第四話
七
―午後9時前―
―神奈川県中部、住宅街―
到着し、捜索を続けると時間はあっという間に過ぎ、人も余り見掛けなくなっていた。
反応は直ぐに在った。
クー・シーが反応する場所は近くのゴミ箱の中であり、そこからもう一カ所、少し離れた集積場に向かっていた。
その近くに、彼女達は居るかもしれない。
その期待を持って、この時間には人気の無い、集積場へと向かった。
―午後10時前―
―神奈川県中部、ゴミ集積場―
真っ暗になった集積場には、人気どころか、付近を通る車さえ無かった。
そもそも集積場として周囲には民家が少なく、夜ともなれば、殆ど人が寄りつかない場所である。
静寂が支配しているが、時折猫の鳴き声だけは聞こえてくる。
其処に一人と一匹が足を踏み入れた。
橙の女「くっらいなぁ…でも、クーの鼻なら直ぐ見付けられる…! もう直ぐ、居なくなった子達も見付かるハズ…!」
そう言って、自分を鼓舞する。
もう行方不明になって大分経っている…早く見付けなければならない。
しかし、集積場となると、不安は募る…
もう既に…
そんな思考が、自分を焦らせ始めていた。
警察の見解では集団自殺と言っていた…だとするともう…
橙の女「どう?クー…」
声を掛けられたクー・シーは、低い唸り声を上げていた。
それに気付き、その視線の先を見遣ると、其処には作業用のショベルカーが在り、木材や廃材のゴミ等が視得る。
気を張り、クー・シーと共にゆっくりと音も無く近付いていく。
開けた場所まで来ると、そこは街灯が一つ二つ離れた間隔で設置されているものの、真っ暗でだだっ広く、目前のショベルカーと廃材、奥に廃棄物を入れるコンテナが見える以外は、何も無かった。
しかし、足を踏み入れると、先程よりもクー・シーが強く唸り声を上げ、威嚇の構えを取る。
橙の女「…何か居るの?」
その言葉と共に、周囲の薄暗い闇に視線を這わす。
??「ゲェェェエエエエエエェェェェェ!!」
獣か何かの様な歪な雄叫びが聞こえたかと思うと、漆黒の闇が覆う上空から"何か"が襲いかかってきた。
橙の女『!』
気付いた時には、もう眼前に迫っていた。
ヤバい! 食らう!
そう思って本能的に両手で上半身を守っていた。
…が、当たる寸前、横からクー・シーが体当たりを食らわし、その"何か"を吹き飛ばしていた。
橙の女「クー! …!」
そしてそのまま噛み付き、遠くまで放り投げようとした…が、その"何か"は逆に噛み付いてきた。
その有り得ない行動にクー・シーは苦しそうな声を上げると共に、思い切りその"何か"に噛み付いた部分を噛み千切った。
噛み千切られた"何か"はそのまま霧散していった。
橙の女「戻ってこいッ!」
そう言うと、一瞬にしてクー・シーが横に戻ってきた。
橙の女「大丈夫…?!…アレは…!」
周囲に眼を凝らすと、赤子のような小ささで赤黒い肌、眼は赤、耳は長く猫の様、全身毛だらけで二足歩行…それが複数で周囲を囲んでいた。
橙の女「こいつら…確か…魍魎(くはしや)…!」
イザヤ機関で学んでいる時に資料で見た…確か、遺体漁りの習性が…
そう思い返している最中に、クー・シーが倒れ込む。
橙の女「! クー?!」
思ったより噛み付かれた場所も悪く、傷も深かった様で、息が荒い。
橙の女「ご免ね…無理させて…助けてくれたのに…もう少し頑張ってね」
式神(しき)とはいえ、触媒を使用して受肉させているので、痛みを感じるのか苦痛の表情を見せている。
本来は其処迄高度な術式を凝縮する必要は無いのだが、そこに拘りが在った。
必要だったのだ。その拘りは。
亡くなった愛犬の為にも―
橙の女「式神(しき)帰還、救急如律令!」
そう言って右手の刀印を口元から横に振るうと、クー・シーはクシャクシャに小さくなり、一枚の符に戻った。
これでクー・シーは問題無い。
だが、自分は状況的に絶対不利になった。
逃げる以外に選択肢の無い状態に…
―しかし、一切引いてなどいなかった。
左手でカーディガンのポケットから5枚符を取り出し、円形状に手を回しながら中空に配置した。
その符は落ちる事無く空中に固定され、輝き始める。
その円の一番上部に在る符に、刀印を結んだ右手の指にクー・シーの符を挟み、這わす。そして―
橙の女「バン・ウン・タラク・キリク・アク(五大を司る者よ)!」
その掛け声と共に符を一つずつ線で結ぶ様になぞり、中空に五芒星が出来上がると、中央にクー・シーの符を配置する。そして、そこに左掌を当てる。
橙の女「鬼神将来!」
その言葉と共に左手を引き、右手の刀印を入れ替わりに符の在る中央に差し込み、横に切る。
