05 旅は道連れ世は情け
三好と四道の諍いを聞きつけてオオカミもどきことテイルファングが二匹現れたが、あっという間にヴィクスの大剣に切り捨てられ、辺りは再び静寂に包まれた。
遠くでフクロウの鳴く声が聞こえる。
ほんの少し前まで、日本の隅の高校の教室に居た筈なのに、なんて遠い所まで来てしまったんだと、シュリは郷愁に似た感慨を覚えた。
「さて、とりあえずその装備をどうにかしねえとな」
言って、ヴィクスとライトは手持ちの装備から余っている物を選び、各自に与えた。
三好に宛がわれたのは折り畳み式の両手剣で、シンプルな外見に反して重量のある剣だった。軍から支給された正規品らしいが、ヴィクスは一度も使ったことがないらしく、刃こぼれ一つしていない。
オレの相棒はこいつだからな、と、ヴィクスは背負っている大剣を目配せで示した。
「重っ……」
ヴィクスから剣を受け取り、三好が歯を食いしばる。
「重いのはそのうち慣れる。いいか、その重さを利用して剣を振るんだ。振り回されている内はロクにダメージ与えられないからな。えーと、なんだっけか……ナントカの法則――」
「「慣性の法則」」
「おお、それそれ」
ライトと四道の指摘に、ヴィクスはぽんと手を打った。
「そいつを意識しろ。要は、剣の動きを邪魔せず、剣を振れってことだ」
「動きを邪魔せず振る……?」
剣を見つめ、三好が眉を寄せる。明らかにヴィクスの言っている事を理解していない顔だったが、ヴィクスはそれ以上言い足さず、「頑張れよ」と三好の肩を叩いた。
これ以上の説明は不要。後は体で覚えろ、と言ったところか。
次に武器を与えられたのは勿論四道だった。彼にはライト少年が使っていたライフルの形をした銃が与えられる。
「こいつはキューブを持ってる奴専用の銃だ。実弾は使わない。使うのはキューブの力、お前の意志だ」
「ええ?」
訳が分からないと四道が呟く。
彼にしてみれば、原理も知れないキューブの力を利用するより実弾を使った方がよっぽど対処しやすいのだろう。しかし残念ながら荷物のかさ張る実弾式銃を二人は持っておらず、残りは剣などの超接近型武器のみで、中距離・遠距離型の武器はこれだけしかない。他に選択肢もなく、彼は渋々それを受け取った。
「使い方はライトに聞け。オレよりよっぽど詳しい。さて――あとは嬢ちゃん達だな」
二の宮とシュリを交互に見つめ、ヴィクスは両手を腰に当てる。角ばった男性らしい骨盤の双方からスイ、と何かを抜くと、器用にくるりと一回転させ、二人の目の前に突き出した。
シュリには、流線を描くショートダガー。二の宮も同じく短剣だが、その刀身は驚くほど細い。長さが及ばないが、どちらかというとレイピアに近いのではないだろうか。
「ちゃんとした武器をやりたいが、今は持ち合わせがねえ。これで我慢してくれ」
受け取るのにひととき逡巡したものの、躊躇は一瞬。差し出された柄を握るとヴィクスが手を引き、ずしり、と重くなった。
三好の大きな両手剣には遠く及ばないだろうが、このショートダガーも外見に反して十分に重量がある。片手で持てるし、振りまわせるものの、しっかり握っていないと落としてしまいそうだ。
「あたし達も戦うの? クリスタルキューブなんて持ってないよ?」
シュリと同じくおずおずと剣を受け取った二の宮が、上目遣いにヴィクスを見上げると、
「分かってる、こいつは護身用だ。――いいか、この辺りはキューブを持っていない奴には危ねえんだ。一応、護身用に剣はやるが、だからってお前たちは絶対にバトルに参加するんじゃねえぞ。万が一攻撃受けたりしたらこいつで回復して、危険地帯を離脱しろ」
そう言って渡されたのはどこからどう見てもビー玉にしか見えない硬そうな珠だった。中に何か液体が入っている。月下のため少々変色しているが、あまり美味しそうな色ではない。
