第十話

十二



―午後6時半過ぎ―


―神奈川県中部、アパート2階―



それから数分して、中年の私服捜査官2人が部屋に突入してきた。


捜査官A「無事か?!」


橙の女「ええ…」


返事は弱く、疲れ切っている様だった。


捜査官B「うぁっ…! なんだこりゃ…!?」


後から入って来た捜査官Bが部屋の中の異臭に反応する。


しかし、そんな事よりこの場所に警察が来た事に驚きの声を上げる。


しょう?「え…!? どうやって…?」


携帯も無線も捨てさせたのに、何故なのか解らず声に出てしまう。


橙の女「このコ(クー・シー)にはGPSが付いてる…」


そう答えつつ、捜査官Aが両手足の結束バンドを切り、自由にし、次いで犯人である男に手錠を掛けようと向かう。


捜査官A「おい、この犬を放させてくれ」


そう言われ、無言で手を振ると、クー・シーが大人しく離れ、自分の傍にやってきた。


捜査官B「被害者は?」


そう聞かれ、結束されてた手を振りながら答える。


橙の女「その箱の中…」


捜査官B「箱…?」


捜査官Bがそう言われて玄関のクーラーボックスを開ける。


捜査官B「うわ…!」


捜査官A「どうした?」


手錠を掛け、起き上がらせたところでその異変に気付き、相棒に尋ねた。


捜査官B「こんなのぁ前代未聞だ…! まるで海外ドラマのサスペンスものだよ…!」


ペット用の砂がぎっしり詰められ、その中に腐乱した人の頭部が二つ入っていた。


捜査官A「…お前がやったんだな?」


逮捕した男の腕を引っ張って問う。


しょう?「そうです」


さっきと同じ無感情で、そう答えた。


しょう?「女の人達の持ち物は上のロフトとこの部屋…」


捜査官A「おい、お前が23日に八王子駅で会っていた女性はこの"田野村…」


そう言って、手持ちの端末に画像を表示して男に見せるが、


しょう?「…そんな名前だったんだァ…そうですよ この人です…」


その言葉に呆れ、


捜査官A「だったんだって…お前、名前も知らないのか…?!」


しょう?「いやぁ…特に…みんな同じ様な事しか言わない薄っぺらい人間だったんで…覚えてないんです…」


捜査官A「何ぃ…? お前…!」


その無責任な言葉に不愉快になりつつも続けた。


捜査官B「ぅあー! こっちー来て下さいよー! コッチも相当ヤバいですー!」


風呂場から相棒がそう呼んだ。


捜査官A「お前…どれだけの事してんだ…? 今行くー!」


そう言って、男を連れて風呂場へ向かう。


しょう?「…また灰色の世界だ…」


そう溜息を吐きながら呟く。


橙の女「…?」


その言葉を聞き逃さなかった。


橙の女「…あの、先に上がります」


捜査官A「あ、ああ…アンタは外部とはいえ犯人と接触したんだ 検査を受けろ」


橙の女「…解りました お気遣い有り難う御座います…」


今出来る精一杯の良い返答をして、クー・シーと共に部屋を出る。


正直、非道い経験をした。


だが、それよりも、自分のミスの方が上回っていた。


ああすれば、助けられた…


あそこでもっと続けていれば…


橙の女「…クソ…っ!」


階段の手摺に掴まって、項垂れながら、その言葉が口から漏れた。


初めての仕事で得たものは、"後悔" だった。



十三



―10月31日(火)昼―


―横浜中華街 青龍門横、ビル上階一室―



あれから一夜明け、誘拐事件犯人が逮捕されたのがメディアに取り上げられ、TV、ネットは大騒ぎだった。


まさかの大物配信者"ネンキン"もその話題に触れたくらいだ。


ノートPCでTVを流しつつ、今回のレポートを打ち込んでいた。


結局、犯人の名前も年齢も、全て偽物だった。


本名は灰磐瞼(はいいわけん)(27) 地元生まれ、という事だった。


しかし、昨日自分に語った事は概ね正しかった。


両親が離婚した事…


孤独だった事…


父親の事業失敗の事…


学生時代の弄られ方然り…


その事から判ったのは、典型的な"クラスの目立たないタイプ"だった事…


だが、行動に矛盾点が多かった…


一つ、何故彼処まで良心が欠如してたのか、


二つ、何故其処まで金に拘るのか、


そして最後に…何故"世界が灰色"なのか…


その事の意見を聞く為に、携帯を手に取り、電話を掛けた。


…だが、長いコール音だけで一向に出ない。


橙の女「…っあー!もー! なんでこんな時だけ繋がんない!」


そう言って、黒い男にかけた電話を切って、PCに向き直した。


橙の女「先ず一つ目…彼は恐らく"反社会性人格"だろう…著しい良心の欠如と拘り…そして、自らが楽しむ為だけに、欲求を行使する為には何でもやるのは、その最たる部分だ

次に二つ目だが、これは恐らく家庭の破綻要因が大きいと思う それまでは家族仲睦まじく暮らしており、其処に一切の不満が無かった …けれど、父親の事業失敗による家庭崩壊 それが、灰磐瞼(はいいわけん)に金が重要で、金が全てを解決し、金の為ならなんでもするという執着を生んだ要因ではなかろうか それと一つ目が混ざったのだから、とんでもない…

そして最後の三つ目…"灰色の世界"…コレは恐らく…」


其処迄持論を打ち込み終わるとPCから顔を上げ、携帯に手を掛けた。



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