後編 其の七



―8月8日(日)夜11時過ぎ―


―千代田区 北の丸公園内千鳥ヶ淵付近―



トシ「くそッ…! 何処に行ったッ…?!」


吐き捨てながらも周囲を見回す。


街灯も少ないモミジ林では、対象を探すのも困難を極める。


???『コッチ…』


何処からか声が響く。


優しい囁きで。


トシ「?! ソッチかッ!? …!!」


声のした木の上に眼を向けると、そこには薄らと光る緑色の長い髪をした豊満な女が、全裸で枝の上に座っている。


トシ「なッ…! どうしてッ…!?」


憖(なまじ)人の体躯で現れた事により女性を意識してしまい、生真面目なトシは気恥ずかしさでその姿から眼を背ける。


それを見逃さなかったのか、ルサルカは人では有り得ない程に口元を歪ませ、ぶら下がるかの様に身体を落とし、首を含めた体躯を伸ばしてトシに襲い掛かった。


??「何やってるのッ!」


その言葉と共に上空から現れたスズが、トシに迫り来る四肢を、手にした独鈷鈴の刃部分で斬り裂いた。


ボタボタと落下した四肢とルサルカの悲鳴、そして独鈷鈴の鈴の音が同時に周囲に響く。


スズ「何やってるの!? 気が緩んでるよ!」


その不甲斐なさに言葉がキツくなる。


トシ「…済まん、スズ…」


この為体(ていたらく)に、不甲斐なくて眼を合わせられない。


しかも寸前の裸体を意識してしまい、スズを視る事すらも。


トシ「…ソッチは片付いたのか?」


気不味さを悟られない様に話題を変える。


スズ「当然 六本足の角が生えた物凄いキモイ蛙みたいなのだったけど…眼に付いたのは全部燃やした」


視線を全く逸らさずに答える。


トシ「ああ…確かブカヴァク…だったか」


視線を目前のルサルカに戻しながら、気不味さを誤魔化す為に答えられる言葉を直ぐ返す。


…一瞬視たスズの髪は、更に黒くなっていた。


恐らく、巫女の力も相当弱くなっているんだろう。


だから、格闘術を使っている…独鈷鈴なんて持ち出して…慣れない事をして…


お互い、追い詰められているのだな―改めてそう認識した。


苦しみ叫ぶルサルカの声は悲鳴にも似た、助けを請うようでもあった。


スズ「いくよ…!」


トシ「ああ…! …ン?」


お互いに構えながら意志を確かめ合うが、視線の先にあるルサルカの木の枝から、複数のルサルカが生える様に現れる。


そして視線を落とすと、周囲にはブカヴァクが数十体現れており、自分達を取り囲んでいた。


トシ「!…あの叫び…!」


スズ「仲間を呼んでた…!」


反撃のチャンスかと思いきや、一転窮地に陥れられてしまい、緊張で全身が強張る。


流石に数が多過ぎる。


木の上からはルサルカのクスクスといった笑い声が聞こえ、足下のブカヴァクはじりじりと距離を詰めてきている。


「ゲェェェェェェェエエエェ!!!」


不気味な叫び声と共に、数体のブカヴァクが飛び掛かってきた。


トシ「クソッ! 数が多いッ!」


言いながら、咒符を飛び掛かってくるブカヴァクに投げつける。


トシ「ナウマク・サマンダボダナン・エンマヤ・ソワカ(遍く諸仏に帰命致します 特に焔魔天に帰命して奉る)!」


唱え終わると同時に、投げ付けた咒符が光り輝く業炎へと変わり、目前のブカヴァクを空気の抜ける様な音を発せさせながら消滅させた。


直ぐ様後方へと百八十度向き直り、咒符を取り出し、構える。


そこで視界に入ったのは、四十cmを越える数体のブカヴァクに乗り掛かられ、その内の一匹に六本の腕で首を絞められ、苦しんでいるスズの姿だった。


トシ「いッ…! すっ… スズッ…!」


一瞬動揺し、スズへ近寄ろうとする。


スズ「いらないっ…!」


苦しみながらそう大声で言い放つと、独鈷鈴でブカヴァクの喉元を思い切り突き刺し、抉る様にしながら振るい落とす。


ブカヴァクは声に成らない声を出しながら絶命し、噴き出した血がスズの顔から首元へ落ち、巫女服を汚した。


トシ「ッ…わかったッ…」


その気迫に歩みを止め、周囲の状況へと眼を向ける。


トシ「とはいえ…ッ!」


数が多過ぎる。


スズに纏わり付いているブカヴァクは残っている。


どうするか…ッ!


??「しゃがんで下さいッ!」


考えあぐねいている所に、声が響く。


反射的に身を屈めると、轟音と共に周囲を炎が包む。


そこには、赤い両刃の大剣を構えた竜尾鬼が立っていた。


慣れない炎に驚いたブカヴァクは、その場から後方へと飛び退き、ルサルカも萎縮するかの様に伸ばした体躯を木の枝へと戻している。


竜尾鬼「良いですか? 今から僕がこの周囲を焼き払います!」


スズ「え?!」


トシ「なに!?」


言うや否や、返答を聞かずに竜尾鬼はその大剣を振るい始める。


トシ「離れろ! スズッ!」


その言葉と共に二人は後方へと大きく跳躍した。


竜尾鬼は右手に持った炎を纏う大剣を左から右へと頭上を通して円を描く様に振り回し、正面に来たら思い切り上部へと振りかぶった。


竜尾鬼「せぇぇぇぇッ!!」


掛け声と共に振り下ろすと、振り回した軌跡に業炎が現れ、周囲のルサルカやブカヴァク共を焼き尽くした。

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