中編 其の十八
十八
―4月27日(火)夜0時16分―
―あきる野市 秋川渓谷 嘉手名別邸地下ワインセラー―
頭上を飛ぶ、光り輝く八咫烏に導かれながら、クリフは階段を降りた。
灯りも無く静寂が支配する中、八咫烏は迷うこと無く、降りた階段から対角線上に在る角のワイン棚へと向かう。
掌の上に喚起された獅子紳士も、八咫烏の降りたワイン棚を指差した。
クリフ「よし…」
そう言うと獅子紳士を送還し、再びビレフォールを呼び出す。
呼び出されたビレフォールはニヤつく顔と共に八咫烏の停まるワイン棚に手を擦り込ませると、クリフに耳打ちをした。
クリフ「!… ずらす? ワイン棚を…?」
その言葉にビレフォールはニヤニヤしながら頷く。
見た限り数十本のワインが棚には保管されており、優に数十㎏は越えているだろう。
自分に出来るか?
そう思いながら、棚を物理的に動きそうな手前に引っ張る。
が、壁は一向に動こうともしない。
クリフ「ッ…! shit(クソ)…」
ビクともせずに力が抜け、寄り掛かると、ビレフォールが手を擦り込ませる。
すると、木棚が奥面にズレて入り込み、右側へスライドした。
クリフ「な…! これは… !」
そこまで言って左掌に視線を落とすと、ビレフォールは笑いを堪える様に口元を押さえ、クックックと声を上げていた。
コイツのこういうところが好きでは無い。
所轄、悪魔であるから、こういったイタズラ的な事をして貶めてくるのだが、このタイミングでされると流石に腹が立つ。
クリフ「Exorcizamus te, omnis immundus spiritus(すべての汚れた霊よ おまえを我々は追い払う)…」
そこまで悪魔払いの御言葉を聴くと、ビレフォールは慌て出す。
それで少しスッとしたか、左掌のビレフォールを送還する。
その隠し扉の奥からは光が漏れていた。
警戒しながら中に入ってみると、洋飾の豪華な一本道の廊下だった。
―4月27日(火)夜0時19分―
―あきる野市 秋川渓谷 嘉手名別邸地下隠し通路―
光はあったが薄暗く、壁に掛けられた蝋燭台イミテーションからの光だった。
床は豪華そうな装飾の赤い絨毯。
それ以外にも左側の壁には大きな絵画が一枚飾ってあった。
そこに書かれている文字があり、クリフは近付いて見てみる。
クリフ「D'o(我々は)… venons-nous(どこから来たのか)? …Que sommes-nous(我々は何者か)? Oùallons-nous(我々はどこへ行くのか)…?」
小声で口に出す。
フランス語は昔、魔術書の一環で少し習った。
しかし、美術は疎い。
この絵がなんなのかまでは解らない。
だが、美術の授業か、歴史で習った気がする。
思い出せないが、それよりも疑問が湧いて口に出てしまう。
クリフ「…? なんで…?」
何故か、この絵がこの場に合わない―違和感を感じたからだった。
その違和感を抱いたまま、今度は右側にある、その場に似付かわしくない大きな金属製のドアに眼を向ける。
そのドアはまるでこの装飾の通路に合っておらず、クリフからして、耐火扉か核シェルターの扉の様に見えた。
扉に触れてみるも取っ手も無く、開け方が解らない。
またヴィレフォールに開けてもらおうかとも思ったが、さっきの笑った顔がムカついたのと、黒い男が降りた側の部屋だろうという事を考えて、取り敢えずその通路の先に在る扉へと足を進めた。
全部勝手にやったら何を言われるか判ったもんじゃない。
そこまでを学習していた。
再び警戒しながらも、意識をその通路の奥に在る扉へと向け、足を進める。
漆塗りの豪華そうな木製のドアの取っ手に手を掛け、ゆっくり回しながら押す。
クリフ「!…」
鍵は掛かっていないのか、ユックリと音も無く開く。
―4月27日(火)夜0時21分―
―あきる野市 秋川渓谷 嘉手名別邸地下隠しダイニング―
??「いらっしゃい」
開けると同時に、その声がかけられた。
一瞬緊張し、警戒体勢に移行する。
??「そんなところにいないで、入って来なさい」
そう言われ、ユックリと室内に足を踏み入れる。
ここまで侵入に対して緊張の無い声を掛けられたら、向こうは対策しているに違いない。
なら、隠れても、攻撃しようとしても仕方ない。
相手の先手に対する防御を第一に考えるべきだ。
その思考と共に、声の方へ顔を向ける。
室内は薄暗く、廊下と変わらない豪華な装飾を施されたダイニングだった。
長机があり、その上には蝋燭の灯された燭台(メノラー)が等間隔で数台、そして豪華そうな料理が並べられており、その先に一人、こちらと相対する様に椅子に座っていた。
クリフ「! …アナタ…!」
相対するその相手を視たクリフは、驚きが隠せなかった。
―4月27日(火)夜0時15分―
―あきる野市 秋川渓谷 嘉手名別邸地下一階―
その部屋は明るかった。
壁から覗き込む様に部屋を視る。
黒い男「! …ッ 最低だな…!」
軽く舌打ちをしてゆるりと部屋に足を踏み入れる。
そこには床全面がタイル張り、右手には巨大冷蔵庫、器具とシンク、そして一番眼について離れない、スライサーと作業台が在った。
黒い男「…加工場…!」
それが確信になり、手前のスライサー奥に在る扉に意識を向けた。
そして、直ぐに自分の隣に在る大型冷蔵庫の取っ手に手を掛ける。
そしてユックリと開いた。
黒い男「!! …コイツっ…!」
開いた扉の中を視て絶句する。
…食肉加工場そのものが何故此処に在るのか。
別邸へ来るまでの道程を視た限り動物は居なかった。
食に拘りが在るのに畜産はしていない。
それはおかしかった。
拘りが在るのに肉が無いなんて。
無論、ここまでしているだろうと予想はしていた。
…だが、解体まで自分でとは思っていなかった。
コレは悪趣味だ。
黒い男「!」
そして、更に奥に在るモノを視た時、心臓が一際大きく脈打った。
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