人 前編 其の四



夜10時55分過ぎ―


―港区芝、私立御厨中高等学校1階エントランス―



真美「茜ちゃん…無事だったの?」


茜「うん…まあね」


真美のその問いに答えながら沙耶に眼を落とす。


茜「大丈夫?沙耶」


その言葉に涙が溢れ、沙耶は茜に抱き付く。


沙耶「よかった!よかったよかったぁ! 茜ちゃんが無事でぇ!」


そう言いながら泣きじゃくる沙耶を茜は抱き締めた。


茜「当然だよ…幼馴染みだもん…」


そう言って茜も沙耶を抱き締める。


真美「よかったね…」


真美も心からそう述べる。


それは本心だった。


この地獄の様な意味不明な状況で、たった一つの希望…


真美「じゃ、はやく逃げよ…! ね?」


沙耶「そうだよ…早く逃げないと…」


茜「…ううん それはダメ」


その思ってもいなかった返答に、場が凍る。


真美「…え?」


沙耶「…ね? 茜ちゃん離してよ…逃げないと…」


茜「ダメ…沙耶は他の男になンか…手は出させないからァ…」


沙耶「なに言ってんの…? 茜ちゃ…!!」


しがみ付いて沙耶を離さない茜が顔を上げると、その顔は、あの百足に身体を浸食されたときの顔に戻っていた。


沙耶「ぃぃぁあああああああぁぁぁ!!!」


茜?「沙耶ァァ…アタしがすルノぉ…沙耶にィぃぃ…!!」


そう言うと茜の身体がメキメキと音を出し、関節部分が先程と同じ様に千切れ、伸びた。


沙耶「なっ…?? なんでっ…!?? あかねぢゃ…!!?」


沙耶はもう眼の前の事に何が何だか分からなくなってきていた。


??「捕まエたのォ…?」


そう言って暗闇から成実と屋本が現れた。


しかも周りには虚ろな視線の警備員が六人ほど。


真美「なっ…なんで…こんなこと…?」


恐怖でガチガチと歯を鳴らしながら、消え入る声で疑問を投げ掛ける。


屋本「単純さ 穢したいんだよ…この地を」


真美「…? なに…?」


言っている意味が全く理解出来なかった。


屋本「まぁ、どうでも良いさ 君達には特にね…」


興味が無さそうに淡々と述べる。


これがこの男の本質なのか?


そう思いながらも何処か何時もと雰囲気が違う目前の男から、視線が外せなかった。


この後に起きる事を想像して。


絶対的な終わり。


―死を。


屋本「―あぁ…因みに、"彼"…じゃないか、今は"彼女"だ…村元はね…梁本を穢すのは自分だって―…聞かないんだよ…ホント面倒だよね? 宿主に依存するっていう性質はさ…」


溜息を吐きながらそう述べるその数学教師の言葉は、真美にはさっぱり理解出来なかった。


意味さえ。


真美「なに言って…」


屋本「ま、気にしないで― 君にも直ぐその後、穢しが待ってるから…」


その興味が無い淡々とした言葉が逆にサラッとし過ぎていて、真美は恐怖を覚えた。


屋本「さ…じゃあ、始めよっか…」


その言葉と同時に指を鳴らすと、警備員が前に出て、真美と沙耶を取り囲んだ。


絶望が全てを包んだその状況で月明かりが照らす中、何かの影が動いた気がした。


??『ダチ連れて後ろに下がれ…!』


その声がエントランスに響いた。


沙耶にしがみ付いている茜の両腕が吹き飛んだのも、声と同時だった。


それを見た真美は、沙耶の手を引っ張って、背部の入り口まで急いで逃げる。


そんな中、突如上部天窓のガラスが大きな音と共に割れた。


そしてそれと共に破片の塊が、後ろ側に居た警備員二体に降り注ぎ、真っ二つに切り裂いた。


真美は状況が解らず、一瞬戸惑ってしまった自分を思い返す。


もしあのままあそこにいたら…


その恐怖が全身を駆け巡る。


そんな真美の思惑とは関係無く、目前のさっき自分が囲まれていた位置に、黒いコートを羽織った全身黒尽くめの男が、衝撃と硝子片共に、二人の目前に降り立った。

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