戦え! 魔法少女ロボ・サンゲイザー

烏屋マイニ

第1話 ロボット掃除機

 いけるか?

 竹田たけだ章太郎しょうたろうは、眼前にそびえ立つを見上げ、自身の心に湧いた迷いと、懸命に戦っていた。

 一体の、巨大人型ロボットがあった。

 頭のてっぺんが、かたわらにある三階建てビルの、屋上の辺りにあるから、その体高は、おそらく一〇メートルにあまる。

 章太郎は、ごく普通の高校一年生の男子だ。

 リモコン一つで巨大ロボットを操る半ズボン少年に名前は似ていても、十六歳になる今まで、スーパーロボットと現実に関わり合った経験はない。巨大ロボットは、アニメやゲームなど、空想上の存在でしかないからだ。

 それが今、目の前にあった。

 ただし、一般的に考えられる巨大ロボとは、いささか様相が異なる。

 カラーリングはピンクを基調とし、体形は華奢な少女のよう。ミサイルポッドも兼ねるスカートは、広がる花びらを思わせ、各所に大きなリボンが飾られている。頭部のツインテールは、レーダーの類か。顔には、アーモンド形をした緑に輝く二つの大きなカメラアイがあるのみで、鼻や口はない。

 章太郎は、ロボ娘が大好物だった。

 特に、少女の外形をしながら、ほとんどメカと言うタイプに目がない。その意味では、まさに彼の嗜好を刺激してあまりある造形ではあるが、いささか巨大すぎる。

 果たしてこれを、どんな気持ちで受け止めれば良いのか。ただ、あえて言えば、可愛らしいロボ娘をローアングルから眺める背徳感は、ちょっとクセになる。

「どうだ、章太郎。行けるか?」

 少年の足元から、そう問うものがあった。それも、やはりロボ。ただし、こちらの身長は一メートル弱で、大まかに人型ではあるが、切り分けたバウムクーヘンを、繋ぎ合わせたような形態をしている。可愛らしい少女の声を発していても、見た目はかなりメカっぽい。

 一概に、ロボ娘好きと言っても、そこには様々な類型がある。ほとんど人間と見た目が変わらないタイプを好む者あれば、よりメカ度が高い方を好いと感じる者もいる。章太郎が、いまだたどり着けていない境地にある覚者であれば、このようなロボも嗜好の対象となるのやも知れぬ。

「大丈夫。じゅうぶんムラムラする」

「いや。君の性的嗜好に、適うか否かを問うているわけではない」

 小型ロボの声音は、戸惑い半分、苛立ち半分と言った感じだった。

「この機械に乗って、戦う準備はできているのかと聞いている」

 章太郎は頷いた。覚悟なら、とっくにできている。

「了解した」

 小型ロボは、章太郎の足元で、くるりとトンボを切った。空中で変形し、地面へ降り立った時には、円盤型のロボット掃除機のような姿になっていた。

 ロボット掃除機は言った。

「では、行こう。我々の、愛するものを守るために」


  *


 章太郎は、いわゆる帰宅部だった。

 放課後、スポーツやら文化的な活動やらに勤しむ友人たちを、いくらかは羨ましく思うこともあるが、生憎と章太郎が通う高校には、彼の興味を引くような部活動が存在しなかった。

 加えて章太郎は、母の友人が経営するアパートの一室を借りて、一人暮らしをしている。そこでの自由を投げ打って、学校に拘束される時間を増やすのは、いささかナンセンスに思えるのだ。

 ともかく、その日の章太郎はいつもの帰路にあった。通学路の途中にあるショッピングモールで、本屋とおもちゃ屋のプラモコーナーを覗いてから、一階の食品売り場で夕食の材料を買い込む。そして、自宅のアパートまで、もう間もなくと言うところで、彼は足を止めた。

 道の真ん中に、奇妙な物体が落ちていた。大きさは直径五〇センチほどで、ステンレス様の金属光沢を放つ、円盤型。ロボット掃除機に酷似しているが、章太郎の記憶にあるそれよりも、一回り大きい。

「そこの少年」と、掃除機は言った。

 威厳たっぷりの司令官的な声だった。これが掃除機ではなくトレーラーだったなら、変形して人型ロボットになりそうである。

 章太郎は、学生鞄とレジ袋を持つ手を交換した。今日は木曜日。週に一度の安売りの日なので、ちょっと多目に食材を買い込んでしまったのだ。レジ袋の持ち手は、重量があると、手の平に食い込むきらいがある。手に負担の掛からない、マイバッグなどを手に入れる頃合いかもしれない。サッカー台で商品を詰め替えるのも面倒なので、買い物かごに被せて、そのまま持ち帰れるタイプのものが理想だ。帰ったら、ネットショップで何か探してみようと心に決め、喋る掃除機の脇を通り過ぎる。

「待ってくれ。少々、困っているのだ。君の助けが欲しい」

 面倒なことに巻き込まれそうな予感をひしひしと覚えるが、掃除機とは言え困っているロボットを、放っておくのも忍びない。

「なに?」

「エネルギーが不足して動けない。マンガン電池一個でも構わないから、電気を分けてくれないか?」

 電池一個で足りるとは、ずいぶん省電力だ。

 章太郎はレジ袋を地面に置き、学生鞄の中から、モバイルバッテリーを取り出した。「USBで大丈夫?」

「問題ない。上に置いてもらえれば、あとは勝手にやる」

 言われた通りモバイルバッテリーを置くと、掃除機の上にぱかりと口が開き、それは中に飲み込まれた。

 一分ほどが経過する。

 不意に、掃除機がくるりと回転した。次いで、様子を確かめるように、右へ左へと移動する。

「動く、動くぞ。少年、感謝する!」

「いいから、バッテリー返して」

「おお、そうだった」

 掃除機は、バッテリーをぺっと吐き出した。拾い上げてボタンを押し、残量を確認すると、空っぽになっていた。

「少年よ。この恩に報いたいのだが、何か望みはあるか?」

「章太郎」

「ん?」

 掃除機は、真ん中にあるLEDランプをピコっと点滅させた。

「少年じゃなくて、章太郎。僕の名前」

「了解した、章太郎。私はサンビームだ」

 商品名だろうか。

「それで、君は何を望む?」

 何をと問われても、果してこの円盤に、何が出来ると言うのか。

 ふと思いつく。

「とりあえず、可愛い女の子の声に設定変更して」

「了解した。これでどうだ?」

 ロリっぽい声。かなり好みだ。

「いいね」

「気に入ってもらえて何よりだ。他には無いか。遠慮なく言ってくれ」

 サービス精神が旺盛である。

「えーと。それじゃあ、部屋の掃除をお願いしようかな」

 ロボット掃除機なのだから、それが順当なところだろう。

「お安い御用だ。では、君の住居に案内してくれ」

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