第一話



―9月28日(木)午後8時過ぎ―


―神奈川県中部、住宅街―

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雨が降りしきる中、人通りが減った住宅街を、傘も差さずに二人歩く。


黒い男「ここか?」


そう言って、黒いシャツを羽織り、ジーンズを履いた男が周囲をユックリと見回しながら問うてくる。


橙(だいだい)の女「そうですね…」


そう答えながら、携帯(スマホ)を弄り始める。


その格好は、長い黒髪に明るめのロングカーディガンを黒いシャツの上に羽織り、余り長くないグレーのプリーツスカートの下にレギンス、夏に似付かわしくない赤系のショートブーツを履いている。


橙の女「福島県警から神奈川県警への情報と協会からの情報を複合的に纏めると、この周囲三㎞以内ですね」


黒い男「そうか…」


静かにそう答えると、薄暗い路地の電柱近くにしゃがみ込んで、何かに注視し、指を這わす。そして再び顔を上げ、周囲を見回すと、


黒い男「お前はどう思う?」


そう言いながら視線を向ける。


橙の女「え…?」


その突然の問い掛けに、一瞬戸惑ってしまう。


橙の女「あ…そうですね 今回は警察からの合同調査ですし、それで協会に連絡があったっていうんなら、やっぱり術師とかの仕業ですかね? この時期だとお彼岸か神嘗祭(かんなめさい)関連でではないのかな…と」


一通り説明すると、


黒い男「なるほどね…」


と言って立ち上がると、地面から指で摘まんだモノを橙の女の掌の上に落とす。


橙の女「…? 何すかコレ?」


掌の上に落とされた"平べったくなったフェルトの様なモノ"を見詰めながら聞き返す。


黒い男「毛だ」


橙の女「毛ぇ?!」


突然、無関連物を渡され、声が裏返る。と共に、嫌悪感が湧き、素早く小さい透明なビニール袋に入れる。


橙の女「こんな道端に落ちてる毛なんて当たり前な物拾って…どーするんです?! てか何の毛?!」


その疑問を口にしている間にも、黒い男は橙の女を置いて、来た道を戻り始めていた。


黒い男「戻るぞ」


橙の女「あ! ちょっと!」






―午後10時過ぎ―


―横浜中華街 青龍門横、ビル上階一室―

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外からの煌びやかなネオンの光が入り込む、簡素で薄暗い部屋の中、橙の女が金属製デスクの前でノートPCを弄っていた。


橙の女「コレですかね?」


そう言うと、横に立つ黒い男がモニターを覗き込む。


黒い男「ああ…」


その画面には、行方不明者の年齢と出身地が記された、神奈川県警のデータベースだった。


橙の女「福島の17歳が神奈川まで…観光ですかね?」


黒い男「女子高生が一人だけでこの時期に? 有り得ないだろ」


橙の女「あ…確かに」


黒い男「いなくなる寸前の様子や情報は?」


橙の女「特に…夢や目標も在るフツーの女子高生ですね」


パタパタとキーボードを叩きながら答える。


黒い男「そうか…」


橙の女「やっぱり、時期的な事と照らし合わせて洗い出した方が良いんでじゃないですかね? それならJK攫ったっていうのにも、その生贄だっていうのなら筋が通るし…」


黒い男「なら、その線で追ってみろ」


その言葉と共に、出口へ向かう。


橙の女「えっ? ちょっ…!」


黒い男「別で動いてる 何かあったら連絡寄越せ」


橙の女「待って下さいよ! 別行動なんて! 私一人じゃ無理っすよ! それにさっきの毛は…!」


黒い男「毛は調べとく だからな」


橙の女「ちょっと! そもそもどういう見解なんすか??!」


黒い男「オレとしてもまだ解らん だからその為に調べて必要な物を用意してくる お前はお前で


出口のドアを開きながら振り向き、そう述べる。


橙の女「そんな…」


勝手な…という、不安よりも呆れの籠もった声が漏れる。


黒い男「ま、捜索、探索が得意なお前にこの件は打って付けだ」


橙の女「それは…まぁ…」


黒い男「それと…この件はほぼ…


橙の女「…え?」


黒い男「兎に角…そっちはそっちで動け 多分お前の能力ならそれ程時間は掛からない 協会…警察と協力すれば尚のことだ それに…オレが戻ってくるまでに解決してるかもしれねーしな」


最後は多少の茶目っ気が在る言い方だった。


橙の女「そんな事…っ」


言い終わる前に、黒い男はこちらも見ず右手を振りながら部屋から出て行った。


橙の女「無理ですよ…」


誰も居なくなった室内に独り、その発した声は外の騒音と雨音に掻き消されていく。


溜息を吐きながら、カーディガンのポケットの中に入っているお札程の大きさの符を取り出す。


その符には何かの毛が織り込まれているのかザラザラしており、【宿・霊・元】と記載されている。


それを床に放る。


橙の女「式神(しき)招来、救急如律令…!」


右手で刀印を作り、口元に人差し指と中指を寄せてそう唱え、横に切る様に右手を振るう。すると、放った符が内側に潰れていき一頻(ひとしき)り小さくなると、今度は形を成しながら外側に大きく拡がっていった。


それは、全長約80㎝程はある、全身白無垢で耳だけ赤く、シベリアンハスキー…どちらかと言えば狼に近いシュッとした顔立ちと雰囲気を漂わせる大型犬に成った。


橙の女「さ、頼むよ クー…!」


そう言って頭を撫でながら、クーと呼ばれた大型犬に命令する。


橙の女「探すのは行方不明の女子高生だよ」


犬は気持ち良さそうに撫でられながらもこくりと頷いた。






―午後12時過ぎ―


―神奈川県中部、住宅街―



あれから二時間近く経っても、何も見付からなかった。


クー・シーが見付けられないという事は、自分の見解が間違っているのか? 咒符で強化した身体能力で住宅街の屋根を跳躍しつつ、その疑問が頭を過る。


クー・シーと自分の認識をリンクさせているから、実質自分が地上と上空二人で捜査をしている様なものなのだが、欠点は認識が一緒なので、ので、見付ける事が出来ないという事だった。


それに、幾らクー・シーでも、強力な妖魔や邪気には対抗出来ない…からは命令がない限り本能的に避けてしまう。


そうこう思考しながら人気の無い住宅街の道路に着地すると、クー・シーが側に寄ってくる。


橙の女「クーも見付けられなかったか…」


言いつつ屈んでそのスマートな顔を両手で優しく撫でた。


一日目の収穫は、ほぼ何も得られなかった。


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