可能なのかどうか、ということだ。

 自然発生の風ならば容易いだろうが、人的な意志で成し得られるのかどうか、確証もなければ実験データもありはしない。

 それでも発生した風がシュリの想う軌道を描いたのは、エオリア達のおかげなのだろう。

 これまではクィーンスパイダーの機動を奪うべく上空へと打ち上げていた風が、海風に逆らって沖へと流れる。

 強く、激しい。痛いほどの大気の流れに、シュリは己の目論見が成功したと確信した。

 舗装路から浮いたクィーンが、風に運ばれて、戦艦ルキノと接触した。ゴウン、という音を立てて硬い外装が女王蜘蛛を受け止める。

 目論見が功を奏し、成功したことを府に落としたのも束の間。


「逃げろ!!」


 滑空音が最大音量となり、それを割ってヴィクスの声音が聞こえた後。

 耳を潰されんばかりの爆音と水しぶきがシュリの全身に覆い被さった。

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