第三話

―6月1日(金)午後10分時―


―都内某所―



ドアが閉まる音と共に、携帯に手を掛け、電話を掛ける。


黒い男「…あ、もしもし… 話してみましたが、多分当たってます」


そう話し相手に告げると、椅子の手摺てすりを見た。


其処には視得みえない所に咒符じゅふが張り巡らされていた。


そこから煙がゆるりと上がっている。


鈴木『そうでしたか…矢張り彼が発端でしたか』


そう告げると、黒い男は溜息を吐きつつ落胆を見せる。


相手白の男にではなく、


ああ、そうなのだ


という確信に。




それに気付いたのは工場で大祓詞に対するマーラの言葉と、中之が無事だった時からだった。


マーラ『貴様は我に楯突くのに力を使っている…何故だ…?

そもそも貴様の唱えた祝詞のりとですら、では我には通用せん…!

まぁ…我ではなく、もっと低俗な魔ならば効くかも知れんがな』


それは、マーラと同格の"力"="煩悩"を持った意思で言葉を使っているという事。


よく視ると、中之が真ん中に立ち尽くしていた。


中之センパイが生きているのは、マーラを降し中之センパイの"煩悩"が祓われたから。


―では、それはどこから来るのか?


青い男アイツの傲慢化、


中之センパイの煩悩の肥大化、


それは全て、先輩白の男に関わっていたからだった。


鈴木『傲慢はどの宗教でも大罪…対処は…』


そこまで喋ったのを遮り、


黒い男「オレがやりますよ… 対峙しているし…にも丁度良い…」


鈴木『…出来ますか? アナタに』


心配も含めた、けれど、依頼全うの為の言葉。


黒い男「出来ますよ…オレがやらなきゃならないんだ…!」


そう、意思を固め、断言する。


鈴木『…解りました では、早急にお願いします』


それを聞いた後、答えもせずに電話を切った。



―6月2日 (土) 午前1時10分―


―東京駅前 kitte屋上庭園ガーデン



黒い男「―…アナタが発端だった…」


その言葉には、明らかな批難が込められていた―


白の男「…」


微動だにせずに、黙っていた。


黒い男「アナタが居たから、この状況を生み出していた…

二人とも…アナタのせいだった…」


そう断言されても、未だ口を開かず、黙ったままだった。


黒い男「…何故、こんな事になったんです?」


そう言われ、少し表情を歪ませた様だった。


黒い男「アナタは…こんな風に成る様な人じゃなかった…少なくとも、オレの知るアナタなら…」


白の男「…ワケねぇだろ…」


その言葉は、余りに小さく、語尾しか聴き取れなかった。


だが、続けた。


黒い男「アナタの辛さを…! 弱さをオレ達に伝えてくれれば…!」


白の男「出来るワケねぇだろ!」


それは、余りに幼稚な返答だった。


それに売り言葉に買い言葉で返してしまう。


黒い男「…オレに言ったじゃないですか…オレの弱さを見せろって…なのにアナタは…! それじゃ助けられない!」


それは心から思った言葉だった。


だが―


白の男「助けるってなんだ?! 誰がそう頼んだよ!」


その返しは、自分の中で、対峙する軽蔑させるに十分な言葉だった。


―ああ…そう言う人間なんだな―


と。


だが、止まらずに続けて言う。


白の男「頼んでねーよ!」


その否定の一言は、自分の中で決定的だった。


それが、言葉と成って漏れる―


黒い男「…傲慢な人だ…」


対峙する相手への、決定的な否定だった。


白の男「あァ!? なんだと!? 失礼だな!」


もう返しは感情のみだった。


黒い男「…家ブッ壊すくらいの思いは、もう…無いんですね」


その姿に落胆する。


あの頃の面影は無い。


…イヤ、


元からだったのか…


それが、眼の前の現実を突き付ける。


白の男「出来ねーよ!」


黒い男「…は?」


その返答は見過ごせず、聞き返してしまう。


白の男「そんなん出来るワケねぇだろ! そんなんしたら非常識だって言われて入れて貰えなくなるじゃねーか! 考えろよ!」


黒い男「何…言ってンスか…?」


その支離滅裂な言葉に呆れる。


それに呆れる程小さい男だ…


非常識は既にやっただろうが…!


