第四話

五十三



―6月2日 (土) 午後2時過ぎ―


―都内某所―



そこには黒い男一人だった。


ノートPCのキーボードをパタパタと打つ音が室内に響く。


それは協会に報告する為の報告書だった。


今回の件に端を発したのは、白の男の傲慢さからであった事、


その傲慢さに大罪が憑き、その煩悩が中之に伝播でんぱ、感染し―


強欲と傲慢さが青い男にも伝播した―


といった処か…


ざっと頭の中でまとめていた内容を打ち出し、一息吐く。


デスクの上のペットボトルに手を伸ばした矢先、入り口の扉が開く音がする。


足音は二つだった。


その二つの足音は心なしか自信無さげだった。


青い男「お待たせしました」


雄一「済みません、遅くなりました」


飲んだペットボトルをデスクに置くと同時に、二人がそう言って入ってきた。


自信の無い足音と同様に、自信の無い声で。


黒い男「いや、遅れてはいないから気にするこたぁ無い」


青い男「そうですか…」


気遣いにも反応が悪い。


それはそうだろう。


今回の事件に意図せずとも荷担かたんしていて、尚且なおかつその問題を未だ解決出来ていないのだから。


しかもそれを今から話し合うのだ。


まともであれば辛いのが普通だ。


自覚している自分の失敗を仲間の前で晒すなど。


雄一「あの…報告書はおれが打ちますけど…」


黒い男「ダメだ…! お前は今回の件が在る…! 座ってろ」


それは確固たる言葉だった。


雄一「…ハイ」


叱責され、うつむいてしまう。


辛いのは解るが、大事に成る前に止めなければならない。


最悪の事態…"死"はまのがれなければならないから。


黒い男「…いいから座れお前


多少ピリついた空気の中、二人は椅子に腰掛けた。


黒い男「さて…今回の件に関してだが、全ての事件に根差していたのは、白の男あの人だった」


そう言って、ノートPCを弄り始める。


青い男「結局…あの人は…今回の事って…なんだったんですか…?」


心底からの疑問だった。


黒い男「そうさな…事の発端は、あの人の"傲慢"だ…

だが、それはあの人が元々持ち合わせているモノでもあったが、それが肥大していったんだろうなぁ…」


椅子に寄り掛かりながらも、そう答える。


青い男「肥大…? ですか…?」


黒い男「そ あの人…元々家庭環境が上手くいってなかったらしい

そのせいか、よく、自分のを力に変えてるって言ってたから…

実家に帰って孤独に成って、それが肥大したんだろうなぁ」


青い男「肥大…って…」


雄一「あの…その、"マイナス"って…?」


その部分に引っ掛かりを覚えたのか、疑問を口にする。


黒い男「簡単に言えば、怒りやいきどおりだな」


青い男「でも…それって…」


黒い男「危険だな 強過ぎれば大罪を喚び寄せる」


青い男「…」


黒い男「…それが、今回の真相だ」


青い男の神妙な面持ちを察し、だが、それでも言葉を続けた。


黒い男「結論から言えば、あの人の強過ぎる"傲慢"…つまり、"大罪"が、お前まで伝播したって事だ」


雄一「!… あの…そんな事って…起きるんですか…?」


雄一が驚きながらも慎重に聞く。


黒い男「起きただろ? 集団心理でもよく起こる事だ

集団心理で起きうる事柄は、モラルの低下、思考の単純化から来る暗示の掛かりやすさが、主立おもだった点だ」


青い男「…!」


黒い男「…特にお前には当てまるよな」


驚いたその顔を視て、そう告げる。


黒い男「あの状況は、白の男あの人の独裁だった

その上で、白の男あの人の断定した言葉は、あの狭いコミュニティで、ユックリと回る、"毒"の様なモノだった」


青い男「く…ッ」


思い出すのもはばかるのか、下を向き、顔を逸らす。


黒い男「そして強い言葉は同調圧力を加速させ、没個性的に成る…それをよく行うのはブラック企業や、カルト教団な」


雄一「…洗脳…!」


黒い男「そう そして、その心理効果は《ルシファー効果》と呼ばれる」


雄一「ルシファー…? 効果?」


聞き慣れぬ単語に聞き返す。


黒い男「そう どんな善人でも、環境、状況=集団心理によって

容易く悪人に成ってしまう

それは、他人との同調意識と、意識が複数に成る事による没個性且つ、誰が発端か解らなくなるという責任の分散が、匿名性を引き起こし、過激な行動や、情緒、衝動的な行動として現れ、モラルの在る人間を、容易よういに過激な主義者に変えてしまう

