―第五話―

二十二



―2016年1月1日 午前0時1分―


―崩落する 裏 目黒不動尊 大本堂前=男坂―


足下は既に崩壊が始まっていた。

鐘楼堂から出て、直ぐに逃げなければ間に合わないほどの崩壊の速さだった。

だが、鐘楼堂だけはその影響を受けていなかった。

しかし、役目を終えたは、薄く、消えかけている様であった。

外に出て、行く道筋を確認した後、後ろを振り向いたら、は、既に無くなっていた。

霧散する様に。

それを視て、

ああ―自分は役目を成し得たのだ―

そう感じた。

行かなければ。

皆の所へ。

その思いは、雄一を、足早に参道へ向かわせた。



―午前0時3分―


―崩落する 裏 目黒不動―


雄一「うわうわうわうわうわ!!」


足下の崩壊は予想以上に早かった。

鐘を鳴らしたお陰か、男坂の触手は無くなっていた。

だが、階段の崩壊は始まっており、急がなければ降りられなくなってしまう程だった。

そこを無理矢理降りたのだ。

自分が乗ると同時に階段は崩れ始め、走らなければ崩壊に飲み込まれる勢いだった。

危機感を感じ、走り始めたらもう止まらない I can’t stop。

瞬間的に足が付く所を探し、駆け足で下る。

一歩踏み外せば大怪我間違い無しの危険な行動。

普段の自分であれば絶対にしない行動―

それも、気付いてはいなかった。

だが、頭の片隅には、普通じゃない行動として、理解していた。

変化が在った。

最期の段を踏み外し、盛大に転がりながらも二人の前に辿り着く。


雄一「くぁっ…!」


転げ落ち、変な声が出る。


雄一「鳴らしまし…た!」


ハッキリとした意思だった。

今までの様な中途半端さは無い。


黒い男「おー…!」


青い男「やったじゃんユウイチ君ー…!」


雄一「イヤ…! ただ自分のやるべき事を…やっただけッスよ…!」


起き上がりながら言う。


黒い男「イヤイヤイヤイヤー…何言ってんのー 主役の身体に成ってきてんじゃねーのー…主役の身体によー」


そう言い、雄一の身体に無駄に触れる。


雄一「イヤイヤイヤ…イタたた…! イヤ、ちがッ…止めて下さいよ…イタッ!」


それが、大きな怪我が無い事を確かめる動作だと解った。

だが、


青い男「イヤ…うぬぼれ刑事かよ イヤ、解りますけど…

出来たんだな やったじゃん」


ツッコミながらもうやまう。


雄一「やらなきゃ為らない事だから…」


青い男「…まぁな!」


その返答には、明らかな喜びがもっていた。


黒い男「まぁ!正直戻ってこないで逃げてても良かったんだがな!」


アッサリと言う。


雄一「え?!」


青い男「イヤ、そらそうだよ 逆に来られてもお前護んなきゃいけないでリスク倍」


さらりと付け加えられる。


雄一「えぇぇーー~~~…!?」


項垂うなだれ膝を突く。_| ̄|○

流石にへこんだ。


黒い男「…が! お前の戻ってきたのには意味が在る!だろ?」


雄一「…ハイ みんなの所に戻って何かしなきゃ…見届けなきゃって…」


項垂れつつ答える。


黒い男「その気持ちが重要だ! そして…

お前を護るくらい大した事ねぇ…!」


その表情には絶対の自信が在った。

信じられる瞳だった。


黒い男「さぁーて…! 行きますかァ!」


青い男「了解ッス!」


そう言い、雄一を背に、前に立つ。


巨大な顔ベルフェゴール「おのれ…! おのぉぉぉぉぉぉれぇぇぇぇぇ!!!」


その悲痛の叫びと共に周囲の空間が更に砕けた。

だが、そんな事も無視し、


黒い男「お前を護ってくれたコイツを使うか!」


それは、黒い男の横にいる、小さい龍に向けてだった。


雄一「え? それって結局…」


思わず疑問が口から漏れた。


黒い男「コイツは不動明王様だよ」


またもサラッと言った。


雄一「え?!は?!」


だが、そんな疑問に答えず、二人は前に歩み出した。

自分達の後ろからは、建造物やらの崩壊音が近付いてきている。

