15 頼もしい案内人
「あ、いた」
陳列棚の向こう側から二の宮がひょっこりと現れる。薄暗い店の中、シュリを求めて探していたのだろう。二の宮の声を聞きつけニナも姿を見せた。
「何のお店かと思ったらごついのばっかり並んでるんだもん。びっくりしちゃった」
「丁度良かった。これ、持ってみて」
「え?」
目を瞬かせながらも、二の宮は両手いっぱいの荷物を床に下ろし、シュリの手渡した物を受け取る。
短剣と呼ぶには聊か優美さに欠けるそれは、どちらかというとサバイバルナイフと呼んだほうがしっくりくるだろう。エス字に歪曲した刀身は先端に切れ込みがあり、柄と合わせて長さは三十センチ余り。女性が持つには無骨な大きさだ。
「重い?」
「え? うん……ちょっと」
「振り回せる?」
「こんな感じ? 別に問題ないかなあ……」
「握り辛いとか」
「それは大丈夫」
「いいみたいね」
「俺の言った通りだろ」
シュリと店主のやり取りに二の宮が首を傾げるが、この際、彼女の意志は関係ない。
「じゃあ、これと、さっきの全部」
「あいよ。残り二つは配達で、そっち二つは持ち帰りでいいんだな」
「うん」
すっかり敬語の抜け落ちた言葉で首肯し、シュリは手近な場所に放置されていた革製のベルトを二の宮の腰に巻き付けた。
「これ、何?」
「その短剣のホルダー」
端的に告げた言葉を、二の宮は何度も反芻する。そしてようやく、答えが閃いたようだった。
「ってことは、もしかして武器買ったの!? そりゃいつまでもヴィクスの借りるわけにはいかないだろうけど、もっといいもの買おうよー」
「十分いい物だよ」
おかげでそれなりに値が張ったが、店主が少し値引いてくれたので何とか予算内に収められた。防具も買えたし、武器ホルダーもおまけしてくれたし、これ以上の買い物など望むべくもない。
「まあ……いっか。ねえ、シュリちゃんはどんな武器なの?」
持ち前の切り替えのよさで気持ちをリセットした二の宮は、好奇心も顕わに目を輝かせた。
〈バイオ〉では物不足で二の宮と同じ短剣を握っていたが、今はホルダーも装備しておらず武器らしき物も所持していない。
シュリは近くに立てかけていたそれを引き寄せ、ドンと二の宮の前に提示した。
「これ」
長さはシュリと同程度、太さはさほど無くシュリの片手でしっかりと握れる。木目が浮き上がる外見からは木製かと思わせるが、木にしてはやけに軽く素材は不明だ。先端は鳥が羽を広げているかのように意匠めいたデザインに編まれ、中央にはクリスタルキューブに似た宝石が嵌め込まれている。
「……杖? なんかまほーつかいみたいだね」
「そいつは無理な注文だ。魔法といや、ガーディアンの
「そうなの? そーいえば、ヴィクスが何か言ってような……。あたしもそのコン? トラック? になったり出来ないの?」
「ガーディアンとの契約は、才能と努力の結晶っすよ。できない、とは言わないっすけど、時間がかかると思うっすよ」
「そーなんだ」
残念、と、二の宮が肩を落とし。
ふと。
小さな、しかし甲高い、人の声らしきものが、壁を貫通して全員の耳朶に触れた。
まるで、降りた帳の向こう側から風が吹き込み、窓紗をささやかに揺らしたような、ほんの微かな音だ。
悲鳴に似た何か。怒号に似た何か。追い立てられるように店の前を通過し、また一つ流れてを繰り返している。人の雑踏や賑わいではない。扉越しでは状況は分からないが、この町にそぐわない異様な様相を連想させ、一同は表情を同じく強張らせた。
「なに……?」
誰ともなしに呟いた声が不安を形にする。しかし誰かの足が動くよりも早く、乱暴な音を響かせて扉が開け放たれた。
「おやっさん!」
灰色の髪の青年が血相を変えて飛び込んできた。
「なんだ、騒々しい」
「襲撃だよ! 入港した戦艦にくっついてやがった!!」
「なにぃ!?」
瞬間的に状況を把握したのはニナと店主の二人で、シュリは二の宮と共に僅かに遅れた。襲撃という単語に切迫した危機感が芽生え、戦艦というキーワードに不安が増す。脳裏をよぎる、戦艦ストラトス。まさかあの艦に……?