「これなあに?」
「回復用のポーションだよ」
「……美味しくなさそう」
シュリと同じ感想を二の宮が呟く。実際美味ではないらしく、ヴィクスは「我慢しろ」と力強く言った。……どうやら美味しくないのではなく、まずい、らしい。
「なに、安心しろ。もう少し先にオレ達の仲間が待ってる。そこから先は一気に脱出出来るから、それまで頑張れや」
厳つい顔を崩し、ヴィクスが二カッと笑い、転じて表情に無を落とし、ライト少年へと目を向けた。よくよく顔の変わる男だ。
「――ライト、行き先は?」
「あっち」
ライト少年が指差した方向は、月光ですら払いきれない暗澹とした闇に包まれていた。幸い足元の明るさは確保されており、ここから見るに森の中とは思えないほど平坦な道が続いているが、先行きは全く不透明でとても安全とは言い難い。そもそもモンスターなどが徘徊している時点で危険度が低いはずもない。
「……ホントに合ってるのかよ」
「ああ、オレは落っことしたが、ライトはインカムでオペレーターと連絡取り合ってるから、方向は間違ってねえよ」
三好の問いに頷くヴィクスに、シュリは小さな引っかかりを覚える。「方向」は間違っていない――では、方向以外は間違っているのだろうか。
しかしシュリは抱く疑問を口に出すことはなかった。機会があればいずれ判るだろう。
「さて行くか。……っと、その前に、自己紹介がまだだったな。――オレはヴィクス。政府直属軍の《ブルーコート》に所属してる。間違ってもサー・ヴィクスとか、ヴィクスさんとか呼ぶんじゃねえぞ。オレそういうの鳥肌が立っちまうんだ。軍の中ならしゃーねーけど、お前らは軍属じゃねえし。ヴィクス、でいいからな」
さん付で呼ぶなよとヴィクスは再度厳命した。
「んで、あっちがライト。オレと同じ《ブルー》の所属だ。この間、上等兵に昇進したばっかなんだ」
「ヴィクス、一言余計だよ」
「いいじゃねえか。実力でもぎ取ったんだろ。胸張れって」
屈託の無い笑顔でヴィクスが親指を立てる。
異世界の軍隊とはいえ、入隊にはそれなりに年齢制限が設けられているはずだ。ライト少年はおそらく十五歳前後。となると、入隊して一、二年程度だろう。常識に当てはめるなら、一等兵がいいところだが、彼はそれを一つ昇進した上等兵だという。どんな功績を残しているかは分からないが、軍人として彼がそれなりに優秀なのはシュリにも推察出来た。
「で、そっちは?」
「三好仁義」
「ミヨシ・サネトモ? 変わった名前だな。ミヨシ、でいいか?」
「ああ、そうか」
名前と名字反対になるんだっけ、なんてベタな。
と、三好は自己紹介を改めた。
「サネトモが名前。でもみんなジンって呼ぶから、そっちのがいいな。慣れてるし」
「ジン、だな。オーケー。……んで、そっちの坊主は?」
坊主と呼称された四道は、ややムッとした表情で手短に答えた。
「鷹嘴・四道」
「タカシ。……じゃあ、タカか」
「は!?」
勝手に省略され四道は目を瞠る。だがヴィクスは気にも留めず、自己紹介の先を促した。
「ほら次。そっちのお嬢さんは?」
「あたしは二の宮苺。マイ、だよ」
「マイか、可愛い名前じゃねえか」
「えへへー」
口の達者な男だ。
「んで、そっちの嬢ちゃんは?」
二の宮の「お嬢さん」よりやや格下扱いされているような感じが気に障ったが、シュリは特に言及せず名前だけを口に乗せた。
「朱里」
「一木さんってそんな名前だったんだね」
「あたしも初めて聞いたかも」
「っつーか、オレ名字すら知らねえし」
……まあ、分かりきった結果だった。
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