歩む先…その巨大な顔…もはや視得るのは顔だけではなかった。

空間が壊れたせいで、周りがよく見え始めていた。

顔には首も付いていた。

首は遠くから地面に繋がっているようだった。

その顔の左右、広大な空間から腕の様な物が現れ、その無数の指先が二人に伸び始めた。

しかし二人は、それを先程と同じ様に打ち砕く。

その状況に、またも頭が付いていけていない。

巨大な顔の事、小さな龍が不動明王…許容範囲はとうに超えていたハズなのに…殊更ことさら驚いている…

そう…自分はフツーなのだ。

その事実に凹む。


黒い男「さぁーて、コイツに助けて貰うか…オイ!矜羯羅こんがら

"倶利伽羅剣ぐりからけん"を使うから、使ったら二人をこの世界から引き抜け!」


そう言うと、小さい龍から反応があった。


矜羯羅「何?!お前はどうする?!」


黒い男「"コイツ"で出るよ…!」


そう言って、左手の刀を見せた。


矜羯羅「成る程…あい解った…!」


黒い男「不動様にも力を貸して貰うかァ!」


そう言い、左手の刀を右腰に付けて差し、右手を小さい龍に向けた。

よく視ると、小さな龍は何かに巻き付いている様だった。


巨大な顔ベルフェゴール「おのれェェェェェ…!」


それに割って入るかの如く、無数の触手を黒い男に向けた。

小さな龍に手が近付くと、まばゆい光と共に、龍は長身の剣へと変貌した。

その聖なる輝きに触手がまたも霧散した。


巨大な顔ベルフェゴール「ギャァァァァァァァァァ…!!!」


悲痛な叫び。

だが、それは、苦痛からではない様に感じた。

何か、思い通りに行かない事への、苦悩の様な、苦悶の様な…

そんな叫びだった。


雄一「! あのカタチ…?」


変化したその剣の形は、よく不動参りで視た不動明王の剣そっくりだった。

その剣を背中に背負う。


雄一「え…?」


何故か背中にくっついている…不思議だ…

それを視て、またも思う。

しかしそんな疑問を余所に、話を続ける。


黒い男「符に"力"込めとけ」


青い男「了解」


そう言って、薄い紙切れを何枚か取り出し、呟き始める。

二人の歩みは止まらない。

それは、巨大な顔ベルフェゴールからすれば、完全な間合いだった。

生きて返さない場所。

だが、そんな事も気にせず、どんどん歩みを進め、そこはもう帰還不能点だった。

だが…


青い男「…OKッス!」


そう言い、咒符じゅふが宙に拡がり、輝く。

黒い男は右手を背中の剣に、左手を右腰の刀に手をやり、構える。


黒い男「よーっし!言え!」


青い男に言う。


青い男「ナウマク・サマンダ・遍く金剛尊バサラダン・カンに帰命致す


そう真言を唱えると、符が円陣の様に、黒い男の周囲に回り始めた。


黒い男「ナウマク・サマンダ・バサラダン・遍く金剛尊に帰命致します センダマカロシャダ・ソハタヤ・恐るべき大忿怒尊よ、ウン・タラタ・カン・マン打ち砕き賜え!」


そう真言を唱えると同時に、魔人化をした。

それは、赤く、神聖な炎で包まれた魔人だった。

全身は鋭角的であるが、全身の鱗が赤に、コートが炎に変化し、

頭髪が天を突く様に揺らめいて炎になり、なびいている。

剣はシンプルな長剣だったものが、ゴツく変貌していた。

つばの部分に龍の口から剣が出る意匠いしょうが、剣先は燃える炎の様な

意匠があしらってあり、つか金剛杵ヴァジュラ遊環ゆかんが付いていた。


黒い男「ああぁぁァァ…!」


刀に力を込める。

力がこもる毎に、柄の遊環が揺れ、その清廉なる響きに触手が近付けない。


巨大な顔ベルフェゴール「キィイイイイィィィィ!コェェェェェェ!!」


言葉に成らない絶叫だった。

それと同時に、周囲に巨大な曼荼羅まんだらが浮かぶ。

そして、曼荼羅が出来ると同時に、


黒い男「ィよし!行け!」


青い男「ハイ!」


その掛け声と共に青い男がその場から離れた。



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