店内を一瞬で走破したニナが、小柄な体で青年の脇を過ぎり外に出る。それに二の宮が続き、シュリも誘われるように外へ飛び出た。
壁越しでは遠かった人の声が一気に大きくなる。逃げまどう人々の流れは一定方向に向かっており、どこに敵がいるのか、それだけは明確だった。日本よりも危険が高い分、避難訓練や避難経路の確保は入念に行われているだろうが、それでも恐怖は人の目を眩ませる。逃げる方向が果たして正解なのか、それだけは正確とは断言出来ない。
「ニナ、危ない!」
二の宮の声だった。同時に彼女が地を蹴り、シュリの目には彼女の残像だけが残される。
買ったばかりの短剣をホルスターから抜刀する音。舗装道を踏みしめる足。煌めく白刃。
まるで時間が圧縮されたかのように思えるほど、一連の動作には無駄がなく、素早かった。
〈バイオ〉での初陣の時よりも遥かに成長している。持ち前の瞬発力は勿論、短剣を振る腕も、シュリの目にはただの線でしか捉えられなかった。適度な重さは時に軽いだけの武器よりもポテンシャルを底上げしてくれると店主が言っていたが、まさにその通りだったようだ。
音を立てて敵が体を横たえる。短剣を抜くとほぼ同時に切り捨てた敵を、ここでようやく視認した二の宮は、声なき悲鳴をあげ、ファンデーションで仕上げた顔を憚らず歪めた。
「いや――――――!! クモ――――――――!!」
蜘蛛といっても大きさは人間の子どもくらいはある。折れた脚も含めると全長は一五〇センチ近くあるのではないだろうか。黒光りする胴体には毒々しい赤で文様が入っている。
「リトルスパイダー……? ということは」
切迫した様子でニナが周囲を見回す。メガネの縁をしっかりと固定し、右を見、左を見、最終的にその琥珀色の瞳を上空に向けた所でピタリと止まった。正午を過ぎ傾いた太陽の下で何かが飛んでいる。エオリア、ではない。ネズミも裸足で逃げ出しそうな喧噪の中、エオリア達は相変わらず空を浮遊したり、逃げ惑う人間の真似をしたりと呑気だが、ニナが目を付けた影とは明らかに形が異なる。船、それも、大型の空飛ぶ船。
「戦艦……? あたし達が乗って来たの、じゃ、ないよね?」
「違うっす。同じ戦闘巡洋艦っすけど、あれはルキノ。ストラトスよりも少し小さいっす。……うちらより早く〈バイオ〉を出発したはずなのに、どうして……」
「どうも乗っ取られとるようだな」
店内の商品なのだろう。値札ウインドウが開いたままの双眼鏡で戦艦を見上げ、錆びた声で店主が割り込んだ。
「外壁にデカイのが張り付いてやがる。卵も少し残ってるな」
「貸してっす!」
言うが否や、ニナは店主から双眼鏡を取り上げた。貸借というよりは殆どひったくりだ。
その時、ニナの胸元から小さく音楽が流れ、ニナは慣れた手つきで音源と思われるものを取り出した。ボールペンに似たスティックが二つ折りにされたものだ。ニナは折れたそれを伸ばし一本にすると、軽くボタンを押した。
『ニナか?』
ヴィクスだ。どうやらこれが〈ノウア〉の携帯電話らしい。
『無事か? そっちはどうなってる? マイとシュリはどうした!?』
会話はオープンにされていて、シュリ達にも彼の声がはっきりと聞こえた。
「今、リトルスパイダーに襲われたところをマイに助けてもらったばっかりっすよ。そっちこそどうなってるんっすか?」
『どうもこうもねえよ。
見学ツアーは中止、見学客は近くの避難所に誘導中だ。タイミングいいのか悪いのか、女王がエルグランド視察に来ててエスの連中が出張ってやがる。
だからって軍人がモンスにびびって逃げるわけもいかねえだろ。せっせと仕事中だよ』
声の合間に三好や四道の掛け声が聞こえる。どうやらあちらはあちらで交戦中のようだ。
となると、この蜘蛛は町中に散布されたのだろうか。あの空飛ぶ戦艦から?
「今、屋内っすか?」
『いや外だ』
「なら上を見るっす。そこからなら十時の方向」
少しだけ間が空いた。
『ルキノ? とっくに帰ったんじゃなかったのか?』
「外壁にクイーンがついてるっす。あれを落とさない限り卵はどんどん生まれるっすよ」
『面倒くさいな、まったく……。しょうがねえ。セラフィムに掛け合って援護頼もう。致命的なダメージを与えれば制御装置が働いて町の外に不時着するはずだ。そこを叩く』
巧くいけばクイーンにもダメージ喰らわせられるはずだ。
『マイ、シュリ、居るか?』
「あ、はい!」
「うん」
『人手が要る。お前らも手伝ってくれ。町中のリトルを潰しながら合流する。場所は――ニナ』
「はいっす」
『誘導は任せる。オペレーターだろ? 仕事しろよ?』
「勿論っす」
にんまり、と、ニナの口の端が大きく弧を描いた。
「〈ノウア〉なら、地図ナシでも排水管の中まで案内出来るっすよ」
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