すると、その五芒星が一層輝き、帯電と共に中央の符から二歳の牛程の大きさはあろうかという全身緑の体毛で覆われ、足と首を鎖で出来た枷に繋がれた大型の犬が現れた。
着地すると同時に大きな唸りを上げる。
その唸りは大気を震わせ、対峙する魍魎達を震え上がらせる程であった。
橙の女「よし! 行け! クー・シー!」
その指示と共に、首と足の枷は外れ、300㎏はあろうかという巨体は音も無く、瞬速で魍魎達に襲いかかった。
まるで質量が無いかの様な、軽やか且つ異常な速さで。
全部で8体はいるであろう魍魎の2体に先ずは狙いを定め、1匹目に噛み付いたかと思うと、そのまま地面に叩き付け、横に放り捨てた。
次いで左後方にいる2体目に横に回転しながら体当たりを食らわし、壁に叩き付ける。
そのまま体勢を変え、次の3匹目に跳躍し、一回転して前足で踏み潰す。
"グェ"という声、そして嫌な音と共に魍魎が足の下で爆ぜ、血が飛び出る。
そのまま少し離れた4匹目に音も無く跳躍し、一瞬で近寄ると同時に右前足で思い切り横に叩き飛ばす。
近くにいた5匹目には後ろ両足で蹴り飛ばし、ショベルカーに"ぐしゃ"という音と共に叩き付けられた。
そのまま6匹目に勢い良く噛み付き、振り回しながら7匹目にも噛み付き、思い切り地面に叩き付けた後、吐き捨てる様にゴミを溜めているコンテナに投げ捨てた。
どうやら喰いたくはないらしい。
最後の一体はあからさまな不利を悟ってか、パタパタと逃げ出した。
だが、クー・シーはそのゴミを詰め込んだコンテナを咥え、一回転した遠心力で最後の8体目に投げつけた。
相当な力が無ければ持ち上がらないが、それをクー・シーは軽々とやってのけた。
逃げようと地を駆けていた魍魎だが、追ってくる飛来物に気が付いたのか、それを見ようと後ろを振り向いた途端、気付くのが遅く、コンテナの下敷きとなった。
轟音と共にコンテナが転がり、中のゴミがブチまけられた。
明日来た業者は悲鳴を上げるだろう。
だが、そんな場合ではないのだから。
橙の女「よし、戻れ! クー・シー!」
そう言うと、クー・シーは大人しく眼前まで戻ってくる。
枷が何処からともなく現れ首と足に付くと、五芒星が現れ、その中に消えていった。
橙の女「お疲れ様、クー… ユックリしてね…」
そう言うと、深い溜息と共に、緊張を解いた。
橙の女「さてと…これから一人だけど…調べなきゃ」
戦いの緊張が終わり、心機一転捜索をせねばならない。
気を緩めてはならない。
橙の女「うしっ!」
証拠を逃さないため、気を引き締めた。
…矢先だった。
橙の女「ん…?」
引っ繰り返ったコンテナの中に、二、三重に袋詰めされた、最近では見掛けない黒いゴミ袋が眼に付いた。
橙の女「これ…!」
この地域では黒塗りのゴミ袋は回収されない…明らかに怪しかった。
調べない訳にはいかない。
ペンライトをポケットから出し、黒いゴミ袋に近付くと、ゆっくりと…緊張した手付きで袋を開けていく。
橙の女「これは…!」
口に咥えたペンライトで照らされた中に入っていたのは、制服だった。
女子用の。
特に汚れなど付いてはいなかったが、自分の血の気が引くのが判った。
先ず最初に考えたのは最悪のケース…―死―
橙の女「イヤ…! 未だ解らない…! 勝手に結論を出すな…!」
それは基本だった。
思い込みが事実を曇らせる―
橙の女「でも…ッ!」
その最悪の想像が自分を押し潰そうとしていた…
橙の女「他の可能性を探せ…ッ!」
そう言って、ゴミ袋を漁る。
そして、一通り袋をひっくり返すと、ある物が入っていなかった。
それに疑問を抱く。
橙の女「下着が無い…」
という事は、着替える為に…身元を隠す為に…その可能性も出てきた。
駆け落ち…?
その可能性…?
でも、死の可能性も無くは無い…
橙の女「どーいう事…?」
余計にこんがらがってきた…
矢張り、先輩(黒い男)の言う通り、警察と情報交換を行わなければならないか…
そうでなければ、失踪から48時間はとうに越えている…
命の保証も無ければ、足取りを追うのも難しい。
自分だけでは限界だ。
橙の女「クソッ…!」
項垂れながらも、吐き捨てる様に悪態を述べた。
巧くいかない…
自分の"力"の矮小さと無力さを、更に実感させられてしまう。
橙の女「とにかく…この制服は持ち帰って、警察と協会で調べなきゃ…!」
その言葉で自分を奮い立たせ、帰路に着いた。
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