星の器
大塚 はくしゅん
0.約束
だだっ広い施設の庭には、大きく分けて3つのエリアがあった。
菜園エリアには季節の野菜が育てられていて、収穫されたものはその日の夕食に出された。私は野菜が嫌いだったので、大人達の目を盗んで、仲が良かった3つ下の4人の子達に食べて貰っていた。
森林エリアには沢山の木があって、雑草も好き放題に伸びているものだから、大人達は滅多に入ってこなかった。この閉鎖された施設の中では、秘密を隠すには持って来いの場所で、3年前に巣立っていった先輩から『秘密』を受け継いで、私も最近になってそれを3つ下の彼に引き継いだ。普通に暮らす分にはあんなものは必要ないから、私と感性が1番近い、3つ下の不良少年な彼に引き継ぐのが1番だって思った。
遊び場エリアには整備された芝生が生い茂っていて、中央には大きな捻れ木が植えられていた。本が好きな3つ下の彼女は、芝生の上に寝そべって本を読む事が稀にあった。本が日焼けするのを気にしていたようだけど、ずっと部屋の中で読書をするのも気が滅入るので、捻れ木を日傘代わりにして読書をするのだそうだ。私は本を読むとどうにも眠くなってしまうので、彼女の読書に付き合うことはなかったけれど、彼女と相部屋の、癖毛が目印の女の子は、本好きな彼女から1冊本を借りて、眉間にしわを寄せながら一緒に芝生の上で寝っ転がって読書をしていたものだ。
あの日は、2人の他に秘密を引き継いだ彼と、もう1人女の子が捻れ木の下にいた。私も彼らの輪の中に入って、こう言ったんだ。
「ねえ、君達。大人になるって、どういうことだと思う?」
あれから1ヶ月。
私は、死にかけていた。
生まれ持った性を変えられなくて、たった1つの望みにかけて施設を抜け出して、そして失敗した。
弱々しい吐息が口から零れる。力を入れたって指先はピクリとも動かせない。ただ意識だけが、朦朧と生きている状態だった。
後悔はしてない。これは、自分で選んだ道だったから。だけど、こんなに惨めな姿を大好きなセンセに視られたくはなかった。
「ああ、死なないでくれ。御星よ、こんな事あって良い筈がない」
センセは大粒の涙を流しながら、私を強く抱きしめている。こんな所まで家出中の不良少女を探しに来てくれるなんて、センセはちょっと人が良すぎる。大丈夫だよって抱き返してあげたいけれど、もうそんな力は残っていない。
ようやく、私の意識は暖かな陽だまりに誘われる。
『貴方がどんなに無色透明でも、私が幸せにしてみせる。貴方は、私の最初の希望なんだから』
何のことはない。人生の最後に思い浮かべたのは、3年前に結んだ、親友との約束だった。
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