後編 其の四
四
―8月1日(日)夜11時過ぎ―
―新宿区 新宿御苑通り新宿門付近―
腰の後ろに隠してある"陰"と"陽"を高速で引き抜いて、目前の"敵意"を放つ存在に両手のトリガーを引いた。
バレルは街中用でショートに変更し、弾丸はいつものフレンジブル(粉末)弾ではない、メタルジャケット(金属)に変更している。
いつもと違う自衛の為の装備。
知らず笑みで顔が歪む。
暗闇の中、掻き消されていくけたたましい蝉の鳴き声に次いで現れた轟音と共にマズルファイアで照らされた先には、一瞬映る黒髪ロングで同じく黒のレース入りキャミソールを着た、暗めで細身の女。
!―この女―?!
以前依頼の電話が来た時に闇サイトのリストに載っていた女―確か能力は…
そんな事を思考する最中、放たれた銃弾がその女に当たる。
…と思いきや、目前で何かが揺らめいたかと思うと、激しい跳弾の音と火花が散った。
黒い男「何?!」
二発の弾丸はその女を避けてアスファルトにめり込む。
黒い男「!…"糸"か?!」
口遊(ずさ)みつつ足は止めず、前方に跳躍すると横に回転し、右後ろ回し蹴りを空中で放つ。
遠心力を用いた強力な回し蹴りを鳩尾(みぞおち)辺りに思い切り打ち込んだ。
が、矢張り目前の視得ないナニカに打(ぶ)つかり止められる。
も、その視得ない"ナニカ"をしようという悪寒を感じ、打ち込んだその足を軸にして体勢を変えて、蹴り上げる様に後方へ宙返りをし、その悪寒から更に距離を取る。
黒い男「…お前…あのリストにあった傀儡師か…?」
その言葉を投げ掛けたと同時に、向けられる敵意の量が増す。
女「…」
女の手元が微かに動いたかと思うと、眼に視えない複数のナニカが殺気と共に周囲を覆う。
黒い男「…そうかよ…!」
一人で答えつつ、いつの間にか背中の太刀袋から抜いた刀を、十字に振るった。
カキッという硬質な音をさせつつ確かな衝撃が刀に伝わる。
すると、アスファルトに何かが落ちた様だが、この暗闇ではよく解らない。
女「!…」
女が攻撃を止め、闇に溶け込む様に後退する。
黒い男「! 待っ!」
冷静な声『証拠は得た 十分だ…!』
耳のイヤホンからエージェントAの声が聞こえ、踏み止まる。
黒い男「…そうですか」
エージェントA『地面を確認して、先程斬り落としたものを回収してくれ』
刀を背中の鞘にしまい、屈み込んで地面を確認する。
黒い男「…コレですね」
落ちている糸を指で摘まんで胸部に付けたCCDに、掲げる様に見せる。
エージェントA『…その様だな 矢張り、非合法(イリーガル)な術士を雇っている 彼女は"殺人"により資格(ライセンス)を得られていない』
黒い男「そうですか…逃がしちまいましたケドね…」
残念そうに呟く。
エージェントA『構わない 重要なのは、襲いかかったという証拠だ 協会本部長からの術士による殺人教唆…素人の呪い屋とは違う 本物の術士による、な』
黒い男「…あの引き際…潔いんで解りますよ…何人もヤッてる…」
静かだった周囲が、無くなった敵意と共に、蝉の鳴き声に包まれる
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