ま、この状況だと、その過激思想は白の男あの人なんだがな」


雄一「なるほど…! でも…その匿名性とかって…」


黒い男「現代で言うところのインターネット」


雄一「確かに…! 匿名性や複数の意識との同調…過激な発言…」


黒い男「それ等は、無知な人間や純粋な人間がおちいり易い

無知な子供がネットで自分をさらけ出し、それを見ていた人間が集団心理であおり、気に食わないという理由で叩いたり特定したりなんてのが最たるモンだろう

その中には、何も考えずに楽しむだけで行っている者も多い」


雄一「そうですね…」


黒い男「お互いの承認欲求を、まったく真逆に扱っているからな」


雄一「真逆?」


黒い男「見せる側は観て貰う為に個人情報を晒したり、どんどん過激に成る

観る側はそれに対して、匿名性を、どんどん過激に非道徳的行動で、を使い、そのモラルの無さを

けれど、見せている方は、自分を見せたい、知って欲しい

観ている方は、それを相手に見て欲しい、人に知って欲しい

だからな」


雄一「!… 全く同じ…!」


黒い男「どちらも根本の心情はそんなものだ

…話が逸れたが、青い男お前があんな傲慢な行動に出たのは、と同じ事が起こったからだ 白の男あの人と居てな」


青い男「…確かに、あの時は、教えて貰う事が正しいと信じようとして…思考を止めていました… 白の男の言う事は正しい事だと解るから、それを出来るまでやらないと…って」


黒い男「それな

とゆーか、お前みたいな純粋タイプの野郎がするなんてのがそもそもおかしいんだよ」


最期は軽く言った。


青い男「…ハイ」


だが、それもまだ本人にはなのか、返答は暗い。


黒い男「…まぁ、それに、中之先輩含め、大罪が伝播、感染してたからな」


雄一「そこ…なんですけど、それって何だったんですか?」


黒い男「"感染"か?」


雄一「そう それって…なんだったんです? 結局、三人に憑いていた"罪"と…川母利さんに憑いた"マーラ"って…」


黒い男「ま、"大罪"の話からすると、白の男あの人に憑いた大罪は、”傲慢”

仏教で言うところの"慢"と呼ばれる煩悩の一種であり、他人と比較して思い上がる事を言う」


青い男「!… まんま白の男あの人の事…!」


余りに驚きが隠せず、眼を見開く。


黒い男「…昔はアレほどじゃなかった筈なんだがな」


その横顔は、何か、憂いている様でもあった。


青い男「? …それって?」


黒い男「後でな 先ずは、"慢"だ」


青い男「あ…ハイ」


黒い男「種類としては七~九種在ると言われ、いずれも他と比べて自らを過剰に評価し、自我にとらわれ固執し、徳や悟りを得ていないのにそれらを修得していると思い込むっていう、"煩悩"なんだよ」


青の男「一緒だ…」


黒い男「それは、自我としての"個"が生まれた時から発生するモノであり、"自分"という"個"を認識したら、既に"慢"は始まっているって事だ」


雄一「…でも、それって…皆生まれながらに煩悩を持ってるって事ですよね?」


気付いてしまった矛盾した答えに、疑問を投げ掛ける。


黒い男「人間は誰しも煩悩は抱いているし、それと付き合わなければならない 特に現代社会でなら尚更な そのバランスが崩れると、って事だ」


雄一「そうか…」


黒い男「そして、その"大罪"が中之先輩に伝播し、煩悩が肥大化し色欲しきよくに憑かれ―

青い男お前に伝播したのが、"強欲"と"傲慢"だった」


青い男「…そうですね…」


雄一「…確かに、本人を前にしてアレですけど、当たってますね…」


そう言いながら、青い男に眼を向ける。


その視線に申し訳なさを感じながらも、


青い男「あの時のおれは…"力"が欲しくて…だから、自分で調べて、"狒々"の血に特別な"力"を得られる効力が在るからって…それだけを追い求めた… 他は全て軽んじて…」


そう、うつむきつつ述べる、その一言一言は重かった。


青い男「あの時の感覚は…なんて言うか…自分で言うのもアレですけど…」


首をかしげつつも、思考しながら、


青い男「一言で言って、身勝手だったな…と、感じます…」


自戒の籠もった言葉を述べた。


黒い男「そうだろうな」


青い男「本当に…済みません…」


深々と、重い言葉を述べる。


これ以上無い、自分にとっての最大の自戒じかい


だが、


黒い男「…ま、まだ終わってねぇケドな」


青い男「…え?」


サラリと次を臭わすその言葉に虚を突かれ、真顔で黒い男を視てしまう。


黒い男「それは後で」


青い男「え!? それも後で?!」


問題が解決せずに先延ばしにされた事で、思わず驚きの声が漏れてしまった。


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