第二話



―9月30日(土)深夜―


―神奈川県中部住宅街、アパート―



灯りの消えたアパート二階の窓が開くと、そこから男が気怠げに顔を出した。


??「あー…良かったァ… ありがとうねー」


そう言って、室内に眼を遣る。


その先には、制服を着た女子高生が横たわっていた。


意識は、無い。


??「でもー…お金は大した額持ってなかったなァー…」


露骨に不満そうな態度でそう言うと、見下す様な、物を見る様な眼で横たわった女子高生を視る。


視線が制服のスカーフ部分で止まる。


??「…灰色だァ…やっぱり…」


何故思い出すのか。


妹の事なぞ…


別れてしまった母と妹は何処に居るのか解らない…


居なくなって10年は経つ…


父と二人になり、金を稼ぐために色んな職を転々とした。


金が在れば楽になれる。


金が在れば幸せになれる。


だから金は何よりも大事だ。


命よりも。


それが男の認識だった。


??「さ…やらさないと…っと… メンドクサイなぁ…」


そう言って溜息を吐きながら窓を閉じると、女子高生の足を掴み、乱雑に風呂場へ持っていった。


―それから少し立った頃か、携帯が鳴ったのは。


風呂桶にポツポツと滴る音がする中、汗に塗れた男が電話に出る。


??「もしもし?しおりさん?」


しおり『…そうです "しょう"さん…?』


しょう?「そうです …よかったァ 間違ってたらって、不安だったんですよ…だって…普通じゃないじゃないですか…一緒に死んでくれる?…なんて、メールだけじゃ…だから、ちゃんとかけてきてくれて、嬉しいです」


しおり『そう言って貰えると…とっても気が楽になります…私も…追い詰められてたから…』


しょう?「本当に? 嬉しいなァ 役に立てたとしたら、死ぬのがちょっと惜しくなっちゃうかも」


しおり『本当です…気遣ってもらったの久し振りで…仕事で追い詰められてて…そんな風に人として扱ってもらえるのが凄く嬉しいです…』


しょう?「そっかァ…じゃ、僕達おんなじだね…一緒に死んだら天国に行けるかも…」


その言葉はとても優しかった。


しおり『あ…! でも…! まだ…決心が付かなくて…しょうさんに気遣って貰えたって感じたら…死なずに生きてたいとも思えて…』


しょう?「そっかー…でも、だとすると、ぼくら合うかもね」


しおり『え?』


しょう?「だって、お互い死んじゃいたいくらい世界に否定されてるんだからさぁ…ぼくらは肯定し合えるよ…」


しおり『そう…かな…?』


しょう?「そうだよ」


しおり『そう…かもね』


そう言って、


しょう?「ははは…」


笑ってしまった。


彼(しよう君)も笑っている。


久し振りに自分(しおり)も笑った気がする。


でも、一つだけ気になる事が在る。


しおり『あの―…なにかポチャポチャ音がしてるけど…?』


お風呂場か台所なのだろうか?


自分は楽しくて気が晴れたけど、なにか作業中なら悪いな…そう感じて聞いてしまった。


しょう?「…なにも弄ってないけど、なんで?」


しおり『え…?』


逆に質問され、困惑してしまった。


そし、少しの間の後、


しょう?「…この話、止めよ」


しおり『あ…うん』


突然、ハッキリと会話を打ち切られ、それ以上追求出来なくなってしまった。


しょう?「…良かったら、また話したいな…いい?」


しおり『いいよ…私もまた話したい…』


しょう?「良かったァ じゃ、また連絡するから…」


しおり『わかった…待ってます』


しょう?「うん…必ず」


しおり『わかった…それじゃ、おやすみ…』


しょう?「うん…じゃ」


そう言って、電話を切った。


しょう?「さァーて…じゃ、バラすかァ」


伸びをしながら、スッキリとした口調で、手に持った包丁を、目前の全裸にした女子高生の身体に勢い良く突き刺した。


一番最初に首元の頸動脈を切断したのか、血が吹き出ていない。


瞳に光は無く、頭は項垂れたまま、何の反応も無かった。


浴室乾燥用の強力物干し竿に引っ掛けられたその死体から浴槽に血が滴り、血の池を作っている。


男は勢い良く、当たり前の様に、突き刺した包丁を下に降ろした。


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