第九話

―午後6時半―


―神奈川県中部、アパート2階-



ネームプレートに名前は無い。


しょう?「さァ、入ってー」


そう言って、鍵を開け、先に入らせた。


橙の女「ッ…? 何…? この臭い…」


入ると、甘ったるい臭いに合わせ、不快な刺激臭がして鼻と口元を覆う。


中は真っ暗で電気も付いていなかった。


橙の女「どういう事っすか…? 話し合ってるって言っといて、誰の…」


そこまで言って、後ろから両手を結束バンドで拘束され、後ろから思い切り押された。


橙の女「うぁッ…!」


押されたのもあるが、足下に在った何かにぶつかり、体勢を崩して、前のめりで床に倒れ込んだ。


橙の女「ぁいつつつ…ちょっと! 他の子なんていないじゃない!」


しょう?「えェ…? 居るよォ…」


そう言いながら橙の女の足首にも結束バンドを巻いている。


橙の女「ちょッ…! 何言ってんの! そもそも暗くって視えないじゃない!」


床上で蠢きながら述べると、


しょう?「あぁ…そういうことォ…」


無感動にそう言って、橙の女を引き摺って居間まで来ると、手を離し、スタスタと歩いていって壁のスイッチに触れ、ライトを点けた。


何も無い部屋の真ん中には、クーラーボックスが積み上げられていた。


橙の女「まさか…!」


自分の心臓の鼓動が急に大きく聞こえてくる。


しょう?「ここォ…」


そう言って指を指した先には、青いクーラーボックスが在った。


動悸が激しい。


橙の女「そんな…!」


まさかこの数全部…!


しょう?「そうだよォ…ホラぁ…」


そう言って、一番上に積んであるクーラーボックスを開けて、こちらに見せてくる。


橙の女「な…!」


その中身は、たった1週間前に居なくなった女性の首だった。


それは生々しく、眼は完全に閉じられておず、箱の底には血が溜まっていた。


髪がざんばらになっており、それは物の様な乱雑さで扱われたのか、既に"人"ではなかった。


そこに対して不思議と嘔吐感は出てこなかった。


橙の女「なんでこんな非道い真似を…!」


憤りと怒り以前に、何故人が人にこんな真似が出来るのかという疑問が勝ったからだった。


しょう?「なんでぇ…? ん~…」


そんな事を全くありもしないという素振りでそう答え、頭を掻きながら上空を向いて、その様は悩んでいる様だった。


しょう?「だってェ…バレたくないしぃ…」


橙の女「…はァ?」


出てきた言葉は、余りにも普通だった。


何を言ってるんだ? この男。


人の命を奪っておいて。


しょう?「だってさァ? 世界が灰色なんだよ…陰鬱で嫌になる…」


橙の女「灰色…?」


唐突に何を言っているのか解らない。心が空虚という意味か。


しょう?「おれは楽して生きたいんだァ…それに皆死にたいって言ってるんだし、良いじゃない まァ、でも…本当に死にたがってた子なんていなかったけどねぇ…」


そう言って、積み上げられたクーラーボックスに座りながら語り出した。


しょう?「おれはさァ…普通に生きてきたんだよ…ホントにさァ…お父さんやお母さんや妹に合わせて…中学までね?

なのにさァ…お母さんと妹は出てっちゃったんだよ…何でだろうね? お父さんの仕事の問題でお金が無くなったって言ってさぁ…お父さんもお母さんも大好きだったのに…妹も なのにさァ…出て行くって… ああ…お金が大事なんだって、その時にハッキリ思ったよ…だから、楽をするには、これから一人で生きていくにはお金が要るんだって思ったんだ…哀しいけどね

それでね? 考えたんだ…じゃあ、お金を奪えば良いんじゃないかって…勿論、悪い事だって知ってるんだ でも…仕方ないよね? 世の中は理不尽だし…高校とかの頃、おれをハブって来た奴等と大差ないじゃない? 結局コレって? だから、それと同じ事を…そう、立場が入れ替わったんだよォ…」


空虚な眼で、表情を全く変えずに淡々と喋り続ける。


しかも、今日会ったばかりの人間に。


それは異質で不気味だった。


しょう?「おれには価値が無いからさ…でも死にたくないじゃない? だからその為にはお金が必要なんだよ…

だから女の人を誘ったんだぁ…だってさ?死にたくて死ぬんなら、その後のお金なんて気にしなくても良いじゃん?でもみんな死にたがらなかったんだよねぇ…8人全員さ?」


その言葉に息を呑んだ。


橙の女「…は? …8人…? じゃ、この部屋の箱って…!」


驚愕する。


眼前に在る箱は7つ。その数を超えている。


しょう?「あ~…違うよォ…男もいるから併せて9人 …あ、でも男も抵抗したかぁ…」


それもさらりと言った。


橙の女「なんてことを…!」


思っていた以上の数…倍以上だった。


その驚きを全く意に介さず、眼前の男は話を続ける。


しょう?「あー…でもさ? 死体の処理はめんどくさかったよねぇ…あれが一番面倒だった…時間食うしさァ…汚れるし…赤と灰色ってそんなに違いが解りにくいでしょ? だから本当に面倒…」


それはそれは心底面倒そうな語り口だった。


橙の女「そんな事をして…何も感じなかったの?!」


しょう?「えぇ…? 特に…だからめんどくさいなって…」


本当にそれ以外の感覚が無い様だった。


罪と知っていても感じていない…


しょう?「この首達だって邪魔だし… あぁ!女子高生の内蔵だって、ワザワザ遠くのゴミ処理施設に捨てに行ったんだから…」


橙の女「え…? それって…! 田んぼとか野原の多い…!」


しょう?「? そうだよぉ…ワザワザ色んな所に捨てに行ったんだぁ… 夜とかに 暗かったなぁー」


なんてことだ…あの場所集積場には、彼女達の内蔵もあったのだ…クー・シーがあそこを荒らした上に、その後符に戻してしまったから、気付けなかった…! 制服に気を取られて、他の物を探せなかった…!