急激に目前の男の価値が下がっていく。


白の男「それにな! 青い男アイツも失礼なんだよ!

急に抜けて黒い男オマエんトコに戻るとか言い出しやがって!

それに青い男アイツ祝詞のりとヘタクソなんだよ! 意味こもってねーし!」


黒い男「自分もだろ…!」


その怒りのみを寄り集めた罵詈雑言に対し、静かだが確実な怒りを返す。


白の男「あァ!? 聞けよ!!」


癇癪を起こした様に、怒りの感情を出す為、理由を寄せ集めてその感情をぶつけてくる。


白の男「オマエも同じ様に成るんだよ!」


黒い男「…は?」


白の男「歳食えば同じ様に成る! わかんだよ!」


黒い男「…成らねぇよ…!」


静かな怒り。


白の男「いや!成る!オマエも同じ様に成るんだよ!!」


話に成らない。


その驕り…


半端無い大罪…


半端無い傲慢…


それはもう聞き飽きた。


其処心の中にはからだ。


黒い男「そうですか…なら言う事は一つです

アナタは傲慢の大罪に取り憑かれている

を狩らなきゃ成らない」


ハッキリと要点を述べる。


白の男「あァ…? なんだとォ? 俺がオマエに…」


そう言って敵意を向けてきた…


が、



その、左手で"閻魔"を顕現させ、右手で柄を掴み、左手で鞘を引くと同時に右手で瞬速の抜刀をし、白の男の左頬の横で止め、ユックリと刀を切り返し、納刀した。


白の男「負けるとでも…!」


黒い男「終わりましたよ…」


喋っている途中で刀をしまいつつそう述べる。


白の男「…なに…?!」


驚きの言葉と共に、白の男の耳元から、一匹の小さな孔雀が真っ二つに分かれ、ゆるりと地面に落ちて、蒼い炎を上げて消滅した。


白の男「! コレは…!」


驚きが落ちた足下を見遣る。


黒い男「傲慢は狩りました 終わりです」


淡泊にそう言う。


白の男「!?…一体?! なんなんだ?!」


周囲を見回しながら言う。


黒い男「…」


白の男「俺は…?! コレが…取り憑かれ…!?」


そう自分の両の手の拳を握りながら言う。


白の男「感謝するぜ… オマエのその力なら東京を救うのも無理じゃねーな…!

オイ、中之聞いてたか? こーゆーのが解り合いってんだぞ!」


中之『そうですねー わかりますー』


そう、驚きと共に感謝を述べ、ずっと黙っていた中之が喋り出す。


白の男「オマエはやるヤツだって思ってたからな…! 言いたく無かったけど言うわ… オマエの事を信頼出来る弟だと思ってっからよ…!」


そう真面目な声音で述べた


…が、


その様を視て、黒い男が鼻で笑う様に息を漏らす。


黒い男「…いいですよ そんな言葉や… 驚いて見せなくったって… アナタの本来の性格を考えれば解りますよ…

アナタは自分の事しか考えてない

そういうヒトだ…

自己愛が強過ぎる…

だから

だから


白の男「オイ、何言って―…」


"疑問だ"という表情でそう言う。


だが、そんな白の男を無視し、話を続ける。


黒い男「波風立てないで終わらす為でしょ?

… 本質がそうなんでしょうね

許せる事じゃない…だから、

"傲慢"を

四国で頑張って暮らして下さいよ

あ、、帰りの交通費です」


そう言って、一万円を投げて、手摺の方に向かう。


白の男「何…?! オイ…! 一体どういう…」


温厚に見せていた態度が豹変し、高圧的な言葉を浴びせ始める。


意味が解らず、虚飾の仮面が剥がれる。


白の男自分を見下す様な態度に、苛立ちを見せた。


だが、それに答えず―


黒い男「それじゃ」


その言葉を最期に、一度も振り返らず、手摺を飛び越え、ビル下へ降りていった。


虚飾が剥がれた表情で、黒い男を睨み続けた。


一万円札がヒラヒラと宙を漂い、そして、白の男の足下に落ちた。


夏を前に、不快な生温い風が、屋上庭園ガーデンに流れていた―




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