人 前編 其の三



―2月28日(土)夜10時30過ぎ―


―港区芝、私立御厨中高等学校中等部3―5内―



成実?「イいのォ~? 逃ガシて?」


屋本「構わない どうせ向かう場所は判っているから」


茜?「ネぇねェ先生ぇ…あのコの相手ヲすルノは私でいイでしょヲ…?」


屋本「構わないよ…というか、誰でも構わないんだけどね」


茜?「やっタぁァ…! 待ッてテね…私ノ沙耶ァ…」


その茜の言葉は恍惚としている様だった。




夜10時30分過ぎ―


―港区芝、私立御厨中高等学校中等部四階廊下~階段―



二人は走っていた。


それは無我夢中で。


ワケの解らないこの異質な状況から抜け出すべく必死で。


息も絶え絶えに後ろも振り返らず走り、階段まで来た。


さっき巡回で回っていた警備員に会えないかと期待を抱きながら。


真美「なんでっ…! 警備員の人がいないのっ…?!」


そう息も絶え絶えに愚痴りながら階段を下る。



沙耶「あかねちゃん…! なんでぇ…?! なんで…!」


沙耶は愚図り泣きながらも共に階段を下る。


だが、二つの答えは直ぐに出る事になる。


真美「?! わっ!」


そう言って、電灯が切れかかっているのか、明滅している踊り場で転けそうになる。


真美「気を付けて…! ここ…!!」


そう言って、踊り場で真美の足が止まる。


沙耶「えっ?! わっ!」


沙耶が足を滑らし、再び尻餅を着く。


沙耶「痛ぁ…」


電灯が激しく明滅する踊り場で、沙耶が手を床につくと、何かが付着した。


ワックスだろうか? そんな感触だった。


沙耶「!…ひ…!」


手に視線をやると、真っ赤に染まっていた。


真美は踊り場下り側の壁に打ちまけた様に飛び散った夥しい血の跡を視て、絶句していた。


ここは、先程警備員の足音がした辺りだった。


沙耶「ね…ねぇ…? コレ…夢じゃないよねぇ…?」


沙耶が引き攣った顔で真美の袖を力無く引っ張りながら聞く。


真美は余りの現実離れした出来事に、答える事も出来ずに固まった。


真美「逃げ…ないと…」


沙耶「…え?」


真美「夢でも…逃げないと…!」


沙耶「で…でも…どこに? あかねちゃんは…?」


真美「それでも…助けるにしてもまずは逃げなきゃ…!」


その振り絞った声が、沙耶に逃げる意味を齎す。


沙耶「! そ…そう…だよね…そうだよね…!」


そう言って、精一杯身体を動かす理由を絞り出し、希望を持って動こうとする。


それがどんなに、儚くとも。




夜10時45分過ぎ―


―港区芝、私立御厨中高等学校1階廊下=エントランス―



この御厨学校は、中高一貫の学校であり、百年以上続く歴史在る学校である。


元々は、伊勢神宮の荘園"飯倉御厨"が芝公園にあり、学校の名前である"御厨"は、そこから取られている。


学校は年代を経る毎に改築や立て直しが行われており、つい最近、2000年代になって、より近代的に改築が成された。


正面の玄関が吹き抜けになっており、エントランス上部に天窓が設置され、太陽光が入り口を照らす構造となっている。


出入り口は二重で、そこを抜けると下駄箱~エントランスになっており、中等部と高等部が左右で分けられ、左側が中等部エリア、右側が高等部エリアとなっていた。


学生は左右で分かれ、一階は理科室や科学室、二階から四階まで上に上がるにつれて学年も上がる様になっている。


それは中高一緒の構造で、校庭の運動場などの特別室は中高共有だった。


その灯りが消えた下駄箱に、真美と沙耶は息絶え絶えに走り込んでくる。


いつもの入り口に。


真美「!…っなんでっ…!」


真美が入って来たときとの違いに気付き、吐き出す様に言う。


沙耶「! なんで空いてないのぉっ…!!」


その沙耶の叫びは絶望を孕んでいた。


両手で施錠されたドアを叩く。


昨年あった渋谷での児童監禁事件以来、防犯が強化されていた。


ガラスも強化プラスチックで二重の入り口、破ったとしてももう一つドアが残っている。


そちらも閉められていたら終わりだった。


真美「窓!窓から出よう!」


沙耶「!うん…!」


そう言われ、沙耶も呼応してすぐ下駄箱を抜けて一階廊下に行こうとした。


だが、そこで人影が見えた。


一瞬屋本や成実達か?と身構えたが、暗闇の中眼をこらすと、それは見た事のある顔だった。


警備員の男性で、帰り際に何度か挨拶もした事がある人だった。


名前は覚えていないが、その瞬間二人は安堵し緊張が一瞬にして解けた。


そして、直ぐに助けを請う。


真美「あの! 警備員さん! 鍵を開けて下さい!」


沙耶「おねがい! 開けてください! 助けて!」


そう言って傍まで来て懇願する。


余りに不安だったのか、沙耶は、その170はある制服姿の男にしがみ付いた。


しかし、そこでまたも違和感に気付く。


男は何の反応も示さなかったのだ。


沙耶がふと恐る恐るゆっくりと視線を上げて顔を覗く。


すると沙耶の表情はみるみる変化しだした。


真美「?…沙耶ちゃん?」


その違和感に気付き、沙耶に声を掛ける。


その沙耶を見詰める警備員の眼球は中空だった。


そして、そこからは大小様々な百足が見詰める沙耶の顔に降り注いだ。


沙耶「!!!…ッ」


言葉に成らず、沙耶はゆっくりと後退りをした後、へたり込んだ。


沙耶「やぁっ…ゃああああぁぁぁ!!!!」


沙耶にとって地獄の様な光景で、頭を抑えながら頭(かぶり)を振りだす。


そしてその絶叫が、エントランスに響き渡った。


その状況を、真美は視ている事しか出来なかった。


そんな沙耶に警備員はゆるゆると近付いていく。


止めなくてはならない状況下でも、もうどうして良いか解らず、真美は動けなかった。


その警備員が沙耶に近付く中、突如として警備員の右側頭部に掃除用のモップがめり込み、横方向に吹っ飛んだ。


真美「…え?」


その真美の驚きと共にモップを振るった者に視線を凝らす。


沙耶「! やっぱり…!」


??「ダイジョブだった…?」


沙耶のその喜びの声と共に暗闇から声を掛けつつ出てきたのは、茜だった。

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