自分のミス。


これに気付けていれば、被害者は減っていた…


その事実が、自分を苛んだ。


その顔を覗き込み、


しょう?「?どうしたの?死にたくなったの? お金をくれたらおれが殺して上げるよぉ?」


本気で解らないのか、そう聞いてくる。


それが、気持ちをささくれ立たせた。


橙の女「!…何故っ…私にこんな話をするっ…!」


しょう?「聞いて欲しいなって思って…」


橙の女「はァ?!」


思考が理解出来なかった。


しょう?「最初の彼女…その子だけおれに色々してくれたなぁ…お金も出してくれたし…殺さなければ良かったァ…そうすればお金に困らないし…」


橙の女「じゃ、なんで殺した!」


そう聞かれ、頭を捻る。


しょう?「あ~…なんか…SEXしたくなっちゃってさぁ お金も欲しかったし…それだけだよ?」


橙の女「狂ってる…!」


心底侮蔑を込め、怒りを込めた眼で告げる。


だが、そんな言葉に意を介さず、


しょう?「他のみんなもみ~んなそう… あ、でも、二回目以降は緊縛モノにハマっちゃってさぁ…睡眠薬飲ませた後にするのが良くって良くって…」


その最後の言葉には、その瞬間を思い出したか、恍惚感が籠もっていた。


橙の女「くっ…!」


横たわりながらもこの後の事を想像して嫌悪感が走る。


しかし、その言葉の中の睡眠薬という言葉が、一番緊張感を持たせた。


もし飲まされたら終わりだ…この男はそれをする…!


しょう?「キミには代わりになってもらいたいけど…無理だよねぇ…警察の人だし…流石にバレちゃうよなぁ…」


そう言って、空虚な眼でこちらを見詰めて吐き捨てる様に言う。


なんとかスカート右の隠しポケットに入ってる符を使ってクー・シーを召喚しなければ…


橙の女「そうね…! 警察関係に手を出したら重罪だし…! それに、更に手を掛けたってなったら…酌量の余地は無くなる…!」


視線を逸らさずにもぞもぞと動きながら、目線の高さを合わす為に膝立ちで起き上がる。


しょう?「そうかぁ…でも、逆に言えば、キミを生かせば酌量してもらえるって事?」


橙の女「それは無理かな? だって…あたしは警察関係者じゃない…!」


しょう?「えぇ? そうなの…?」


橙の女「あたしはただの協力者だから!」


そう言って、起き上がる際にズラしたスカートのポケットから取り出した符を横に投げ、右手で刀印を結んで唱える。


橙の女「式神(しき)招来!救急如律令!」


その言葉と共に、符が白毛赤耳の大型犬に変化し、男に襲いかかった。


しょう?「うわぁっ!? なんだっ!? コイツぅうッ! 手品ァ?!」


流石に常識では有り得ないそれ式神に驚いたのか、反応が一瞬遅れる。


クー・シーがクーラーボックスに座っている男に思い切り飛び掛かると、その勢いでガラガラと崩れ落ちるボックスに埋もれる様に倒れ込んだ。


しょう?「ぅあぁっ!? なんなんだァっ?!! コイツぅう!!」


大型とはいえ犬とは思えない程の途轍もない力で右肩に噛み付き、その咥えたままで真逆に引っ張られたかと思うと、その噛み付いたまま一回転してロフトから降りている梯子に放り投げられ、思い切り突っ込むと、その衝撃で梯子が折れてその後ろの扉に背中からぶつかり、床に落ちる。


しょう?「?!ぅッ…??! ぁッ…!!? がぁぁぁッ??!!」


今まで経験のした事が無い痛みと衝撃でのた打ち回るが、更にそこにクー・シーがのったりと現れ、首元に大きく開けた口を向けた。


しょう?「ぃッ…!?ぁッ…!」


その動きを見ても、余りの痛みで言葉に成らず、逃げようにも痛みで動けず、その犬からも離れられず、苦悶の表情しか表せない。


橙の女「ダメ! クー…!」


静かながらもしっかりと制止の命令をクー・シーにすると、拘束する程の力で首元に噛み付いた。


しょう?「ぅッ…あっ…!」


少しでも動けば致命傷になってしまう様な、絶妙な位置で。


しょう?「なっ…? え…??」


余りに早く唐突で、与えられた痛みと驚きで、何が起きたのか全く理解出来ず、男は動く事が出来なかった。


ちょうど全てが終わったその時、背後に落ちている男の携帯が短く鳴った。



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